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第12話 好き心を出す実正、そして昭陽殿の君に東宮から文が来る。
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民部卿実正は、弟に対して問いかける。
「昔どういう契をなさったからというわけで、藤壷の御方はそなたのためにこれほどのお心遣いがあるのだろう? 評判でしか知らない人に対して、こんな風には思わないものを。物越しにでも声を聞こうとでもしたことがあるのか?」
「然るべきご縁があったのでしょう。その昔、正頼殿のところに住まわせてもらっていた時、兵衛の君に当時のあて宮のお声をせめて聞かせてくれ、と切に頼んだら、何とか中の御殿の東の簾と格子の間に入れてもらったことがあります。
格子には穴があって、そこから覗いてみたら、母屋の御簾を上げ、火を御前に灯し、今では仲忠大将の北の方となられた女一宮と碁を打っておりました。
そのうち琴を弾いたり、色々な遊びをなさったり…… それを見ているうちに、胸は開けるどころか、そのまま思いは募るばかり……」
「お前の目から見て、どっちが美しかったのだ?」
「いえ、女一宮は詳しく見てませんでした。あて宮にばかり目が行き…… ですがそのお姿は、世に例えるものが無い様なお姿でした」
「さてさて、藤壷の御方はそこまで素晴らしかったのか。とすれば、私が妻にした三の君など、そのお二人に比べたら屑の様なものだろうよ。
他の娘が私の妻であっても良かったはずなのだがね。しかし実忠よ、よくお前、無理にもそこで入り込んでしまわなかったものだな。そんなにまで思ってる女性なら、その折にものにしてしまおうとは思わなかったのかい? 今こうやってめそめそと嘆いているくらいだったら」
「父上が許してくれなかったあの方にそんなことをしたならば、私は今頃生きてはいないでしょう。あの方を知らずに済んでいたら、今日なお、人並みに出仕していたでしょうが」
「まあでも、こうやって今頃になってでも、幸いを運んでくる文が来る様なお前だから、そのうち隠遁なんてできなくなるよ」
兄はそう弟に言う。
そのうちに、東宮が大進を遣わし、文を運んできた。
昭陽殿の君は喜んで受け取ると早速開いて読むと、声を張り上げた。
「父上がお亡くなりになる間際まで、
『自分はお前のことを思うと死ぬに死にきれない、妃として宮仕えに出したが人並みにも扱われない。私の死ぬ間際の病気にも東宮から気の毒だと仰せがないのも、私のことを憎いと思ってらっしゃるからだろう。酷い目におあわせになる。そなたはそのためにどれだけ先々惑い苦しむこととなるだろう』
と泣く泣く仰有って逝かれました。父上、今日の東宮からの御文をお見せできないことをつくづく残念に思います。東宮はこんなにも仰有っておいでです。あの世からでもご覧下さいませ!」
そう泣きながら言い放つ。
さすがに驚いた実正は妹に、
「どの様な御文が来たのだ、見せてみよ」
と言うと、昭陽殿の君は差し出す。
「たいそう哀しいそなたの父君の逝去は、聞いた時にすぐに弔問しようかと思った程なのだが、世間で言う忌日を過ごしてからと思い、出し遅れてしまった。日が経つにつれ、ずいぶん心細いことだと思う。だがもうそんなに嘆くことも無い。
―――力と頼んだ父君がいらっしゃらなくても、私が居ますから、あんまり嘆かないでください―――
不思議なくらい睦まじい筈の人に疎く思われていらっしゃるから、父君が貴女をかばっていらっしゃったので私は控えていたのでした。これからは、父君が不憫に思うだろうという心を起こさないで私を信じて振る舞ってほしい」
そう書いてあった。
兄弟達はそれを見て、
「ああ、何ってことだろう。東宮は我々が妹を良く世話していないと思ってらっしゃるのだな」
「いや、実忠の心をあんなにも惑わすひとが居て、またた東宮がまたその方をこの上なくご寵愛になっているのがあんなにあけすけになっていて…… だとしたら…… なあ……」
「まあどっちをどうということもできないが、これから世間に戻った際には、また訪れもあるだろう」
などとひそひそと言い合う。
そんな兄達の言葉が聞こえてか聞こえずか、ともかく昭陽殿の君は真剣に返事の文を書く。
「畏まりまして御文を頂戴いたしました。
呆れる程悲しい目にあい、悲しくて仕方ない時に、何とも嬉しい仰せごとをいただきまして、少しは心も慰められました。
亡き父君は私の身を夜となく昼となく案じて嘆いておりましたのに、知らせたくとも今では、もうどう致しましょう……
―――父の生きていた頃にこの様なお言葉を頂きとうございました。あんなに嘆いていたのですもの、どうして死出の山路を越えることができましょう―――
本当に、今日の御文をぜひ父に見せられたら、と思います。
東宮様は父や兄弟達の態度は私のために良くない、と仰せになりました。
ですがそれは、私が宮中で人並みに扱われていないということで、親兄弟が蔑んで来るまで、幼稚な私はつい腹を立てて困らせてしまったからでございます。
父亡き今は、何ごとにもそういう訳にはいきません。これから将来、東宮様が私をお見捨てになる様なことがございましたら、父の面目を潰し、東宮様の御恥にもなることでございましょう……」
