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第9話 藤壷、仲忠に書の手本を頼む
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仲忠の訪問に、いつもの様に簀子に茵を用意する。
そのたたずまいは、少し前に見た涼よりずっと優れている様にそこに居た女達には見えた。
藤壷も「確かにこのひとの方が」と考える。
「この間も向こうで参上致しましたが、東宮のおそばにばかりおいでになっていたので、いつもお目にかかれませんでした。そちらの女房達も中に入れないということで、自分などまるでお目にかかることなど許されないと、心許なく思っていました。でも今はここにこうしておいでなのですから、そちらからうるさいと思う位に伺わせていただきましょう」
そう仲忠が挨拶をするので、藤壷も孫王の君を通して答えさせた。
「承りました。時々おいで下さったら、人並みになった心地が致しましょう」
「お安い御用です。でも時々でなく、いつもお伺い申し上げたらどういう心地になるのでしょう?」
などと軽口を飛ばしていると、やがて藤壷の産んだ若宮二人が乳母達と大殿の方からやってきた。仲忠の持ってきたおもちゃの馬や車などを持ってみせつつも、若宮は大層大人しく、細長の袍のひももきちんとしていた。
藤壷は久々に会えて、大人らしくなった宮を大変可愛らしくもあわれに眺めつつ、
「この宮達のことばかりが心配で、頭が白くなった様な気がします。こんな大きくなったのなら、手習いなどしているのでしょうか? 何を勉強しているの?」
母の問いかけに若宮は答える。
「これと言って教えてくださる方もいる訳ではなかったから、今度大将が嬉しいことに、漢籍を教えてくれるとおっしゃいました」
「それは本当に嬉しいこと。大将のお弟子になって何でもなさいませ」
そんなやりとりに仲忠も笑い。
「貴女様も目に見えて大人らしく、人の母らしくおなりになって…… さて、若宮には何をお教えしましょうか、と思うのですが。ちょうど何でもやり出すには良い年頃でいらっしゃるのに、その若宮に教えよ、という命も下らないので遠慮していたのですけど」
「誰も知らない場所に若宮達は籠もっていて、しっかりしたことも教えられることもなく、放っておかれた様ですので、ここに居る間はどうか何かしら学べることがあればと思います」
「それならば容易いことです。宮の仰せの通り、漢文をお教え致しましょう。何時何時《いついつ》に、とご指定下さいませ」
「そう、習字もまだ出来ていませんので、お手本をまず第一に書いていただきましょう。……あの、実は東宮さまにもお願いしたいのですが」
「東宮様に?」
「『催促して書かせてくれないか、そなたにそこまでできるか試してみたい』と仰有られたので…… ぜひ東宮様宛のお手本もお願い致します」
「僕の妙なみっともない手本をそんなに欲しがられるのですね。だいぶ前に書いてありましたが、恥ずかしくて差し上げることができませんでした」
「でしたら急いで東宮様に奉って下さいな。このところ待ち遠しがっておられましたの」
「そう仰せなら、ともかくも差し上げましょう。あ、若宮へのお手本の方はすぐにでも」
仲忠はそう答える。
「いえ、然るべき時にお願いいたします。良い日を選んで下さいな。ところでお話は違いますが、貴方が誰にもお見せにならないあの方をできれば早く見たいものですわ」
犬宮のことだった。
「いやまあ、まだ生まれる前から大層醜い様なので、唐守がしたようにしているんですけどね。でもまあ、そっと連れていきましょう」
そう言って仲忠もその日は戻っていった。
そのたたずまいは、少し前に見た涼よりずっと優れている様にそこに居た女達には見えた。
藤壷も「確かにこのひとの方が」と考える。
「この間も向こうで参上致しましたが、東宮のおそばにばかりおいでになっていたので、いつもお目にかかれませんでした。そちらの女房達も中に入れないということで、自分などまるでお目にかかることなど許されないと、心許なく思っていました。でも今はここにこうしておいでなのですから、そちらからうるさいと思う位に伺わせていただきましょう」
そう仲忠が挨拶をするので、藤壷も孫王の君を通して答えさせた。
「承りました。時々おいで下さったら、人並みになった心地が致しましょう」
「お安い御用です。でも時々でなく、いつもお伺い申し上げたらどういう心地になるのでしょう?」
などと軽口を飛ばしていると、やがて藤壷の産んだ若宮二人が乳母達と大殿の方からやってきた。仲忠の持ってきたおもちゃの馬や車などを持ってみせつつも、若宮は大層大人しく、細長の袍のひももきちんとしていた。
藤壷は久々に会えて、大人らしくなった宮を大変可愛らしくもあわれに眺めつつ、
「この宮達のことばかりが心配で、頭が白くなった様な気がします。こんな大きくなったのなら、手習いなどしているのでしょうか? 何を勉強しているの?」
母の問いかけに若宮は答える。
「これと言って教えてくださる方もいる訳ではなかったから、今度大将が嬉しいことに、漢籍を教えてくれるとおっしゃいました」
「それは本当に嬉しいこと。大将のお弟子になって何でもなさいませ」
そんなやりとりに仲忠も笑い。
「貴女様も目に見えて大人らしく、人の母らしくおなりになって…… さて、若宮には何をお教えしましょうか、と思うのですが。ちょうど何でもやり出すには良い年頃でいらっしゃるのに、その若宮に教えよ、という命も下らないので遠慮していたのですけど」
「誰も知らない場所に若宮達は籠もっていて、しっかりしたことも教えられることもなく、放っておかれた様ですので、ここに居る間はどうか何かしら学べることがあればと思います」
「それならば容易いことです。宮の仰せの通り、漢文をお教え致しましょう。何時何時《いついつ》に、とご指定下さいませ」
「そう、習字もまだ出来ていませんので、お手本をまず第一に書いていただきましょう。……あの、実は東宮さまにもお願いしたいのですが」
「東宮様に?」
「『催促して書かせてくれないか、そなたにそこまでできるか試してみたい』と仰有られたので…… ぜひ東宮様宛のお手本もお願い致します」
「僕の妙なみっともない手本をそんなに欲しがられるのですね。だいぶ前に書いてありましたが、恥ずかしくて差し上げることができませんでした」
「でしたら急いで東宮様に奉って下さいな。このところ待ち遠しがっておられましたの」
「そう仰せなら、ともかくも差し上げましょう。あ、若宮へのお手本の方はすぐにでも」
仲忠はそう答える。
「いえ、然るべき時にお願いいたします。良い日を選んで下さいな。ところでお話は違いますが、貴方が誰にもお見せにならないあの方をできれば早く見たいものですわ」
犬宮のことだった。
「いやまあ、まだ生まれる前から大層醜い様なので、唐守がしたようにしているんですけどね。でもまあ、そっと連れていきましょう」
そう言って仲忠もその日は戻っていった。
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