10 / 25
第10話 マイクロフォン越しの天災の様な声
しおりを挟む
練習するんだ、見ていかない?とある放課後、カナイはカバンを抱えてピアノ室に行こうとする俺を誘った。
「練習? 何処で?」
「駅近くの『サウンドマニア』って楽器屋知ってる?」
俺は即座にうなづいた。登下校の道だ。そのくらいは知っている。
「あんまり大きくはないところだよね」
「うん。入り口にポスター張りまくりの店」
「あああそこね」
「そこの二階にさ、狭いんだけど一応防音効いてるスタジオがあんの。俺は知らんかったけどさ、 今原《イマハラ》がそこの楽器屋の会員でさ」
「へえ……」
俺は気のないあいづちを打った。
どういうつもりなんだろう、と俺は奴がピアノ室にやってくるたび思う。
ここのところ、毎日のように奴は俺をバンドに誘って、そして毎度断られている。まるでそれは 最近のあいさつか、会話に入る前の枕詞のようだった。
「どーせ暇なんだろ? お前文化祭、何も参加する予定はないっていうし」
「調べたの?」
「調べたも何も。最近うちのクラスの連中の中で、掃除が終わったらさっさと教室からカバン持って出てくのってお前くらいなもん」
「そうだっけ?」
そらとぼけて見せる。でも、ま、実際、暇は暇だったのだ。
「そういう君は、最近はライヴハウス行ってんの?」
「んにゃ」
カナイは両手を上げて目を閉じる。
「行ってる暇というか、資金がございません。俺は別に楽器新調しなかったけれどさ、その代わり、とか言ってスタジオ代が大きくのしかかって……」
そこで俺はピン、ときた。眉を寄せる。
「もしかしてさ、君、俺にもその一端担わせようって思ってない?」
「あ、ばれた?」
やれやれ。カナイは露骨に照れくさそうな顔になった。
「一体一時間いくらな訳よ」
はあ、とため息をつく。結局俺は成りゆきという奴に弱いのだ。
*
スタジオの中は、むっとした空気が漂っていた。ピアノ室のあのただっ広い、乾いた空気とはまるで逆だ。
果たしてそこに常備してある楽器に対してこの環境はいいのか! と熱弁を震いたくなるような場所に、野郎五人も集まったのだ。むさ苦しいったらありゃしない。
「ほんじゃ、やろっか~」
気の抜けたような、ここの会員になっているという今原の声で、練習が始まった。
俺は「場所のスポンサーの一人だからねっ」とカナイに言われて、スタジオの隅に陣取っていた。
広さは六畳か八畳か――― その中に、むさ苦しい男子五人。備え付けのドラムスに、ギター用ベース用のアンプが各一台。
ギターを握っていたのが、さっきの俺との会話の中にも出てきた今原。ベースは木園《キソノ》、ドラムは西条《サイジョウ》という奴が演っている。
どれもクラスメートなのだが、情けないことに、顔と名前が一致したのは今日が初めてだ。
それにしても。
この間から奴が言った通りだった。
確かにひどい。雑音騒音というものはどうものか説明せよ、と問われれば、今の俺は迷わず、この連中の出す音だ、と答えるだろう。
だが成りゆきとは恐ろしいもので、俺は結局この日、連中の練習に二時間、延々付き合っていたのだ。
曲数は三つ。古典的なUKパンクと、日本のその系統のバンドの名曲が一曲ずつ。もう一つは最近人気のある轟音バンド。
どう見てもパンクとは縁のなさそうな奴ばかりが揃っているのだが、先の二曲を選んだ理由だけはさすがの俺でも露骨に判る。コード数少なく、単調で、カッティングもそう難しくはない。
楽譜も、使っているのは、音楽雑誌の中に採譜されているもので、わざわざ「スコア譜」として買ったものではなさそうだ。おそらくは本当のスコアよりはずっと単純化されたものだろうと思われた。
それでいて、全くもってスローでスローでスローなテンポから始まることしかできない。パンクロックであるにも関わらず!
