バンドRINGERを巡る話②ピアノとベースとわらう雨と、それを教えてくれたひと。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
上 下
6 / 25

第6話 アールデコ装飾の食堂でうどんをすする放課後

しおりを挟む
 とある放課後、旧校舎東棟の、一階の突き当たりにある大食堂で、俺とカナイはうどんをすすっていた。
 ちなみにこの大食堂は、天井は高いし、実に――― 美術の教師によるとアールヌーボーだかアールデコだか言っていた――― 装飾も所々に残っていたりするような歴史のあるシロモノらしい。
 だが長年のうどんやそば、カレーにカツ丼親子丼、と言った実に庶民的かつ馴染み深い香りや染みがこびりついているので、建てられた当初の優雅さなど、果たして何処へ消えたのだろうか?
 そう問いたくなるくらいの場所になっている。
 頭上からコーラス部やオーケストラの練習の声が聞こえてくる。優雅なBGMの中、ずるずる、と俺達はうどんをかきこんでいた。

 カナイと食堂で会ったのは偶然だった。
 なお、俺がここで食事をしていくことは多かった。自分の部屋に帰って一人で食べるよりは、ここで食べていく方が好きだったのだ。
 夕方に何故学食が、と思われるかもしれないが、もともとクラブ活動が盛んな時期、こういった文化祭シーズンには、食堂も夕方まで営業されるらしい。食べ盛りの高校生である。あって困るということはない。

「何、今日はバンドの練習?」

 ずるずる、と俺は天ぷらうどんをすする。傍らにはブリックパツクの甘ったるいコーヒーがある。食堂入り口に何台か並んだ黄色と赤と白の三色に彩られた自動販売機で買ったものだ。
 いんや、とカナイはきつねうどんをすすりながら答えた。奴の所にはさらに甘い「フルーツ」牛乳のパックがあった。

「担任から呼び出し」

 ったく、と奴は吐き出す様に言う。

「こんな時間までかよ」
「こんな時間、ってお前もいるじゃん。お前こそ何よ」

 箸で指すな、と俺は目を細めた。

「俺はピアノ室」

 あ、そうかと奴は納得してうなづく。

「何、お前んちってピアノ無いの? あんな上手いんだから、絶対あると思ってたけど」
「アプライトぐらいならあるよ。だけどここの音響って凄くいいからさ。ほら、この校舎古いだろ、鳴りがいいんだ。そういうとこで弾くと気持ちいいだろ?」
「そういうもん?」
「そういうもんだよ。カナイもバンドやろうってんだろ? 少しは音のことくらい考えろよ」

 うーむ、と奴は少しだけ真剣な顔になる。俺は少々意外に思った。

「ところで何で呼び出し食らったんだよ。君、別に悪いことしたようには見えないけどさ」
「悪いのかよ! だから、バンドやるから」
「は?」
「サエナが言ったのは、そうそう間違いじゃねーなあ、全く」

 さすがに俺も話が見えなかった。

「あのさカナイ、サエナって会長さんのことだよね」
「二人と居るかよ、そんな妙な名。何かさ、一応この学校、そのへんは寛大なように見せているんだけど、実のところ、結構せこいの」
「それって、バンドやると教師の心証悪くするって奴?」

 何をいまどき、と言われそうだが、無い訳では無い。俺の郷里の進学校では未だそんな雰囲気があった。

「自由な校風が自慢の学校じゃないの?」
「まあね。だけど、有名私大の推薦とかだと、何か心証がどうとか何とか。自主性あるからいいじゃんなあ。けど難しくなるとか何とか」
「はあ」
「それであいつ、俺に今度の文化祭の申し込み、出させまい出させまいとして追っかけ回してたの。全くお節介なんだからさ」
「へえ。おねーさん代わりとしちゃ?」

 そういう意味があったのか。

「姉貴っーか。何かさ、ウチとあいつんち、昔っから近いの。親父同士が仲がいいっていうか。ま、その程度の幼なじみだけどさ」
「あ、それでここに入ったんだ」

 すると奴はひらひら、と手を振る。

「はずれ。ウチはもともと、親父も兄貴もここだったから、まあ別にそれは良かったの。あ――― って言うか、たぶん、お前が思ってるのと逆。俺は中高からの外部じゃないの」
「あ、もともと居たんだ」
「そ。小学校からここ。ここはそういう奴が大半でしょ。だから高校の外部なんて相当。お前すげーなあって素直に俺尊敬するもん。サエナもそう。あいつはお前と同じで、高校からの外部生」
「そりゃすごい」

 思わず俺は自分のことを棚に上げてそう言っていた。それに気付いたのかどうなのか、奴はやや苦笑する。

「すごいだろ? そういう女だから、この学校で最初の女子生徒会長なんかにもなっちまう。いや、別になっちゃいけねって訳じゃないんだけどさ、皆面倒がってしなかっただけでさ。なのになりたいと言って、なっちまった。ついでに何を考えてるのか、俺にまでちょくちょく生徒会に立候補しろってうるさいうるさい」

 OH,MY,GOD! とばかりに奴はお手上げのポーズを取った。
 へえ、と俺は目を丸くした。生徒会とカナイ――― いまいち俺の印象ではつながらないものなのだが。

「あれ?」

 奴は不意にまだうどんが半分引っかかっていそうな箸を俺に向けた(するな!)。

「そういう所、お前猫みて。目、でかいし」
「え?」
「あれ、言われたことない?」
「―――あるけど」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺は彼女に養われたい

のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。 そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。 ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ! 「ヒモになるのも楽じゃない……!」 果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか? ※他のサイトでも掲載しています。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

君の音、僕の音

オレガノ
ライト文芸
『君の音、僕の音』は、まっすぐで不器用な中学生・葉月涼が、自分の「音」と向き合いながら成長していく物語です。 ピアノが唯一の心の拠り所だった涼は、繊細で内向的な性格から、自分に自信が持てず、いつも人の顔色ばかり気にしています。 でも、そんな彼のそばには、優しく寄り添ってくれる猫のショパン、明るく前向きな幼なじみのアオイ、そして密かに想いを寄せてくれるクラスメイトの真澄がいます。 この物語は、音楽の才能を問う話ではありません。「自分って、いったい何だろう」「本当にこのままでいいの?」と迷うあなたのための物語です。 涼の奏でる音には、喜びや悲しみ、焦りや希望――そんな揺れる気持ちがそのまま込められています。とても静かで、だけど胸の奥に深く届く音です。 読んでいると、あなたの中にもある「ちょっとだけ信じたい自分の何か」が、そっと息を吹き返してくれるかもしれません。 誰かに認められるためじゃなく、誰かを驚かせるためでもなく、「自分が自分のままでもいいんだ」と思える――そんな瞬間が、この物語のどこかできっと、あなたを待っています。 ひとつの旋律のように、やさしく、切なく、でも温かい時間を、どうかあなたもこの物語の中で過ごしてみてください。 あなたの心にも、きっと「あなただけの音」があるはずです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

処理中です...