4 / 78
3.故意に目を塞いでいる未来
しおりを挟む
逃げたな。
連絡員は白い箱がゆっくりと、しかし崩れ落ちるのを見ながら思った。
逃がしたという訳ではないだろう。少なくとも、気配をあの同僚が感じ取ったのは、彼が近づいた時にようやくだった。
甘いよな、と連絡員は口の中でつぶやく。そしてこうも。それにしても。
それにしても、今回は見つけにくかった。
キムが反帝組織「MM」の幹部格としての同僚であるサンド・リヨンことGを探すのは、いつものことである。
この同僚は、一つの「仕事」が終わると、あっさりと姿をくらます。彼はその同僚の行きそうな場所を探して、次の「仕事」を告げる。それがいつものパターンだった。
ただ前回の「仕事」はいつも以上に、Gに対してダメージを与えた様だった。それが何故なのか、キムには判らない。いや、判らなかった、と言えよう。
判った時には、さすがに彼も舌打ちをし、眉間にしわを寄せた。
何だってあいつは。
キム自身、Gのその「仕事」の期間も、自分自身の「仕事」を片付ける最中だった。
対立する組織「Seraph」の幹部格の人物を探り当て、抹殺すること。
それがキムに与えられた盟主Mからの命であり、彼にとってはそれは至上命令でもあった。
同僚かつ愛人である、コルネル中佐の手も借りて、反帝分子の中から「Seraph」の構成員だけをより分けて、これでもかとばかりに情報を吸い出した結果の、追跡だった。
そしてとうとう見つけた。
場所は、惑星「ペロン」。この全星系でも指折りの勢力を持つペロン財団を一手にする女帝「エビータ」。「ペロン」はそのための「後宮」の惑星だった。
偶然だよな、とその惑星の名を聞いた時、キムは思った。そこは、Gが既に向かっていた場所だったのだ。
場所としては、好都合だった。人工の惑星は、閉ざされた場所である。そして、そこに居る人間の半分が、当時不明だった「エビータ」の正体を探るべく派遣された、各集団の構成員だった。
その中には、帝都政府から送られた者も居たし、その逆に反帝組織もあった。また全く関係の無い、中立的な態度で赴いた、「情報のため」だけに動く内閣調査局の様な存在もあった。
様々な思惑が、絡み合っていた。
キムにとっては好都合だった。皆が皆、同じ様な目的で集まっていたなら、その場で起きることに対しては、どんなものであれ、罪悪感は湧かない。
そこで命を落とすことになったとしても、それはその者の不注意なのである。そう割り切れる空間なのだ。
もっとも、そんなことをいちいち考えてしまうあたりが甘さであることを、この連絡員は時々気付かない。正直、彼は彼で、この事件の際に、古い知り合いの内調局員に会ったことで、動揺していたのだ。
たとえ自分が納得して、決意して、当たり前の様に行動していることだとしても、他人から糾弾すれすれの言葉で突きつけられれば、全くの平常心では居られないだろう。
とは言え、彼自身が気付かないことだから、とりあえずそれは考えの外にある。
だが予想外の現実にはさすがに面食らった。
何でここに、という顔で、同僚は自分を見た。だがそれは自分の台詞だった。
何であいつがこんなところに。
しかも。
やっとのことで見つけた標的と、何故奴が寝てるんだ?
