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49.叛逆の因子

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「地球のほんの小さな島国だ。私の生まれたのは」

 Mは語りだした。

「仲間内で、地球で生まれたのは、私しか居ない。後は皆『箱船』の試験管の中で生まれたのだ」

 足元に座ってMを見上げるGの脳裏に、伯爵が語ったMの過去がよみがえる。Mは特権階級の出だと聞いた。

「私は出発自体反対だった。しかし気が付いた時には、私は既に船の中だった。私が地球から連れ出されてから、二十何年という時間が経っていた。目覚めた私には、当面することが無かった。いや、そうではない。我々同様、正規に乗り込んだ者達は皆、する事など無かったのだ」
「する事が、ない?」
「箱船の規模に対して、我々特権階級の人数は、決して多くは無かった。だがそれでも、皆ある時期が来るまで、眠っていた」
「ある時期?」
「奴隷となる人間が、使える様になるまで、だ」
「……」
「我々と共に、当時、地球に残された人間達の受精卵が箱船には乗せられていた。当初からそれは、その目的で積まれたものだった。我々の階級の者は、自分の手を汚すことを嫌う。いや、できないのだ。そう教え込まれて育ったあわれな者達。何もできないまま宇宙に乗り出したはいいが、仕える者が出来上がらない限り、目覚めることもできなかった」
「奴隷、なのか」
「少なくとも、彼らはそう思っていた。私もある時までは、そう思っていたのだ。不遜なことにな」

 Gは首をかしげる。この人にはなかなか似つかわしくない言葉だった。

「しかし、私はある日出会ってしまったのだ。その『奴隷』達に。それぞれの家に、奴隷達は主人の前に姿を見せない様に立ち回る様に訓練されていた。しかしある日、私は彼らの一人に出会ってしまったのだ」
「出会うことはできなかったの?」
「見つかったら、それは罪となる。食事を抜かれたり、電撃鞭で打たれたりしたようだ」

 本当にそれは奴隷の扱いだな、とGは思う。ふと、あの同僚のことを思いだした。レプリカントは、昔はその「奴隷」に近い扱いを受けていたという。

「普通なら、罰を恐れて、逃げようとするのに、そ奴は開き直ったのだ。自分がどんな悪いことをしたのだ、とな」

 はあ、とGはあいづちを打つ。

「私は私で、奴隷が存在するこの状況に疑問を持っていた矢先だったので、そ奴としばらくの間話をした。口が悪い奴だ。お前の様にかしこまってはいない」

 誉めてはいないな、とGはややむっとする自分を感じる。

「言うことは理にかなっているのだが、その反面、理の出る大本が、ひどく感情的な奴だ。子供と大人の両方の顔を同時に持っていて、よく笑いよく怒った。変わった奴だ、と私は思った」

 淡々とした喋り方は変わらない。しかし何処か楽しそうに、Gには感じられる。

「やがて私は、そ奴に勧められて、奴隷の立場にある者達と、交流を持つ様になった。無論、当初は立場を隠していた。そ奴と違って、皆心の何処かに、我々特権階級に対するガードの様なものが働いていた。奴と、そう、数名、そんなガードが存在しない者が居たのだ」
「全て管理されていた、のではないの?」
「中には洩れがあったのだろう。もしくは、奴ら自身の資質だったのかもしれない」
「生まれつき?」
「もしかしたら、奴らの、名前も顔も知れない、遺伝子を残した親かもしれない。叛逆の因子が備わっていたのかもしれない。しかしその真実は知れない。奴らに関するデータは、箱船のコンピュータの奥底に眠ったままだ。我々が今更知ることはできない」
「叛逆、ということは、……そうしたんだね?」
「そうだ」

 Mはうなづいた。

「まずは私が彼らと会っていたことが発覚した。私がまず捕まり、彼らの共同体に落とされた。その一方で、リーダー格だった数名が捕まった」
「捕まった」
「私に最初に会った奴は、その手を危うく逃れた。しかし奴の一番の相棒とも言える奴が、その捕まった中に居た。そこからが、反乱の始まりだった」