楽器隊は実にゆっくりゆっくりとスピードを上げていった。なかなか真面目な姿勢だった。そういう所が結局あの学校の生徒なのだ。練習というものの基本は掴んでいるらしい。
その甲斐あってか、三十分も同じことを繰り返していれば、ある程度形になってきた。合わせるのは初めてだと言っていたが。
「それじゃ、合わせよーぜ、仮名井よぉ」
今原が奴に目線と声を送った。ああ、と奴も簡単に答えた。
「んじゃ、行くよ」
「どれ?」
今更のように訊ねる奴に、これこれ、と今原は譜面のコピーをびらびらと振る。英語曲かよ、とカナイはやや情けない顔になる。
西条が間延びした声で、ワン、ツー、とステイックを合わせる。さてどうなることやら。
だが次の瞬間、俺は本気でびっくりした。
四小節のイントロの後、ヴォーカルが入る。
その声、が。
何って言ったらいいんだろう?
天災のような声、だった。
天才ではない、天災だ。地震・雷と同じ類のものだった。
俺は思わず目を見開いていた。
こんな声、してたんだ。
普通に喋っている分だったら、普通よりはやや通る、という程度のものに過ぎない。
なのに、マイクロフォンを通すと。
急にその声は力を放った。
そういう声が時々居ると聞いたことがある。
「練習? 何処で?」
「駅近くの『サウンドマニア』って楽器屋知ってる?」
俺は即座にうなづいた。登下校の道だ。そのくらいは知っている。
「あんまり大きくはないところだよね」
「うん。入り口にポスター張りまくりの店」
「あああそこね」
「そこの二階にさ、狭いんだけど一応防音効いてるスタジオがあんの。俺は知らんかったけどさ、 今原《イマハラ》がそこの楽器屋の会員でさ」
「へえ……」
俺は気のないあいづちを打った。
どういうつもりなんだろう、と俺は奴がピアノ室にやってくるたび思う。
ここのところ、毎日のように奴は俺をバンドに誘って、そして毎度断られている。まるでそれは 最近のあいさつか、会話に入る前の枕詞のようだった。
「どーせ暇なんだろ? お前文化祭、何も参加する予定はないっていうし」
「調べたの?」
「調べたも何も。最近うちのクラスの連中の中で、掃除が終わったらさっさと教室からカバン持って出てくのってお前くらいなもん」
「そうだっけ?」
そらとぼけて見せる。でも、ま、実際、暇は暇だったのだ。
「そういう君は、最近はライヴハウス行ってんの?」
「んにゃ」
カナイは両手を上げて目を閉じる。
「行ってる暇というか、資金がございません。俺は別に楽器新調しなかったけれどさ、その代わり、とか言ってスタジオ代が大きくのしかかって……」
そこで俺はピン、ときた。眉を寄せる。
「もしかしてさ、君、俺にもその一端担わせようって思ってない?」
「あ、ばれた?」
やれやれ。カナイは露骨に照れくさそうな顔になった。
「一体一時間いくらな訳よ」
はあ、とため息をつく。結局俺は成りゆきという奴に弱いのだ。
*
スタジオの中は、むっとした空気が漂っていた。ピアノ室のあのただっ広い、乾いた空気とはまるで逆だ。
果たしてそこに常備してある楽器に対してこの環境はいいのか! と熱弁を震いたくなるような場所に、野郎五人も集まったのだ。むさ苦しいったらありゃしない。
「ほんじゃ、やろっか~」
気の抜けたような、ここの会員になっているという今原の声で、練習が始まった。
俺は「場所のスポンサーの一人だからねっ」とカナイに言われて、スタジオの隅に陣取っていた。
広さは六畳か八畳か――― その中に、むさ苦しい男子五人。備え付けのドラムスに、ギター用ベース用のアンプが各一台。
ギターを握っていたのが、さっきの俺との会話の中にも出てきた今原。ベースは木園《キソノ》、ドラムは西条《サイジョウ》という奴が演っている。
どれもクラスメートなのだが、情けないことに、顔と名前が一致したのは今日が初めてだ。