と書いて、送らせた。
「昔どういう契をなさったからというわけで、藤壷の御方はそなたのためにこれほどのお心遣いがあるのだろう? 評判でしか知らない人に対して、こんな風には思わないものを。物越しにでも声を聞こうとでもしたことがあるのか?」
「然るべきご縁があったのでしょう。その昔、正頼殿のところに住まわせてもらっていた時、兵衛の君に当時のあて宮のお声をせめて聞かせてくれ、と切に頼んだら、何とか中の御殿の東の簾と格子の間に入れてもらったことがあります。
格子には穴があって、そこから覗いてみたら、母屋の御簾を上げ、火を御前に灯し、今では仲忠大将の北の方となられた女一宮と碁を打っておりました。
そのうち琴を弾いたり、色々な遊びをなさったり…… それを見ているうちに、胸は開けるどころか、そのまま思いは募るばかり……」
「お前の目から見て、どっちが美しかったのだ?」
「いえ、女一宮は詳しく見てませんでした。あて宮にばかり目が行き…… ですがそのお姿は、世に例えるものが無い様なお姿でした」
「さてさて、藤壷の御方はそこまで素晴らしかったのか。とすれば、私が妻にした三の君など、そのお二人に比べたら屑の様なものだろうよ。
他の娘が私の妻であっても良かったはずなのだがね。しかし実忠よ、よくお前、無理にもそこで入り込んでしまわなかったものだな。そんなにまで思ってる女性なら、その折にものにしてしまおうとは思わなかったのかい? 今こうやってめそめそと嘆いているくらいだったら」
「父上が許してくれなかったあの方にそんなことをしたならば、私は今頃生きてはいないでしょう。あの方を知らずに済んでいたら、今日なお、人並みに出仕していたでしょうが」
「まあでも、こうやって今頃になってでも、幸いを運んでくる文が来る様なお前だから、そのうち隠遁なんてできなくなるよ」
兄はそう弟に言う。
そのうちに、東宮が大進を遣わし、文を運んできた。
昭陽殿の君は喜んで受け取ると早速開いて読むと、声を張り上げた。
「父上がお亡くなりになる間際まで、
『自分はお前のことを思うと死ぬに死にきれない、妃として宮仕えに出したが人並みにも扱われない。私の死ぬ間際の病気にも東宮から気の毒だと仰せがないのも、私のことを憎いと思ってらっしゃるからだろう。酷い目におあわせになる。そなたはそのためにどれだけ先々惑い苦しむこととなるだろう』
と泣く泣く仰有って逝かれました。父上、今日の東宮からの御文をお見せできないことをつくづく残念に思います。東宮はこんなにも仰有っておいでです。あの世からでもご覧下さいませ!」
そう泣きながら言い放つ。
さすがに驚いた実正は妹に、
「どの様な御文が来たのだ、見せてみよ」
と言うと、昭陽殿の君は差し出す。
「たいそう哀しいそなたの父君の逝去は、聞いた時にすぐに弔問しようかと思った程なのだが、世間で言う忌日を過ごしてからと思い、出し遅れてしまった。日が経つにつれ、ずいぶん心細いことだと思う。だがもうそんなに嘆くことも無い。
―――力と頼んだ父君がいらっしゃらなくても、私が居ますから、あんまり嘆かないでください―――
不思議なくらい睦まじい筈の人に疎く思われていらっしゃるから、父君が貴女をかばっていらっしゃったので私は控えていたのでした。これからは、父君が不憫に思うだろうという心を起こさないで私を信じて振る舞ってほしい」
そう書いてあった。
兄弟達はそれを見て、
「ああ、何ってことだろう。東宮は我々が妹を良く世話していないと思ってらっしゃるのだな」
「いや、実忠の心をあんなにも惑わすひとが居て、またた東宮がまたその方をこの上なくご寵愛になっているのがあんなにあけすけになっていて…… だとしたら…… なあ……」
「まあどっちをどうということもできないが、これから世間に戻った際には、また訪れもあるだろう」
などとひそひそと言い合う。
そんな兄達の言葉が聞こえてか聞こえずか、ともかく昭陽殿の君は真剣に返事の文を書く。
「畏まりまして御文を頂戴いたしました。
呆れる程悲しい目にあい、悲しくて仕方ない時に、何とも嬉しい仰せごとをいただきまして、少しは心も慰められました。
亡き父君は私の身を夜となく昼となく案じて嘆いておりましたのに、知らせたくとも今では、もうどう致しましょう……
―――父の生きていた頃にこの様なお言葉を頂きとうございました。あんなに嘆いていたのですもの、どうして死出の山路を越えることができましょう―――
本当に、今日の御文をぜひ父に見せられたら、と思います。
東宮様は父や兄弟達の態度は私のために良くない、と仰せになりました。
ですがそれは、私が宮中で人並みに扱われていないということで、親兄弟が蔑んで来るまで、幼稚な私はつい腹を立てて困らせてしまったからでございます。
父亡き今は、何ごとにもそういう訳にはいきません。これから将来、東宮様が私をお見捨てになる様なことがございましたら、父の面目を潰し、東宮様の御恥にもなることでございましょう……」
と書いて、送らせた。
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