 ごく、とGは唾を飲み込む。

「奴は大人の冷静さと狡猾さと、子供の熱情でもって、仲間の奪取作戦を組み立て、周囲をその渦に巻き込み始めたのだ」
「そんなことができる奴だったの?」
「今も、居る」

 唇の端が、また微かに上がった。

「奴が動く。一見がむしゃらに見えるその動きに、目が離せなくなる。それがどれだけ馬鹿馬鹿しい行動だったとしても。それに気付いた我々は、奴をサポートすべく、つい動いてしまったのだ」
「すごい奴なんだ」
「ただの子供なのだがな」

 やはり、とGは胸の中に、ややもやもやとしたものが広がるのを感じる。やはり口調もまた、無表情のままなのだが、何処か楽しそうに感じられる。
 これは嫉妬だろうか。

「私の立場は難しいものだった。しかし奴をサポートし、捕まった彼らを助ける、という目的の元に、賛同した者皆が力を合わせた。奴らには、それだけのものがあった」
「それは」
「私は客人に過ぎない。仲間になったとは言え、作戦を共に練り、脱出を成功させた中心に居たとしても、私は変わらず客人なのだ」
「……」
「そして我々は、この惑星にたどり着いた。何とか呼吸はできる。水もあるだろう。しかし、暮らし続けていくのに、日射しは有害な宇宙線を含んでいるという分析結果が出ている。この様に時々外に出るくらいならともかく、この下でずっと活動していくというのは、自殺行為だ」

 だろうな、とGは思う。何処か見える風景の色が、知っているものとは異なっている。

「選択肢は、一つしか無いのだ」

 それは判っているのだ、とGには聞こえた。
 判っているのに、何処かで気持ちの踏ん切りがつかないのだ、と。

「奴が」

 Gはぴく、と顔を上げた。

「奴と、その相棒は、それを好まない。そしてまた、奴らに共鳴する者が大半だ。あの時計画を立て、実行した者の大半が私の結論に同意したとしても、一緒に逃走してきた者の大半は、奴らの言うことを支持するだろう」

 それは。Gは思う。
 支持したいのは、あなたではないのか?
 そうでなくて、どうして、そんな表情をするのだ。
 眉一つ動かすではない。笑みを浮かべる訳でもない。涙を見せる訳でもない。
 なのに、どうして、そんなに辛そうに見えるのか。

「だからこそ、私は、先陣を切って、この惑星の先住者である鉱物生命体と、融合しなくてはならないのだ。そして必ず、私は私足り得なくてはならない。私が私以外の者になってしまったら、そこで説得も何も力を無くす。私は必ずそうしなくてはならないのだ」
「そうすれば、あなたの仲間も、全て助かるから?」

 MはふっとGの方を見下ろした。

「そのひとの、ため?」

 首をかしげる。答えは無い。その代わりとでも言うように、MはGの手をそっと取った。
 言葉はそのまま、しばらく無かった。掴まれた、手のひらからGは、何とも言えない感覚が全身を通り抜けて行くのを感じた。どうしようも無い、冷たさ。手のひらから、腕を肩を通り抜けて、胸に、それはじんわりと染み渡る。
 どうしようも無い、冷たさ。

「……俺はあなたを、どうしようもなく、探していたんだ」
「私を、か?」
「そうだあなただ。他の誰でも無い、あなたを。それがどうしてなのか、俺にはどうしても判らなかったんだけど」

 だけど? と言う様にMはもう片方の手を重ねる。
 やはりその手は、どうしようもなく、冷たい。

「あなたはここで、選んだのだな」

 自分のためではなく、全ての自分の仲間を生かすために。
 自分を揺り動かした、誰かと対立しようが。
 それが、自分の役目だと。

「俺があなたに出会った時、あなたは遠い未来を記憶として持っていた。その記憶があなたから伝わった時、俺はあなたにどうしようもなく、惹かれたんだ。それが何故なのか、その時の俺には判ったようでいて、結局判っていなかったんだ」