キムは予想外のことには弱い。
さすがにどうしたものか、と少しだけ悩んだ。しかし結局は、予定通り、その時彼らが居た中華料理屋の建物を限定爆破した。
同僚なら、気付くだろう、と考えていた。自分の同僚なら、そのくらいはするだろう、いや、して欲しい、と彼はその時思っていた。
実際、同僚は切り抜けた。
だが誤算はあった。同僚は、その標的と「ともに」助かってしまったのだ。彼はしくじった、と思う反面、安堵する自分に、何か苛立つものを感じていた。
「エビータ」の正体も判明し、爆破される人工の「後宮」惑星を背にした後、同僚はまた行方をくらました。
気付いたのだろう、とキムは思った。
ことのあらましを、彼は帝都に戻ってから、盟主Mに逐一報告した。いや、逐一報告した、と彼は思っている。
実際のところは、そうでは無いことに、彼自身気付いていなかった。無意識のうちに、彼はGが標的の男と寝ていたことを、省いていた。
それにMが気付いたのかは、定かではない。
キムは全てを報告したと思いこんでいたし、Mは必要以上の言葉は掛けない。それが自分であっても。軽い胸の痛みと同時に、彼はそれをよく知っていた。
次の「仕事」はどうするの、と彼は盟主に訊ねた。盟主は答えた。
「彼にやらせよう」
短い言葉。だがそれは決定だった。はい、とキムは答え、うなづいた。
それから彼はしばらく同僚の姿を追っていた。こういう時の追跡は、相手の好みや、その時の精神状態、それに使った費用の行方やら、様々なデータから推理して割り出す。
とりあえずこの時点で同僚は、多少多めの費用を動かしていた。辺境に出たな、と彼は思った。できるだけ帝都から遠く。
同僚の性格からしたらそうだろう、と彼は踏んでいた。Gはいつでも何か、ふらふらと揺れている。
それが何故なのか、彼には判らない。いや、判りたくない。
彼にとっては、自分にとって最も大切なものが何なのか、自覚していたし、それは自分の中で正しいことだった。
Mは彼をショウウインドウの中で動けない「人形」の立場から解放してくれた。いや、それ以前に、動けない自分の、声にすることのできない「言葉」を聞きつけてくれたのが、あの盟主だけだったのだ。
それでいいじゃないか、と彼は思う。
Gにとっても、どういう理由であるのかは知らないが、Mは大切な唯一の人物であるはずなのだ。それはGだけでなく、Mにとってもそうだろう。見ていれば判ることだ。どんな考えがMにあるのか判らないし、別に知る気も無かったが、MにとってGが、ただの幹部構成員以上の何かであるのは確かだった。
だから、迷うことはないのに。
キムは思う。
どうして、一番大切なひとのために、生きてく、そんな単純なことが奴はできないんだ?
もっとも、キムにも見えてないことは多い。
もしくは故意に目を塞いでいる。
MがGに対し、何をどうしてきたのか、キムは詳しいことは知らない。知ろうとも思わない。
彼が知っているのは過去のある時間のGであり、今現在のGなのである。自分が見なかった時間の彼のことは判らない。
たとえ見ていたとしても、全てを知ることなどできない。
見ていなければ尚更である。キムはそこを割り切っていた。知らないなら知らないでいい。それは仕方の無いことだ。長い時間を生き抜いていく以上、全てに目を開いていては、気持ちと身が保たない。
結局キムが苛立っているのは、その相手だった。何故、よりによって、「Seraph」の幹部なのか。
それは彼にとって、信じたくない未来が近づいてきたことを示していることなのだ。
連絡員は白い箱がゆっくりと、しかし崩れ落ちるのを見ながら思った。
逃がしたという訳ではないだろう。少なくとも、気配をあの同僚が感じ取ったのは、彼が近づいた時にようやくだった。
甘いよな、と連絡員は口の中でつぶやく。そしてこうも。それにしても。
それにしても、今回は見つけにくかった。
キムが反帝組織「MM」の幹部格としての同僚であるサンド・リヨンことGを探すのは、いつものことである。
この同僚は、一つの「仕事」が終わると、あっさりと姿をくらます。彼はその同僚の行きそうな場所を探して、次の「仕事」を告げる。それがいつものパターンだった。
ただ前回の「仕事」はいつも以上に、Gに対してダメージを与えた様だった。それが何故なのか、キムには判らない。いや、判らなかった、と言えよう。
判った時には、さすがに彼も舌打ちをし、眉間にしわを寄せた。
何だってあいつは。
キム自身、Gのその「仕事」の期間も、自分自身の「仕事」を片付ける最中だった。
対立する組織「Seraph」の幹部格の人物を探り当て、抹殺すること。
それがキムに与えられた盟主Mからの命であり、彼にとってはそれは至上命令でもあった。
