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第2話 病床の太政大臣季明の願い

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 そんな中、大納言忠俊ただとしと北方七の君は諍いを起こした後、なかなか会おうとしないので引っ越しができないままである。
 仕方なし、忠俊は妻に謝り倒すしかない。

「些細なことが原因で、ここのところずっとあなたは私を恨んで会ってもくれないんですね……」

 そうやって文をたびたび送るのだけど、北方からは一向に返事もない。しかし忠俊は懲りずに文を送る。このままでは困る。

「あなたを待って一緒に引っ越しをしようと思うのに、そのあなたが居ないのでは…… 別居は忌むと人々も言い伝えています。ちょっとでも来てほしい。また帰ってしまうとしても。
 それにしても、これ程長い間恨まれるほどのことでもないと思うけど…… 周りの人々の口さのない噂に惑わされているんだね。
 明日は引っ越しには吉日です。だからぜひ、必ず一緒に」

 文を見た七の君はため息をつく。
 彼女とて戻りたいとは思っているのだ。ただその機会がなかなか掴めない、ということで。
 ただそれでもしゃあしゃあと「自分は悪くない」ということを全面に出した様な文面を見ると、やはり何となく腹が立つ。
 そんな本心を知ったかどうか、母大宮は娘を促す。

「困ったことですね。早くお行きなさい。どうしてあなた一人で暮らせましょう? お文の方では、忠俊どのの方も格別変わったところがあるでなし……」
「そうですね。お母様がそうおっしゃるなら……」

 推し量った様な機会の訪れ。それを利用している様で、内心「嫌な人だ!」と夫のことを思わずにはいられない。



 そんな経緯を経た上で、今この三条殿では中の大殿に仁寿殿女御が住んでいる。
 母宮は北の御殿で女御の姫君達をつれて西の二の対に移った。一の対には弾正宮が占めている。
 互いに廊をかけた東の一、二の対には女一宮が。
 仲忠はその一の対の北面を小綺麗に設えて、旧友仲頼の妹を迎えて住まわせることにした。彼女は父のかつての妻の一人であり、感じのいい人なので、悪い様にはしたくないと思っていたのだ。
 そんな引っ越していった彼等が藤壺へ渡した町には御簾をかけて、壁代、御帳、御座などを美しく整えた。五の君も妹のために特別に御簾などをかけておく。他の対には特にその様な計らいはしない。 
 さて一方、渡される方の藤壺自身は「すぐにでも退出したい」と何かと東宮に訴えていた。
 すると東宮はこうして返すのだ。

「梨壺も懐妊中の不快な間を過ごしてから退出したのだ。どうしてそなただけ前々から慌てて行こうとするのだ?」



 と。
 そんな風に正頼の周辺が騒がしい頃、その兄の方でも動きがあった。
 太政大臣源季明みなもとのすえあきは高齢になり、身体の調子も何処となくここのところ良くない。自分自身でもこの先長くはないのではないか、と感じていた。
 そこで上の息子達二人を呼んだ。

「お前達、実正さねまさ実頼さねよりは皆朝廷に仕えて役に立っている。私が死んだ後でも正頼はお前達のことはちゃんと見てくれるだろう。ただ心配なのは昭陽殿の君と実忠さねただのことだ。あの二人のことを思うと死んでも死にきれない」

 はっとして兄弟は顔を見合わせる。

「私が生きていたとしても、娘というものは万事につけて厄介なものだ」

 妹が東宮にさほどに構われていない事実は彼等も良く分かっている。そしてそれが何処から来るものかも。

「実忠は仕官するに相応しく、見栄えもいるし心持ちも優れていたので、この家を継ぐのはあれだと思っていたのだが……」

 だろうな、と兄二人も思う。弟が恋で身を持ち崩すまでは。

「だがあの様な不運で、物事が食い違った様ににうまくいかず、心根も疲れ果て、世間の交わりもしなくなってしまった……」

 不運? いやあれは本人の性格もあるだろう、民部卿実正は思う。思い詰めすぎるあの性格が、果たして「心持ちも優れて」いたのだろうか。買いかぶり過ぎではないだろうか。

「このところ、日々過ぎて行くうちに、気分が悪くなりつつある。死期が迫っているのだろう…… 息があるうちに会っておきたい…… お前達は戻ったら、そう右大臣に伝えておくれ」

 はい、と二人は父の言葉にうなづいた。

「……それにしても実忠は、こんな時にも会うことができないものか…… あれはどう思っているのだろう…… 世の中で親子の間柄に勝るものはというのに、親が子を思う切なさも知らず、相当な地位になっていた筈の自分自身も投げ捨ててしまっているのはどういうことか…」

 全くだ、と実正は思う。

「みじめなものだな。私がこう気が弱くなってしまったことを、実忠にも伝えてはくれぬか。……きっともう会えないだろうが」

 それを聞くと二人の目からも涙がこぼれずにはいられなかった。そして実正は涙をぬぐいながら言う。

「分かりました父上。私が右大臣どのに、実忠の小野には実頼が向かいましょう」
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