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48.「あなたはいつか、最強の軍隊を率いて戦うんだ」
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「どんな、決断なの」
「お前はこれが何に見える?」
Mは立ち上がると、背後の赤い岩に手を伸ばした。
「……岩…… ではないのでは?」
「岩だ」
Mは即答する。
「ただし、死んだ岩だ」
「死んだ……?」
「この惑星の岩の中には、生命を持つものがある」
それは彼も良く知っていた。しかし彼の居た時代、「死んだ岩」を見たことはない。
「その生命が宿っている間、岩は淡い乳白色に染まっている。それが死ぬと、そんな、女の月経の色になる」
そのたとえはどうかと思う、と彼は思う。
「だがこの死んだ岩の間に居れば、生きた岩から思考を読まれることはない」
「え」
思考を読むのか。それは初耳だった。しかし確かにそれは当然と言えば当然だった。
彼自身もかつて、その生きた岩と対峙したことがあった。まだほんの子供の頃だったが、その時に、何かが、自分の中を触っていく感じ、は確かにあったのだ。
Mは目を伏せた。
「彼らは我々に提案した。生きたいのなら、自分達と融合しろと。そうすることによって、この惑星で生き延びる力を手に入れることができる、と。考えるべくもない、唯一の選択肢だ」
そして目を開く。
「それしか無いのだ。我々がこの地で生き残るのは」
「また他の惑星に行くということはできない?」
「お前は我々が何処から来たのか、知っているか?」
彼は首を横に振る。
「俺は何も知らない」
「我々は、逃げてきたのだ。長い旅をする移民船の中から。小型の輸送挺に詰め込めるだけの人員を詰め込んで脱出してきた。小型艇もこの惑星にたどりつくのが精一杯だった。もうこの先に行くことはできない」
行き止まりか、とGは思う。
「我々はこの地で生きねばならない。……なのに、私は迷っているのだ」
「あなたが」
耳に飛び込んできた言葉が、すぐにGには信じられなかった。
「あなたが、迷うのか?」
「私とて、人間だ。迷うことはある。そして人間でありたいと思う。天使のお前には判らぬか?」
「俺は」
天使ではない、と言おうと思った。だが妙に舌がもつれた。
「この地の鉱物の生命体と融合すれば、確かに生きていけるだろう。しかし融合した我々は、果たして人間であろうか。あり続けることができるだろうか」
「それは……」
Gはどう言っていいものか、困った。その答えは自分の中でも出ていないというのに。
「しかし私は、その迷いを見せる訳にはいかないのだ」
「生きている岩に?」
「いや」
Mは首を横に振る。
「それだけではない。中には、それが、彼らが我々の身体を侵略しようとしているのだ、と主張する者も居るのだ」
「反対派が」
「そうだ。その主張も決して間違ってはいないだろう。意識を自分のものとしておける保証は何処にもない」
そこまで言うと、Mは再び腰を下ろす。腕を組み、目を閉じた。
「しかし、それでもその選択肢しか無いのだ。我々が生き延びるためには」
「あなたは、そうしたくはないんだ?」
ふっとMは顔を上げた。
「違う?」
「違わないだろう。私という個人の感情の中は、それを拒んでいる部分が、少なからずあるのだ。だが、私がそれを選んだらここで誰も生き延びることはできなくなる」
「あなたは、皆を生き延びさせたいんだ?」
「無論だ」
答えは出ているのだ、とGは思った。ただこの人は、最後の一歩を踏み出せないのだ、と。
そして、おそらくは自分にその背を押してもらいたがっている。
それは、GがMの中で、自分達とも生きた岩達とも無関係の第三者である、と認識されているからに違いなかった。自分自身が作り出した幻と思っているかもしれない。
どうしたものだろう、とGは思う。
ここで、Mの背を押さなかったら。