同僚かつ愛人である、コルネル中佐の手も借りて、反帝分子の中から「Seraph」の構成員だけをより分けて、これでもかとばかりに情報を吸い出した結果の、追跡だった。
そしてとうとう見つけた。
場所は、惑星「ペロン」。この全星系でも指折りの勢力を持つペロン財団を一手にする女帝「エビータ」。「ペロン」はそのための「後宮」の惑星だった。
偶然だよな、とその惑星の名を聞いた時、キムは思った。そこは、Gが既に向かっていた場所だったのだ。
場所としては、好都合だった。人工の惑星は、閉ざされた場所である。そして、そこに居る人間の半分が、当時不明だった「エビータ」の正体を探るべく派遣された、各集団の構成員だった。
その中には、帝都政府から送られた者も居たし、その逆に反帝組織もあった。また全く関係の無い、中立的な態度で赴いた、「情報のため」だけに動く内閣調査局の様な存在もあった。
様々な思惑が、絡み合っていた。
キムにとっては好都合だった。皆が皆、同じ様な目的で集まっていたなら、その場で起きることに対しては、どんなものであれ、罪悪感は湧かない。
そこで命を落とすことになったとしても、それはその者の不注意なのである。そう割り切れる空間なのだ。
もっとも、そんなことをいちいち考えてしまうあたりが甘さであることを、この連絡員は時々気付かない。正直、彼は彼で、この事件の際に、古い知り合いの内調局員に会ったことで、動揺していたのだ。
たとえ自分が納得して、決意して、当たり前の様に行動していることだとしても、他人から糾弾すれすれの言葉で突きつけられれば、全くの平常心では居られないだろう。
とは言え、彼自身が気付かないことだから、とりあえずそれは考えの外にある。
だが予想外の現実にはさすがに面食らった。
何でここに、という顔で、同僚は自分を見た。だがそれは自分の台詞だった。
何であいつがこんなところに。
しかも。
やっとのことで見つけた標的と、何故奴が寝てるんだ?
キムは予想外のことには弱い。
さすがにどうしたものか、と少しだけ悩んだ。しかし結局は、予定通り、その時彼らが居た中華料理屋の建物を限定爆破した。
同僚なら、気付くだろう、と考えていた。自分の同僚なら、そのくらいはするだろう、いや、して欲しい、と彼はその時思っていた。
実際、同僚は切り抜けた。
だが誤算はあった。同僚は、その標的と「ともに」助かってしまったのだ。彼はしくじった、と思う反面、安堵する自分に、何か苛立つものを感じていた。
「エビータ」の正体も判明し、爆破される人工の「後宮」惑星を背にした後、同僚はまた行方をくらました。
気付いたのだろう、とキムは思った。
ことのあらましを、彼は帝都に戻ってから、盟主Mに逐一報告した。いや、逐一報告した、と彼は思っている。
実際のところは、そうでは無いことに、彼自身気付いていなかった。無意識のうちに、彼はGが標的の男と寝ていたことを、省いていた。
それにMが気付いたのかは、定かではない。
キムは全てを報告したと思いこんでいたし、Mは必要以上の言葉は掛けない。それが自分であっても。軽い胸の痛みと同時に、彼はそれをよく知っていた。
次の「仕事」はどうするの、と彼は盟主に訊ねた。盟主は答えた。
「彼にやらせよう」
短い言葉。だがそれは決定だった。はい、とキムは答え、うなづいた。
それから彼はしばらく同僚の姿を追っていた。こういう時の追跡は、相手の好みや、その時の精神状態、それに使った費用の行方やら、様々なデータから推理して割り出す。
とりあえずこの時点で同僚は、多少多めの費用を動かしていた。辺境に出たな、と彼は思った。できるだけ帝都から遠く。
同僚の性格からしたらそうだろう、と彼は踏んでいた。Gはいつでも何か、ふらふらと揺れている。
それが何故なのか、彼には判らない。いや、判りたくない。
彼にとっては、自分にとって最も大切なものが何なのか、自覚していたし、それは自分の中で正しいことだった。
Mは彼をショウウインドウの中で動けない「人形」の立場から解放してくれた。いや、それ以前に、動けない自分の、声にすることのできない「言葉」を聞きつけてくれたのが、あの盟主だけだったのだ。
それでいいじゃないか、と彼は思う。
Gにとっても、どういう理由であるのかは知らないが、Mは大切な唯一の人物であるはずなのだ。それはGだけでなく、Mにとってもそうだろう。見ていれば判ることだ。どんな考えがMにあるのか判らないし、別に知る気も無かったが、MにとってGが、ただの幹部構成員以上の何かであるのは確かだった。
だから、迷うことはないのに。
キムは思う。
どうして、一番大切なひとのために、生きてく、そんな単純なことが奴はできないんだ?
もっとも、キムにも見えてないことは多い。
もしくは故意に目を塞いでいる。
MがGに対し、何をどうしてきたのか、キムは詳しいことは知らない。知ろうとも思わない。
彼が知っているのは過去のある時間のGであり、今現在のGなのである。自分が見なかった時間の彼のことは判らない。
たとえ見ていたとしても、全てを知ることなどできない。
見ていなければ尚更である。キムはそこを割り切っていた。知らないなら知らないでいい。それは仕方の無いことだ。長い時間を生き抜いていく以上、全てに目を開いていては、気持ちと身が保たない。
結局キムが苛立っているのは、その相手だった。何故、よりによって、「Seraph」の幹部なのか。
それは彼にとって、信じたくない未来が近づいてきたことを示していることなのだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ちょいダン? ~仕事帰り、ちょいとダンジョンに寄っていかない?~
テツみン
SF
東京、大手町の地下に突如現れたダンジョン。通称、『ちょいダン』。そこは、仕事帰りに『ちょい』と冒険を楽しむ場所。
大手町周辺の企業で働く若手サラリーマンたちが『ダンジョン』という娯楽を手に入れ、新たなライフスタイルを生み出していく――
これは、そんな日々を綴った物語。
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
基本中の基本
黒はんぺん
SF
ここは未来のテーマパーク。ギリシャ神話 を模した世界で、冒険やチャンバラを楽し めます。観光客でもある勇者は暴風雨のな か、アンドロメダ姫を救出に向かいます。
もちろんこの暴風雨も機械じかけのトリッ クなんだけど、だからといって楽じゃない ですよ。………………というお話を語るよう要請さ れ、あたしは召喚されました。あたしは違 うお話の作中人物なんですが、なんであた しが指名されたんですかね。
恋するジャガーノート
まふゆとら
SF
【全話挿絵つき!巨大怪獣バトル×怪獣擬人化ラブコメ!】
遊園地のヒーローショーでスーツアクターをしている主人公・ハヤトが拾ったのは、小さな怪獣・クロだった。
クロは自分を助けてくれたハヤトと心を通わせるが、ふとしたきっかけで力を暴走させ、巨大怪獣・ヴァニラスへと変貌してしまう。
対怪獣防衛組織JAGD(ヤクト)から攻撃を受けるヴァニラス=クロを救うため、奔走するハヤト。
道中で事故に遭って死にかけた彼を、母の形見のペンダントから現れた自称・妖精のシルフィが救う。
『ハヤト、力が欲しい? クロを救える、力が』
シルフィの言葉に頷いたハヤトは、彼女の協力を得てクロを救う事に成功するが、
光となって解けた怪獣の体は、なぜか美少女の姿に変わってしまい……?
ヒーローに憧れる記憶のない怪獣・クロ、超古代から蘇った不良怪獣・カノン、地球へ逃れてきた伝説の不死蝶・ティータ──
三人(体)の怪獣娘とハヤトによる、ドタバタな日常と手に汗握る戦いの日々が幕を開ける!
「pixivFANBOX」(https://mafuyutora.fanbox.cc/)と「Fantia」(fantia.jp/mafuyu_tora)では、会員登録不要で電子書籍のように読めるスタイル(縦書き)で公開しています!有料コースでは怪獣紹介ミニコーナーも!ぜひご覧ください!
※登場する怪獣・キャラクターは全てオリジナルです。
※全編挿絵付き。画像・文章の無断転載は禁止です。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる