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第13話 実忠の返しを受け取った藤壷、色々思うことがあるらしい。
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この様にして使いは戻って行き、実忠からの返事を持ち帰り、藤壷の君に渡した。
人払いをしておいたので、使いの者は藤壷に、実忠の様子や言葉を詳しく話し、自分自身にくれた黄金の入った箱などを差し出した。
藤壷は開けてみると、まず箱の包みに書き付けた歌を見つけ「これはそなたに」と蔵人に渡す。
箱には黄金がぎっしり入っていた。
「浅からぬお志であること、他のひとからはこんなことは見られないことでした。一旦兵衛が返したものを、結局弟の手に渡る様にしたのですね。箱はどうです? 実忠どのが持っていたものですか?」
そう藤壷が問うと、
「いえ、他から持っておいでになりました」
と言う。
*
ところで東宮は金銀の結び物をほぐして小さな竹原を造って藤壷に送った。
土台には銀線で餌袋の様に編んだものを置き、黒方を土にして、沈木でこしらえた筍を隙間なく植えさせ、節ごとに水銀を露の様に置かせたものである。
そこへこう文をつける。
「昨日一昨日は物忌みでしたので。弔問しようとしていた人からこの様なお返事があったよ。特別な思慮があるという風でもないあのひとも、父君が亡くなるということがあると、この様な分別も湧いてくるものなのだね。
それにつけても、承香殿の女四宮が可哀想で。嵯峨院がご高齢であることもあり、何かと疎々しいとか妙な噂を立てられて悲しませても困るので、近いうちに訪ねようと思う。そなたが、私が女四宮に惹かれていると勘違いするんじゃなないかと思うとひやひやものなのだがね。嫌なら止めるけど。
なおこれは、皇子達に上げてくれ。
―――独り寝の夜が明けると、美しい雲の衣を着たり着なかったりする東雲の空を眺めてわびしく老いていくのだろうか―――
そちらはどうだろうか。よく眠れておるか。私はそなたが退出して以来、夜昼忘れることができなくてよく眠れないものだ。
―――常に一緒に起き伏しした呉竹が、夜ごとに露を置いて行ってしまうものだ―――
いつになったら帰ってくるのだろうね」
例の蔵人を遣って送ってやる。
その藤壷は正頼の御殿にまだ滞在していた。黒方の土に竹原ができている洲浜の台をあれこれと見ては、「ずいぶんと凝った筍ですこと」と言い、黒方の土を片方に寄せて、沈の筍を一つずつとった。
そして返しの文には。
「承りました。昭陽殿の御文は、誠に仰せの通りかと存じます。女四宮の件、大変結構なことだと思います。私が居ない時ばかり、とお思いになっても、貴方様のご真意はそのうちお解りになるでしょう。よくよくご了解申し上げております。嵯峨院があの方のことを大層ご心配なさっているのでしたら、ぜひぜひ早く御消息をなさって下さいませ。さて、
―――泣いてお別れしたあの朝のことが、夜が明ける毎に思い出されております―――
お言葉の貴方様の歌の露は、私には、
―――後朝の別れの露が呉竹の節に置く、くらいではなくて、身にまで降りかかる間も悲しうございます―――」
と書き、蔵人に「この間は被物をしなかったから」と言って、単の御衣に小袿を重ねて渡した。
*
この様に、正頼の住まいの一廊は、格別面白いこともなく、全くもって厳めしいこととなっていた。
正頼の子達は現在、東の一の対に右大弁である藤英とその奥方のけす宮、二の対にはかつて家あこと呼ばれた、現在は蔵人少将の十一郎近純と宮あこと呼ばれた大夫の君、十二郎行純が居る。
その他の曹司に、正頼の子息達や婿君が住んでいた頃ではそうでもなかったが、それぞれの引っ越して行った後、またこちらへ集まってては大層騒がしくする様になっていた。