 あの冷たさは。

「あなたは、それを全て引き受けようとしていたんだ」

 天使種が、覇権を握るまでの間に引き起こされる全ての物事。 侵略、弾圧、破壊。
 それを全て知っていた。それが起こりうることだと。

「奴は私に言った。自然なままの姿で生きられないのは何か違うのじゃないかと」
「だったらそういう奴は、そういう場所を求めればいいんだ。あなたはここで生きることを選んだのだろう?」

 Gは声を荒げる。

「あなたの選択は間違っていない」

 Mは目を伏せる。

「間違っては、いないんだよ!」

 Gは重ねて言う。掴んだ手に力を込める。このひとの迷いが少しでも消えるというなら。

「では」

 ゆっくりと、Mは目を開く。

「お前は、未来の私が何をするのか知っているのだな」
「知っている」
「そして、いつかまた、私と出会うのだな」
「出会う。俺はまた、必ずあなたと」
「時間を越えて」
「時間を越えて」

 Mは大きく空を振り仰いだ。透明な光が、赤い岩の間を時々通り抜けて、きらきらとまぶしい。それが有害であったとしても、その美しさには変わりはなかった。

「では、お前は私を追ってくれ」

 空を見上げたまま、Mははっきりとそう口にした。
 何だって、とGは問い返した。意味が、すぐには分からなかった。

「遠い未来で、私が何処かで過ちを冒してしまうこともあるだろう」
「M……」
「それが私一人の手の中で治まってしまうものならいい。しかしそれで済まなかった時には、お前が、私を追ってくれ」

 言われている意味が、すぐには分からなかった。

「お前は、私といつか出会うのだろう?」

 Gはうなづく。

「遠い未来なのだろう? 私はお前が居る時間まで、生きるのだろう?」

 視線が、降りてくる。

「私は、人間では無くなるのだろう?」

 少なくとも、「奴」が言うところの、自然のままの人間では。

「ああ」

 Gはうなづいた。Mもまた、それを見てうなづく。

「それでいい」

 開いた、深い瞳の奧には、やはり、どうしようもない程の。

「お前は、私を追ってくれ。そして道を何処かで誤るだろう私を、断罪してくれ」

 ぐっ、とGはMの手を両手で強く握りしめた。

「それで充分だ」

 見ていてくれ、と言われたので、Gはそのまま、夜半過ぎまでその場に残った。
 その夜、Mは最初に彼らに話をもちかけた先住者と融合するのだ、という。
 彼の仲間にも、鉱物生命体達にもは見つかるとまずいから、とGはそれからずっと、赤い、死んだ岩の間で待っていた。
 それはひどく長い時間に、彼には感じられた。
 過ちを。
 Mはそう言った。
 長い時間の何処かで必ず自分が冒すであろう、過ちを。
 それは何だと言うのだろう。
 全星域に向かって、戦争をふっかけたことなのか。
 全星域をその手に入れてしまったことなのか。
 それとも、うち立てた帝国に対する反体制組織を作り上げてしまったことなのか。
 Gは持て余す時間の中、延々そんなことを考え続けていた。当然のように、答えは出ない。
 何を。
 彼は強く考える。答えが欲しかった。Mがそれを求めているというなら。
 いつの時代の、何処の場所で。
 頭がくらくらする。
 やがて、日が沈み、辺りは闇に包まれる。
 しかしその場は、決して暗くは無かった。緩やかに広がる鉱物生命体の一群が発する光が、ぼんやりと、しかし確かに、彼らの姿を映しだしていたのだ。
 舌打ちをしながら見ている淡い金髪の痩せた青年の姿が、妙にGの視界に飛び込んでくる。隣に居る黒い髪の男が、その相棒だろうか。
 やがてその場は強烈な光に包まれた。
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