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14.暑さは強烈な甘さを平気にさせてしまう。
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やれやれ、という気分でGは店の扉を開けた。
朝もここで食事して、昼もまたここ、では芸が無いが、彼は一所に落ち着く場合、食事の場所をある程度固定させる趣味があった。それはあの「後宮」の惑星でもそうだった。あの時には彼はイェ・ホウの中華料理店にちょくちょく通っていた。時には泊まっていた。
ここがそういう場所になるかどうかはまだ判らなかったが、ともあれ、ここが常連も多く、毎日安定した客が入る「普通の」店であることは間違いなかった。情報収集にはこういう店が一番いいのだ。
カウンターにかけると、置かれた氷入りの水をぐっと飲み干す。きゅうっ、とその冷たさが、喉にしみいる。
「お疲れ。大変だったろ?」
店主タバシは一杯飲んで、とん、とその場に彼が置いた杯にお代わりの水を注ぐ。からん、と氷が動く音がした。ああ暑かった、と彼はその杯を頬に当てる。今日は深い青だった。その色はGにあの海の色を思わせる。
「大変?」
「銀行強盗。ちょうどかちあったんじゃないのかい?」
「よく知ってるね」
「ラジオでやってたからね」
そう言ってタバシは棚の上に置かれた大きな受信機を指す。木製のボディに大きなスピーカーのついたそれは、今は何も語らない。
「今はつけてないんだね」
「ここのラジオ局はずっとやっている訳じゃあないもの。昼ごはん何にする?」
話を聞いていたらしく、調理場から白い作業着を羽織ったイアサムが大きな木杓子を手に問いかける。
「いつもやってる訳じゃない?」
「何も放送しない時間が多いんですよ。朝時間の中の六時間、とか。それがいつなのかさっぱり判らないから、下手すると一日中何も流さない日もある」
「へえ」
そう言えばそうだったかな、と彼は思う。
「だからスイッチはいつも入れっぱなしなんですがね。……それがさっき、いきなりがりがりとやりだしたから、何だと思ったら、都市警察からの知らせだったという次第」
なるほど、と彼はメニュウブックを広げ、粒子の粗い写真を見てその一つを指した。
「あ、それね。だったらすぐできるから、ちょっと待って」
イアサムはそう言って再び中へ引っ込んだ。
「ミントティでも如何ですかね」
「まさか甘くしてないだろうね」
「甘いですけどね。でも慣れますよ」
反論する気も無く、Gはそれでいいよ、とミントティを頼んだ。水の入っていた杯を取ると、それをさっと流し、店主はそこへミントティを入れた。銀色のポットに入った熱い茶が、杯の中にこれでもかとばかりに詰め込まれた氷の上にざっとかかる。するとその瞬間、さっとさわやかな香りが漂い、しゅんと音がした。
甘い、と口をつけた瞬間彼は思った。だが不思議と、その甘さは気にならなかった。この暑さのせいだ、と彼は思った。この暑さが、強烈な甘さを平気にさせてしまうのだ。
「ところでお客さん、あの方はお知り合いですかね」
タバシは小声で彼に問いかけた。何、とGは返す。
「あれですよ、あれ」
窓際の席をタバシはそれとなく指す。ちら、と彼は後ろを向いた。
「そういえば何か入った時から妙な視線を感じてたけど」
「それは鋭い。何か入ってきた時からあのおにーさんは、お客さんのことを見てましたよ」
何だろう、と彼は首を傾げた。
見覚えは…… さっぱり無い。しかも割といつも何かしらに感じる、通りがかりが自分に対する視線とも違う。
そもそも彼は自分が他人から注目を受ける容姿だということは自覚している。その姿形がとりあえず周囲一般よりは整っていること、何処かしらその動きが人を引きつけること、声がどうも色気があること。