そうしたら、アンジェラス星域に、人々は生き延びない。
最強の軍隊は存在しない。
帝国は、成立しない。
言わない。それも一つの魅力のある誘いとなってGの中に指を這わす。
だが。
彼は思い直す。そうしたら、自分もまた生まれては来ないのだ。自分はアンジェラスの、天使種の、第七世代なのだ。
ここに命からがら逃亡してきた人々の、七番目の子孫なのだ。
決められた歴史を動かす訳にはいかない。
「あなたは、そうしなくてはならないよ、M」
彼は名前を呼んだ。
「俺は知ってる。この地の人々は、いつか、この惑星を出て、全ての、地球から出た人々の住む星域を手に入れ、支配するんだ」
「夢のようなことを」
「俺は、知っているんだ」
GはMの前にひざをつき、膝の上に置かれた手に、そっと触れた。
「あなたはいつか、最強の軍隊を率いて戦うんだ。俺はそれを知ってる」
「天使だからか?」
Mは無表情のまま、問いかえす。Gは首を横に振る。
「俺は天使じゃない。いや、そう言われる時期もあるかもしれない。だけど、そう。生き延びたあなた方が、そう言われるんだ。最強の軍隊、天使の種族と」
「本当か?」
「本当だ。俺は、それを知ってる」
「お前は、誰だ?」
Mはようやくその問いを口にした。
その瞳が、自分を見据えている。ああ同じだ、とGは思う。既にその瞳に迷いは無い。そして吸い込まれそうに、深い。
「俺は」
ずっと、焦がれていた瞳だ。誰よりも冷たい。
「俺は、あなた方の子孫の一人だ」
「子孫。我々に、そんな未来があるというのか?」
「そして俺は、あなたを知ってる。誰よりも強い力を持ったあなたと、俺は、会ってるんだ」
唇が、微かに上がる。
「嘘を言うな」
「嘘じゃない」
「私は、お前に会うのか? 遠い未来で」
「あなたは、俺に会うんだ」
彼はMの手をぐっと握りしめる。
「だからあなたはここで生き延びるんだ。仲間達と共に」
「そして、全星域に覇権を唱えるのか?」
ゆったりと、首をかしげる。
「それもまた、悪くはないな」
「本当だよ」
悪くない、とMは繰り返し、Gに顔を近づけた。
「お前はこれが何に見える?」
Mは立ち上がると、背後の赤い岩に手を伸ばした。
「……岩…… ではないのでは?」
「岩だ」
Mは即答する。
「ただし、死んだ岩だ」
「死んだ……?」
「この惑星の岩の中には、生命を持つものがある」
それは彼も良く知っていた。しかし彼の居た時代、「死んだ岩」を見たことはない。
「その生命が宿っている間、岩は淡い乳白色に染まっている。それが死ぬと、そんな、女の月経の色になる」
そのたとえはどうかと思う、と彼は思う。
「だがこの死んだ岩の間に居れば、生きた岩から思考を読まれることはない」
「え」
思考を読むのか。それは初耳だった。しかし確かにそれは当然と言えば当然だった。
彼自身もかつて、その生きた岩と対峙したことがあった。まだほんの子供の頃だったが、その時に、何かが、自分の中を触っていく感じ、は確かにあったのだ。
Mは目を伏せた。
「彼らは我々に提案した。生きたいのなら、自分達と融合しろと。そうすることによって、この惑星で生き延びる力を手に入れることができる、と。考えるべくもない、唯一の選択肢だ」
そして目を開く。
「それしか無いのだ。我々がこの地で生き残るのは」
「また他の惑星に行くということはできない?」
「お前は我々が何処から来たのか、知っているか?」
彼は首を横に振る。
「俺は何も知らない」
「我々は、逃げてきたのだ。長い旅をする移民船の中から。小型の輸送挺に詰め込めるだけの人員を詰め込んで脱出してきた。小型艇もこの惑星にたどりつくのが精一杯だった。もうこの先に行くことはできない」
行き止まりか、とGは思う。
「我々はこの地で生きねばならない。……なのに、私は迷っているのだ」
「あなたが」
耳に飛び込んできた言葉が、すぐにGには信じられなかった。
「あなたが、迷うのか?」
「私とて、人間だ。迷うことはある。そして人間でありたいと思う。天使のお前には判らぬか?」
「俺は」
天使ではない、と言おうと思った。だが妙に舌がもつれた。
「この地の鉱物の生命体と融合すれば、確かに生きていけるだろう。しかし融合した我々は、果たして人間であろうか。あり続けることができるだろうか」
「それは……」
Gはどう言っていいものか、困った。その答えは自分の中でも出ていないというのに。
「しかし私は、その迷いを見せる訳にはいかないのだ」
「生きている岩に?」
「いや」
Mは首を横に振る。
「それだけではない。中には、それが、彼らが我々の身体を侵略しようとしているのだ、と主張する者も居るのだ」
「反対派が」
「そうだ。その主張も決して間違ってはいないだろう。意識を自分のものとしておける保証は何処にもない」
そこまで言うと、Mは再び腰を下ろす。腕を組み、目を閉じた。
「しかし、それでもその選択肢しか無いのだ。我々が生き延びるためには」
「あなたは、そうしたくはないんだ?」
ふっとMは顔を上げた。
「違う?」
「違わないだろう。私という個人の感情の中は、それを拒んでいる部分が、少なからずあるのだ。だが、私がそれを選んだらここで誰も生き延びることはできなくなる」
「あなたは、皆を生き延びさせたいんだ?」
「無論だ」
答えは出ているのだ、とGは思った。ただこの人は、最後の一歩を踏み出せないのだ、と。
そして、おそらくは自分にその背を押してもらいたがっている。
それは、GがMの中で、自分達とも生きた岩達とも無関係の第三者である、と認識されているからに違いなかった。自分自身が作り出した幻と思っているかもしれない。
どうしたものだろう、とGは思う。
ここで、Mの背を押さなかったら。
そうしたら、アンジェラス星域に、人々は生き延びない。
最強の軍隊は存在しない。
帝国は、成立しない。
言わない。それも一つの魅力のある誘いとなってGの中に指を這わす。
だが。
彼は思い直す。そうしたら、自分もまた生まれては来ないのだ。自分はアンジェラスの、天使種の、第七世代なのだ。
ここに命からがら逃亡してきた人々の、七番目の子孫なのだ。
決められた歴史を動かす訳にはいかない。
「あなたは、そうしなくてはならないよ、M」
彼は名前を呼んだ。
「俺は知ってる。この地の人々は、いつか、この惑星を出て、全ての、地球から出た人々の住む星域を手に入れ、支配するんだ」
「夢のようなことを」
「俺は、知っているんだ」
GはMの前にひざをつき、膝の上に置かれた手に、そっと触れた。
「あなたはいつか、最強の軍隊を率いて戦うんだ。俺はそれを知ってる」
「天使だからか?」
Mは無表情のまま、問いかえす。Gは首を横に振る。
「俺は天使じゃない。いや、そう言われる時期もあるかもしれない。だけど、そう。生き延びたあなた方が、そう言われるんだ。最強の軍隊、天使の種族と」
「本当か?」
「本当だ。俺は、それを知ってる」
「お前は、誰だ?」
Mはようやくその問いを口にした。
その瞳が、自分を見据えている。ああ同じだ、とGは思う。既にその瞳に迷いは無い。そして吸い込まれそうに、深い。
「俺は」
ずっと、焦がれていた瞳だ。誰よりも冷たい。
「俺は、あなた方の子孫の一人だ」
「子孫。我々に、そんな未来があるというのか?」
「そして俺は、あなたを知ってる。誰よりも強い力を持ったあなたと、俺は、会ってるんだ」
唇が、微かに上がる。
「嘘を言うな」
「嘘じゃない」
「私は、お前に会うのか? 遠い未来で」
「あなたは、俺に会うんだ」
彼はMの手をぐっと握りしめる。
「だからあなたはここで生き延びるんだ。仲間達と共に」
「そして、全星域に覇権を唱えるのか?」
ゆったりと、首をかしげる。
「それもまた、悪くはないな」
「本当だよ」
悪くない、とMは繰り返し、Gに顔を近づけた。
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