それにしても。
この間から奴が言った通りだった。
確かにひどい。雑音騒音というものはどうものか説明せよ、と問われれば、今の俺は迷わず、この連中の出す音だ、と答えるだろう。
だが成りゆきとは恐ろしいもので、俺は結局この日、連中の練習に二時間、延々付き合っていたのだ。
曲数は三つ。古典的なUKパンクと、日本のその系統のバンドの名曲が一曲ずつ。もう一つは最近人気のある轟音バンド。
どう見てもパンクとは縁のなさそうな奴ばかりが揃っているのだが、先の二曲を選んだ理由だけはさすがの俺でも露骨に判る。コード数少なく、単調で、カッティングもそう難しくはない。
楽譜も、使っているのは、音楽雑誌の中に採譜されているもので、わざわざ「スコア譜」として買ったものではなさそうだ。おそらくは本当のスコアよりはずっと単純化されたものだろうと思われた。
それでいて、全くもってスローでスローでスローなテンポから始まることしかできない。パンクロックであるにも関わらず!
楽器隊は実にゆっくりゆっくりとスピードを上げていった。なかなか真面目な姿勢だった。そういう所が結局あの学校の生徒なのだ。練習というものの基本は掴んでいるらしい。
その甲斐あってか、三十分も同じことを繰り返していれば、ある程度形になってきた。合わせるのは初めてだと言っていたが。
「それじゃ、合わせよーぜ、仮名井よぉ」
今原が奴に目線と声を送った。ああ、と奴も簡単に答えた。
「んじゃ、行くよ」
「どれ?」
今更のように訊ねる奴に、これこれ、と今原は譜面のコピーをびらびらと振る。英語曲かよ、とカナイはやや情けない顔になる。
西条が間延びした声で、ワン、ツー、とステイックを合わせる。さてどうなることやら。
だが次の瞬間、俺は本気でびっくりした。
四小節のイントロの後、ヴォーカルが入る。
その声、が。
何って言ったらいいんだろう?
天災のような声、だった。
天才ではない、天災だ。地震・雷と同じ類のものだった。
俺は思わず目を見開いていた。
こんな声、してたんだ。
普通に喋っている分だったら、普通よりはやや通る、という程度のものに過ぎない。
なのに、マイクロフォンを通すと。
急にその声は力を放った。
そういう声が時々居ると聞いたことがある。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

【完結】人前で話せない陰キャな僕がVtuberを始めた結果、クラスにいる国民的美少女のアイドルにガチ恋されてた件
中島健一
ライト文芸
織原朔真16歳は人前で話せない。息が詰まり、頭が真っ白になる。そんな悩みを抱えていたある日、妹の織原萌にVチューバーになって喋る練習をしたらどうかと持ち掛けられた。
織原朔真の扮するキャラクター、エドヴァルド・ブレインは次第に人気を博していく。そんな中、チャンネル登録者数が1桁の時から応援してくれていた視聴者が、織原朔真と同じ高校に通う国民的アイドル、椎名町45に属する音咲華多莉だったことに気が付く。
彼女に自分がエドヴァルドだとバレたら落胆させてしまうかもしれない。彼女には勿論、学校の生徒達や視聴者達に自分の正体がバレないよう、Vチューバー活動をするのだが、織原朔真は自分の中に異変を感じる。
ネットの中だけの人格であるエドヴァルドが現実世界にも顔を覗かせ始めたのだ。
学校とアルバイトだけの生活から一変、視聴者や同じVチューバー達との交流、eスポーツを経て変わっていく自分の心情や価値観。
これは織原朔真や彼に関わる者達が成長していく物語である。
カクヨム、小説家になろうにも掲載しております。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる