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3.故意に目を塞いでいる未来

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 逃げたな。
 連絡員は白い箱がゆっくりと、しかし崩れ落ちるのを見ながら思った。
 逃がしたという訳ではないだろう。少なくとも、気配をあの同僚が感じ取ったのは、彼が近づいた時にようやくだった。
 甘いよな、と連絡員は口の中でつぶやく。そしてこうも。それにしても。
 それにしても、今回は見つけにくかった。
 キムが反帝組織「MM」の幹部格としての同僚であるサンド・リヨンことGを探すのは、いつものことである。
 この同僚は、一つの「仕事」が終わると、あっさりと姿をくらます。彼はその同僚の行きそうな場所を探して、次の「仕事」を告げる。それがいつものパターンだった。
 ただ前回の「仕事」はいつも以上に、Gに対してダメージを与えた様だった。それが何故なのか、キムには判らない。いや、判らなかった、と言えよう。
 判った時には、さすがに彼も舌打ちをし、眉間にしわを寄せた。

 何だってあいつは。

 キム自身、Gのその「仕事」の期間も、自分自身の「仕事」を片付ける最中だった。
 対立する組織「Seraph」の幹部格の人物を探り当て、抹殺すること。
 それがキムに与えられた盟主Mからの命であり、彼にとってはそれは至上命令でもあった。
 同僚かつ愛人である、コルネル中佐の手も借りて、反帝分子の中から「Seraph」の構成員だけをより分けて、これでもかとばかりに情報を吸い出した結果の、追跡だった。
 そしてとうとう見つけた。
 場所は、惑星「ペロン」。この全星系でも指折りの勢力を持つペロン財団を一手にする女帝「エビータ」。「ペロン」はそのための「後宮」の惑星だった。
 偶然だよな、とその惑星の名を聞いた時、キムは思った。そこは、Gが既に向かっていた場所だったのだ。
 場所としては、好都合だった。人工の惑星は、閉ざされた場所である。そして、そこに居る人間の半分が、当時不明だった「エビータ」の正体を探るべく派遣された、各集団の構成員だった。
 その中には、帝都政府から送られた者も居たし、その逆に反帝組織もあった。また全く関係の無い、中立的な態度で赴いた、「情報のため」だけに動く内閣調査局の様な存在もあった。
 様々な思惑が、絡み合っていた。
 キムにとっては好都合だった。皆が皆、同じ様な目的で集まっていたなら、その場で起きることに対しては、どんなものであれ、罪悪感は湧かない。
 そこで命を落とすことになったとしても、それはその者の不注意なのである。そう割り切れる空間なのだ。
 もっとも、そんなことをいちいち考えてしまうあたりが甘さであることを、この連絡員は時々気付かない。正直、彼は彼で、この事件の際に、古い知り合いの内調局員に会ったことで、動揺していたのだ。
 たとえ自分が納得して、決意して、当たり前の様に行動していることだとしても、他人から糾弾すれすれの言葉で突きつけられれば、全くの平常心では居られないだろう。
 とは言え、彼自身が気付かないことだから、とりあえずそれは考えの外にある。
 だが予想外の現実にはさすがに面食らった。
 何でここに、という顔で、同僚は自分を見た。だがそれは自分の台詞だった。

 何であいつがこんなところに。

 しかも。

 やっとのことで見つけた標的と、何故奴が寝てるんだ?

 キムは予想外のことには弱い。
 さすがにどうしたものか、と少しだけ悩んだ。しかし結局は、予定通り、その時彼らが居た中華料理屋の建物を限定爆破した。
 同僚なら、気付くだろう、と考えていた。自分の同僚なら、そのくらいはするだろう、いや、して欲しい、と彼はその時思っていた。
 実際、同僚は切り抜けた。
 だが誤算はあった。同僚は、その標的と「ともに」助かってしまったのだ。彼はしくじった、と思う反面、安堵する自分に、何か苛立つものを感じていた。
 「エビータ」の正体も判明し、爆破される人工の「後宮」惑星を背にした後、同僚はまた行方をくらました。
 気付いたのだろう、とキムは思った。
 ことのあらましを、彼は帝都に戻ってから、盟主Mに逐一報告した。いや、逐一報告した、と彼は思っている。
 実際のところは、そうでは無いことに、彼自身気付いていなかった。無意識のうちに、彼はGが標的の男と寝ていたことを、省いていた。
 それにMが気付いたのかは、定かではない。
 キムは全てを報告したと思いこんでいたし、Mは必要以上の言葉は掛けない。それが自分であっても。軽い胸の痛みと同時に、彼はそれをよく知っていた。
 次の「仕事」はどうするの、と彼は盟主に訊ねた。盟主は答えた。

「彼にやらせよう」

 短い言葉。だがそれは決定だった。はい、とキムは答え、うなづいた。
 それから彼はしばらく同僚の姿を追っていた。こういう時の追跡は、相手の好みや、その時の精神状態、それに使った費用の行方やら、様々なデータから推理して割り出す。
 とりあえずこの時点で同僚は、多少多めの費用を動かしていた。辺境に出たな、と彼は思った。できるだけ帝都から遠く。
 同僚の性格からしたらそうだろう、と彼は踏んでいた。Gはいつでも何か、ふらふらと揺れている。
 それが何故なのか、彼には判らない。いや、判りたくない。
 彼にとっては、自分にとって最も大切なものが何なのか、自覚していたし、それは自分の中で正しいことだった。
 Mは彼をショウウインドウの中で動けない「人形」の立場から解放してくれた。いや、それ以前に、動けない自分の、声にすることのできない「言葉」を聞きつけてくれたのが、あの盟主だけだったのだ。
 それでいいじゃないか、と彼は思う。
 Gにとっても、どういう理由であるのかは知らないが、Mは大切な唯一の人物であるはずなのだ。それはGだけでなく、Mにとってもそうだろう。見ていれば判ることだ。どんな考えがMにあるのか判らないし、別に知る気も無かったが、MにとってGが、ただの幹部構成員以上の何かであるのは確かだった。

 だから、迷うことはないのに。

 キムは思う。

 どうして、一番大切なひとのために、生きてく、そんな単純なことが奴はできないんだ?

 もっとも、キムにも見えてないことは多い。
 もしくは故意に目を塞いでいる。
 MがGに対し、何をどうしてきたのか、キムは詳しいことは知らない。知ろうとも思わない。
 彼が知っているのは過去のある時間のGであり、今現在のGなのである。自分が見なかった時間の彼のことは判らない。
 たとえ見ていたとしても、全てを知ることなどできない。
 見ていなければ尚更である。キムはそこを割り切っていた。知らないなら知らないでいい。それは仕方の無いことだ。長い時間を生き抜いていく以上、全てに目を開いていては、気持ちと身が保たない。
 結局キムが苛立っているのは、その相手だった。何故、よりによって、「Seraph」の幹部なのか。
 それは彼にとって、信じたくない未来が近づいてきたことを示していることなのだ。
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