そういったことを自覚しているからこそ、それを利用して彼は何かと今までのトラブルに対応してきたのだ。
それが努力して身につけたものではないから余計に、武器としなくてはならない。努力して身につけるものというものは、隠すことがそう難しくはないが、もって生まれたものというのはそれが難しいものである。今更自分を醜悪に見せようとは彼はこれっぽっちも考えていなかった。
しかしそれはさておき、そういった周囲の視線と、どうも今自分の背中や首筋あたりに漂っている感じ、は何処かが違う。何が違うか、というと彼もまた説明がしにくいのだが…… 何かが違うのだ。
「どうします?」
「どうしますって」
「その気がありそうですかね」
「別に俺はその気が全くない訳じゃあないけど、全く知らない奴と節操なしにする訳じゃあないよ」
「そうなんですか?」
そう、と彼はうなづく。別に隠す程のことではない。
けど。
「そう見える?」
「うーん…… そう見える、という訳じゃあないですが」
やや歯切れが悪い。と、中から大きな皿を持ったイアサムが出てきて彼の前に料理を置いた。
「というよりは、サンドさんは、何か誰からも一度してみたい、って感じにさせるんじゃないの?」
「は?」
くすくす、とイアサムは笑みを浮かべる。
「言うねお前」
「だって、そう思うもん。タバシあんたはそう思わない?」
「うーん……」
タバシは少しばかり考え込む。無意識だろうか、口ひげを何度か撫でる。そのひげを見ながら、そういえば自分の同僚にもそういう人物がいたよな、と今更の様にGは思い出す。
「伯爵」と呼ばれている彼の同僚もまた、いつもひげを絶やさなかった。彼は場合に応じて姿を変え名前も変えるのだが、「伯爵」という称号とそのひげだけは消すことはなかった。
そう考えているうちに、「伯爵」という存在イクォールひげ、と一瞬彼は思いついてしまい、ぷっと吹き出した。
「……そ、そんなおかしいかな」
タバシは自分のことを笑われたと思ったか、慌ててGに訊ねる。違うよ、とGは手を振る。
「知り合いのことをちょっと思い出してさ」
朝もここで食事して、昼もまたここ、では芸が無いが、彼は一所に落ち着く場合、食事の場所をある程度固定させる趣味があった。それはあの「後宮」の惑星でもそうだった。あの時には彼はイェ・ホウの中華料理店にちょくちょく通っていた。時には泊まっていた。
ここがそういう場所になるかどうかはまだ判らなかったが、ともあれ、ここが常連も多く、毎日安定した客が入る「普通の」店であることは間違いなかった。情報収集にはこういう店が一番いいのだ。
カウンターにかけると、置かれた氷入りの水をぐっと飲み干す。きゅうっ、とその冷たさが、喉にしみいる。
「お疲れ。大変だったろ?」
店主タバシは一杯飲んで、とん、とその場に彼が置いた杯にお代わりの水を注ぐ。からん、と氷が動く音がした。ああ暑かった、と彼はその杯を頬に当てる。今日は深い青だった。その色はGにあの海の色を思わせる。
「大変?」
「銀行強盗。ちょうどかちあったんじゃないのかい?」
「よく知ってるね」
「ラジオでやってたからね」
そう言ってタバシは棚の上に置かれた大きな受信機を指す。木製のボディに大きなスピーカーのついたそれは、今は何も語らない。
「今はつけてないんだね」
「ここのラジオ局はずっとやっている訳じゃあないもの。昼ごはん何にする?」
話を聞いていたらしく、調理場から白い作業着を羽織ったイアサムが大きな木杓子を手に問いかける。
「いつもやってる訳じゃない?」
「何も放送しない時間が多いんですよ。朝時間の中の六時間、とか。それがいつなのかさっぱり判らないから、下手すると一日中何も流さない日もある」
「へえ」
そう言えばそうだったかな、と彼は思う。
「だからスイッチはいつも入れっぱなしなんですがね。……それがさっき、いきなりがりがりとやりだしたから、何だと思ったら、都市警察からの知らせだったという次第」