「今は向こうに帰ろうと思うのですが……」
と藤壷は用意されていた場所に行こうと言う。大宮はそんな娘に、
「そんな広いところに一人でいれば、懸想して思いを寄せていた人々が今はとばかりりにやって来てしまうんですよ。こんな好機を逃すまいとね。そうでなくても貴女は人に何かと妬まれているのですから、悪評を立ててやろうと思っている腹汚い者も中には居るでしょうからね。とても心配ですよ。やっぱり狭くても私共のところにおいでなさいな」
そう心配して言う。
「誰が私のことを気に掛けましょう? 母上のご心配には当たりません。昔は父上が深窓の子女としてとっても気を遣って扱って下さったからこそ、人並みの娘かと周囲も気に掛けたのでしょう。でもこうやって身分だけは上がっても、評判はもう落ちてますから、今の私の暮らしを見て、下賤の者は口さなく言うことでしょう。そしてまたまたそれを聞いて皆が私を軽蔑して嫌うのでしょうよ」
それを聞いた祐純は、どうしたものかと思いつつ、こう言う。
「確かに色んな者も居るし、懸想人も無い訳ではないが、そんなこと思う者は中には居ないよ」
「そんなことないですよ。ろくでもない女と見る者も居るでしょう」
するとさすがに正頼も口を挟む。
「そんなことは無いだろう。私も懸想人達も上から叱られたのは、そなたのことからだったので、父としては面目を保たれたもの。騒がれ言われる内が華…… だが、やはり人にとやかく言われそうなことは慎んだ方がいいな」
「しかしそんなこと言う人は誰でしょうね。そもそも、この人なら言いそうだ、というひとは出歩きはしませんもの。そう、実忠どのは本当にお気の毒だと聞いております。せんだってどうしているかと伺わせたら、大層喜んで、『今は思うがままには野山に入って法師にでもなりたい』とか言っているとか。その様な忠実な思いを知ったからこそ、人ならぬ虫けらでもものの哀れを知る様になったのですから」
などと藤壷の口から聞いたものだから、皆大層驚く。何せ当時本当に彼の執心に関しては嫌がっていたのだから。
人払いをしておいたので、使いの者は藤壷に、実忠の様子や言葉を詳しく話し、自分自身にくれた黄金の入った箱などを差し出した。
藤壷は開けてみると、まず箱の包みに書き付けた歌を見つけ「これはそなたに」と蔵人に渡す。
箱には黄金がぎっしり入っていた。
「浅からぬお志であること、他のひとからはこんなことは見られないことでした。一旦兵衛が返したものを、結局弟の手に渡る様にしたのですね。箱はどうです? 実忠どのが持っていたものですか?」
そう藤壷が問うと、
「いえ、他から持っておいでになりました」
と言う。
*
ところで東宮は金銀の結び物をほぐして小さな竹原を造って藤壷に送った。
土台には銀線で餌袋の様に編んだものを置き、黒方を土にして、沈木でこしらえた筍を隙間なく植えさせ、節ごとに水銀を露の様に置かせたものである。
そこへこう文をつける。
「昨日一昨日は物忌みでしたので。弔問しようとしていた人からこの様なお返事があったよ。特別な思慮があるという風でもないあのひとも、父君が亡くなるということがあると、この様な分別も湧いてくるものなのだね。
それにつけても、承香殿の女四宮が可哀想で。嵯峨院がご高齢であることもあり、何かと疎々しいとか妙な噂を立てられて悲しませても困るので、近いうちに訪ねようと思う。そなたが、私が女四宮に惹かれていると勘違いするんじゃなないかと思うとひやひやものなのだがね。嫌なら止めるけど。
なおこれは、皇子達に上げてくれ。
―――独り寝の夜が明けると、美しい雲の衣を着たり着なかったりする東雲の空を眺めてわびしく老いていくのだろうか―――
そちらはどうだろうか。よく眠れておるか。私はそなたが退出して以来、夜昼忘れることができなくてよく眠れないものだ。
