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第10話 涼の贈った屋敷の心づくしの数々と、藤壷からの喪中の実忠への手紙

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 こうしてこの日も暮れていった。
 この日は吉日だったので、涼のくれた小唐櫃を開けてみることにした。

「あのひとどんなもの送ったのかしら。見たい」

と奥方である今宮もそれに乗り、まずは開けてみる。
 すると銀地に塗り物をした沢山の鍵を緒に指して並べたものがあり、その一つに文がつけてあった。
 そんなこともあろうかと彼女は先に開けてみたのだ。さっとそれを開いてみると。

「―――貴女のためにと思って建てたこの宿の鍵をご覧になって、明け暮れ貴女を思って嘆く私の心をどうか思いやってください―――」

という歌があった。「何やってんだか」と今宮はさっとそれを隠してしまう。そして何事もなかったように姉に対しては。

「色々あるし、今日のうちに見ておしまいなさいよ」

 そうけしかける。
 この日で藤壷のもとでの滞在は終わりとしている大宮と女御も、なかなかに興味があったので、揃って同意する。
 まずは立ててある十ばかりある大層美しい唐櫃を開けてみた。
 すると沢山の宝物、絹、綾などがまずはあった。無論それ以外のものも素晴らしいものが沢山ある。
 それ以外にも三尺の沈の御厨子、浅香の四尺の御厨子二具、男女が使う沢山の非常に美しい調度品が溢れんばかりに用意してあった。
 他にも六尺くらいの金銅の蒔絵の厨子が四つ。その中には銀の御台盤、様々な銀でできた調度品が入っている。
 この大殿の西の七間の檜皮葺《ひはだぶき》の屋には左右に渡殿がある。その西の屋を御厨子所としてあった。そこには小さな銀の碗も二十の中にある。強飯を蒸す甑《こしき》も笥《け》ごとに添えてある。これらもずいぶんと素晴らしいものである。
 また北の外には蔵もあり、その中には何かと便利に使えるものが多く入っている。蔵の前には十一間の檜皮屋があるが、それは納所《おさめどころ》として、米や様々なものが入っている。
 藤壷はそれらを見て今宮に言う。

「思いがけず財宝までいただいてしまって……」
「……この三条の屋敷は、もともとあのひとが京に上ってこない時に既に用意してあったんですって。だから道具もその時のままのものなの。あのひとには大したことじゃあないのよ」
「そうなの。ところで今宮、貴女の御子は? どうして隠してしまうの?」
「……何かね、あのひと女の子が欲しかったのに男の子だったからって拗ねてるのよ。女の子だったら若宮に差し上げられるのになー、って」
「あらまあ。後でまた生まれないとも限らないのに」
 
 などとお喋りも尽きぬ間に日も暮れていく。
 暁頃に涼がやってきた。引っ越しのための車を二十ばかり、並ぶものも無い様子で用意し、麗しく厳かな出で立ちで彼等は引っ越していった。
 行き先は堀川の東、三条の大路よりは北二丁に、噴水のある壺前栽を美しくつくり手入れさせ、沢山の調度は山を積んだ様であったという。

 そのようにして藤壷がやってきて三日。姉女御と母大宮がそれぞれの住まいに戻る時がきた。

「お一人で退屈でしょう? 時々はあちこちにいらっしゃいな。最近の噂話とかもしましょう」
「すぐにでも」

 そう藤壷も返す。そして二人は銘々の場所に戻っていった。
 実際のところ確かに一人残されるのは暇ではあるのだ。―――とは別に、藤壷は実忠に会っておかねば、と思っていた。



 そんな折り、故太政大臣の屋敷では、二月二十七日頃に葬儀となり、皆大殿に集まることとなった。
 子息達は慎むための土間―――土殿をしつらえてそこに。娘である昭陽殿の君は別の場所に居所をしつらえて慎みになっていた。
 縁者である藤壷もそちらへと渡って行くと、この西の対には人々がずいぶんと多く訪れていた。そこで喪中に相応しい鈍色の味も素っ気も無い紙の一重のものにこう書き付ける。

「この年頃、気がかりになるまでお便りを下さらないのですね。どうしてそちらから時々は下さらないのですか? 
 『まことに哀れなことには貴女のことをまだ忘れられない様だ』なんて私に申します。思いも掛けず今日まで久しく変わらない御心を嬉しく思っておりますうちに、このような御父君薨去のこと。
 大層哀れに悲しいお気持ちになっているだろうと思いつつ、不思議な程長く出仕のお勤めを怠っておいでと聞きますが、それには私も聞き苦しく思っておりますのに。
―――木に隠れた処を流れて澄む山川の様に、隠遁しておいでになるというのに、どうして清いお心に波が立つのでしょう?―――
 世間が頼りなくはかないにつけても、種々様々に考えさせられます」

 それを藤の花につけて、兵衛の君の兄の、童から東宮蔵人になった者をお召しになる。

「これを太政大臣の大殿に持っていって頂戴。大勢人がいらっしゃるから、その中で源宰相の実忠どのを見つけて確かに差し上げて」

 そう言われ、彼は喜んで届けに行った。
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