なるほど、と彼はメニュウブックを広げ、粒子の粗い写真を見てその一つを指した。
「あ、それね。だったらすぐできるから、ちょっと待って」
イアサムはそう言って再び中へ引っ込んだ。
「ミントティでも如何ですかね」
「まさか甘くしてないだろうね」
「甘いですけどね。でも慣れますよ」
反論する気も無く、Gはそれでいいよ、とミントティを頼んだ。水の入っていた杯を取ると、それをさっと流し、店主はそこへミントティを入れた。銀色のポットに入った熱い茶が、杯の中にこれでもかとばかりに詰め込まれた氷の上にざっとかかる。するとその瞬間、さっとさわやかな香りが漂い、しゅんと音がした。
甘い、と口をつけた瞬間彼は思った。だが不思議と、その甘さは気にならなかった。この暑さのせいだ、と彼は思った。この暑さが、強烈な甘さを平気にさせてしまうのだ。
「ところでお客さん、あの方はお知り合いですかね」
タバシは小声で彼に問いかけた。何、とGは返す。
「あれですよ、あれ」
窓際の席をタバシはそれとなく指す。ちら、と彼は後ろを向いた。
「そういえば何か入った時から妙な視線を感じてたけど」
「それは鋭い。何か入ってきた時からあのおにーさんは、お客さんのことを見てましたよ」
何だろう、と彼は首を傾げた。
見覚えは…… さっぱり無い。しかも割といつも何かしらに感じる、通りがかりが自分に対する視線とも違う。
そもそも彼は自分が他人から注目を受ける容姿だということは自覚している。その姿形がとりあえず周囲一般よりは整っていること、何処かしらその動きが人を引きつけること、声がどうも色気があること。
そういったことを自覚しているからこそ、それを利用して彼は何かと今までのトラブルに対応してきたのだ。
それが努力して身につけたものではないから余計に、武器としなくてはならない。努力して身につけるものというものは、隠すことがそう難しくはないが、もって生まれたものというのはそれが難しいものである。今更自分を醜悪に見せようとは彼はこれっぽっちも考えていなかった。
しかしそれはさておき、そういった周囲の視線と、どうも今自分の背中や首筋あたりに漂っている感じ、は何処かが違う。何が違うか、というと彼もまた説明がしにくいのだが…… 何かが違うのだ。
「どうします?」
「どうしますって」
「その気がありそうですかね」
「別に俺はその気が全くない訳じゃあないけど、全く知らない奴と節操なしにする訳じゃあないよ」
「そうなんですか?」
そう、と彼はうなづく。別に隠す程のことではない。
けど。
「そう見える?」
「うーん…… そう見える、という訳じゃあないですが」
やや歯切れが悪い。と、中から大きな皿を持ったイアサムが出てきて彼の前に料理を置いた。
「というよりは、サンドさんは、何か誰からも一度してみたい、って感じにさせるんじゃないの?」
「は?」
くすくす、とイアサムは笑みを浮かべる。
「言うねお前」
「だって、そう思うもん。タバシあんたはそう思わない?」
「うーん……」
タバシは少しばかり考え込む。無意識だろうか、口ひげを何度か撫でる。そのひげを見ながら、そういえば自分の同僚にもそういう人物がいたよな、と今更の様にGは思い出す。
「伯爵」と呼ばれている彼の同僚もまた、いつもひげを絶やさなかった。彼は場合に応じて姿を変え名前も変えるのだが、「伯爵」という称号とそのひげだけは消すことはなかった。
そう考えているうちに、「伯爵」という存在イクォールひげ、と一瞬彼は思いついてしまい、ぷっと吹き出した。
「……そ、そんなおかしいかな」
タバシは自分のことを笑われたと思ったか、慌ててGに訊ねる。違うよ、とGは手を振る。
「知り合いのことをちょっと思い出してさ」
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