―――常に一緒に起き伏しした呉竹が、夜ごとに露を置いて行ってしまうものだ―――
いつになったら帰ってくるのだろうね」
例の蔵人を遣って送ってやる。
その藤壷は正頼の御殿にまだ滞在していた。黒方の土に竹原ができている洲浜の台をあれこれと見ては、「ずいぶんと凝った筍ですこと」と言い、黒方の土を片方に寄せて、沈の筍を一つずつとった。
そして返しの文には。
「承りました。昭陽殿の御文は、誠に仰せの通りかと存じます。女四宮の件、大変結構なことだと思います。私が居ない時ばかり、とお思いになっても、貴方様のご真意はそのうちお解りになるでしょう。よくよくご了解申し上げております。嵯峨院があの方のことを大層ご心配なさっているのでしたら、ぜひぜひ早く御消息をなさって下さいませ。さて、
―――泣いてお別れしたあの朝のことが、夜が明ける毎に思い出されております―――
お言葉の貴方様の歌の露は、私には、
―――後朝の別れの露が呉竹の節に置く、くらいではなくて、身にまで降りかかる間も悲しうございます―――」
と書き、蔵人に「この間は被物をしなかったから」と言って、単の御衣に小袿を重ねて渡した。
*
この様に、正頼の住まいの一廊は、格別面白いこともなく、全くもって厳めしいこととなっていた。
正頼の子達は現在、東の一の対に右大弁である藤英とその奥方のけす宮、二の対にはかつて家あこと呼ばれた、現在は蔵人少将の十一郎近純と宮あこと呼ばれた大夫の君、十二郎行純が居る。
その他の曹司に、正頼の子息達や婿君が住んでいた頃ではそうでもなかったが、それぞれの引っ越して行った後、またこちらへ集まってては大層騒がしくする様になっていた。
「今は向こうに帰ろうと思うのですが……」
と藤壷は用意されていた場所に行こうと言う。大宮はそんな娘に、
「そんな広いところに一人でいれば、懸想して思いを寄せていた人々が今はとばかりりにやって来てしまうんですよ。こんな好機を逃すまいとね。そうでなくても貴女は人に何かと妬まれているのですから、悪評を立ててやろうと思っている腹汚い者も中には居るでしょうからね。とても心配ですよ。やっぱり狭くても私共のところにおいでなさいな」
そう心配して言う。
「誰が私のことを気に掛けましょう? 母上のご心配には当たりません。昔は父上が深窓の子女としてとっても気を遣って扱って下さったからこそ、人並みの娘かと周囲も気に掛けたのでしょう。でもこうやって身分だけは上がっても、評判はもう落ちてますから、今の私の暮らしを見て、下賤の者は口さなく言うことでしょう。そしてまたまたそれを聞いて皆が私を軽蔑して嫌うのでしょうよ」
それを聞いた祐純は、どうしたものかと思いつつ、こう言う。
「確かに色んな者も居るし、懸想人も無い訳ではないが、そんなこと思う者は中には居ないよ」
「そんなことないですよ。ろくでもない女と見る者も居るでしょう」
するとさすがに正頼も口を挟む。
「そんなことは無いだろう。私も懸想人達も上から叱られたのは、そなたのことからだったので、父としては面目を保たれたもの。騒がれ言われる内が華…… だが、やはり人にとやかく言われそうなことは慎んだ方がいいな」
「しかしそんなこと言う人は誰でしょうね。そもそも、この人なら言いそうだ、というひとは出歩きはしませんもの。そう、実忠どのは本当にお気の毒だと聞いております。せんだってどうしているかと伺わせたら、大層喜んで、『今は思うがままには野山に入って法師にでもなりたい』とか言っているとか。その様な忠実な思いを知ったからこそ、人ならぬ虫けらでもものの哀れを知る様になったのですから」
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