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第1話 手狭になってきた三条殿にも変化が訪れる
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ところで。
右大臣源正頼の三条殿には現在、大宮や大殿の上腹の息子達、それにあまたの姫の婿君が一堂に会して住み着いている状態だった。
その中でも上達部に属する者は、それぞれ周囲に広い殿舎を建てて、充分に調度や宝を整えている―――のだが。
狭い。
正頼というひとは彼等が他のところに住むことを許さない。
手狭だと不満は皆持っている。しかし不満だからと言って、現在の政治の中心である正頼に正面きって楯突くのも何だし、と面白くないながらも従っている。
ちなみにその一人である仲忠であるが。
彼は母の館も、京極の家もあると言えばあるのだが、格別不満には思わず妻である今上の女一宮のそばに住み着いているくちである。
そんな彼が、ある日その妻に切り出した。
「ねえねえ、そろそろ藤壺の御方が退出する頃じゃない?」
女一宮はそういえばそうね、とうなづく。三人目の御子の産み月が近づいているのだ。
「今日明日にも女御か后になるかもしれない方が、対にお住まいになるっていうのはどうかな。ちょっと僕としては気が引けるんだけど」
「うーん、言われてみればそうよね」
ちなみに現在彼等は女一宮の身分の関係で、この三条殿の中でも高い位置にあたる場所に住んでいる。
「だからね、中の大殿は彼女のために空けて、僕等は西の対を住み良いようにしつらえてそっちに移らない?」
「どうでしょ。その辺りはお祖父様にも聞いてみなくちゃ」
その話は早速「お祖父様」である、正頼に届けられた。
「そうだな。なら、いっそもうさすがに手狭になりすぎたことだし、そろそろ皆、住みたい場所に住んでもらうことにするか」
彼が婿君達を住まわせていた理由は二つある。
一つは単に、娘の婿は自分の場所を本宅として通わせるという当時の慣習。
そしてもう一つは、自分の身近を有望な人材で固めておく、意味。
後者の方が強かったかもしれない。子供が沢山できたのは結果だが、沢山の子供、特に娘はその様に自分の周囲を固める「武器」にすることができる。特に実の息子が大したことがなかった時には。
正直、正頼にとって息子達は婿達より悲しいかな、出来は宜しくない。
唯一有望だった仲純は親にも分からない理由で命を落としてしまった。それだけに、彼は婿達を実に大切にしていた。―――つもりだった。
しかしそれが彼等の不満を生み出していたとしたら、対応を考えなくてはならない。彼も手狭だと考えない訳ではなかった。ただ、何かしらの理由がないと、物事は切り出しにくい。
ということで、彼はもっとも良い婿の一人の案に乗ることにした。
*
聞きつけた婿も息子達も皆それぞれに喜んだ。
藤壺―――あて宮のすぐ下の妹である今宮の婿である、仲忠同様「良い婿」の一人である源涼もまた同様に。
彼は一世の源氏だが、その一方、紀伊国の「富の長者」である神南備種松の孫である彼は、近くに豪奢な邸を構えていた。
いつ移っても構わなかったのだが、引き留められていたくちである。
「あら、でもあて宮が退出してきてからでもいいじゃない」
妻はそう言ってすぐの引っ越しを引き留める。
「あなたお迎えしたいでしょ?」
「それもそうだね」
彼自身はさほど藤壺には興味は無い。が、藤壺を迎えるという行事は面白そうだ、と思う。
*
さっさと引っ越した者も居る。
六の君の婿のである左大臣藤原忠雅、五の君の婿、民部卿宮など。
七の君の婿である大納言忠俊は三条殿の西北の町に留まっている。ちなみに彼は忠雅の息子である。
正頼の息子達もそれぞれの妻の家へと移っていった。
ちなみに仲忠は宣言通り、西の対に住んでいる。京極の家はまだ大々的に造ろうとはしていない。彼なりに何かしらの考えがあるのだろう、と周囲は考えているのが、当人が黙っているので何も分からない。
これらの人々が去った後、まず仲忠が住んでいた場所は仁寿殿女御に譲られた。
婿や息子達が住んでいた町は藤壺に。
そして空いた中でもう一つの町は大殿の上へと譲られた。
息子達は出てはいったものの、正頼の大殿のすぐ近く、あるいは向かいや隣に住むことにしていた。
その中で遠くなった者も、せいぜいが一町二町程度離れた位で、殿の内に住んでいるのと大して変わらず「軒並み」という程度である。
右大臣源正頼の三条殿には現在、大宮や大殿の上腹の息子達、それにあまたの姫の婿君が一堂に会して住み着いている状態だった。
その中でも上達部に属する者は、それぞれ周囲に広い殿舎を建てて、充分に調度や宝を整えている―――のだが。
狭い。
正頼というひとは彼等が他のところに住むことを許さない。
手狭だと不満は皆持っている。しかし不満だからと言って、現在の政治の中心である正頼に正面きって楯突くのも何だし、と面白くないながらも従っている。
ちなみにその一人である仲忠であるが。
彼は母の館も、京極の家もあると言えばあるのだが、格別不満には思わず妻である今上の女一宮のそばに住み着いているくちである。
そんな彼が、ある日その妻に切り出した。
「ねえねえ、そろそろ藤壺の御方が退出する頃じゃない?」
女一宮はそういえばそうね、とうなづく。三人目の御子の産み月が近づいているのだ。
「今日明日にも女御か后になるかもしれない方が、対にお住まいになるっていうのはどうかな。ちょっと僕としては気が引けるんだけど」
「うーん、言われてみればそうよね」
ちなみに現在彼等は女一宮の身分の関係で、この三条殿の中でも高い位置にあたる場所に住んでいる。
「だからね、中の大殿は彼女のために空けて、僕等は西の対を住み良いようにしつらえてそっちに移らない?」
「どうでしょ。その辺りはお祖父様にも聞いてみなくちゃ」
その話は早速「お祖父様」である、正頼に届けられた。
「そうだな。なら、いっそもうさすがに手狭になりすぎたことだし、そろそろ皆、住みたい場所に住んでもらうことにするか」
彼が婿君達を住まわせていた理由は二つある。
一つは単に、娘の婿は自分の場所を本宅として通わせるという当時の慣習。
そしてもう一つは、自分の身近を有望な人材で固めておく、意味。
後者の方が強かったかもしれない。子供が沢山できたのは結果だが、沢山の子供、特に娘はその様に自分の周囲を固める「武器」にすることができる。特に実の息子が大したことがなかった時には。
正直、正頼にとって息子達は婿達より悲しいかな、出来は宜しくない。
唯一有望だった仲純は親にも分からない理由で命を落としてしまった。それだけに、彼は婿達を実に大切にしていた。―――つもりだった。
しかしそれが彼等の不満を生み出していたとしたら、対応を考えなくてはならない。彼も手狭だと考えない訳ではなかった。ただ、何かしらの理由がないと、物事は切り出しにくい。
ということで、彼はもっとも良い婿の一人の案に乗ることにした。
*
聞きつけた婿も息子達も皆それぞれに喜んだ。
藤壺―――あて宮のすぐ下の妹である今宮の婿である、仲忠同様「良い婿」の一人である源涼もまた同様に。
彼は一世の源氏だが、その一方、紀伊国の「富の長者」である神南備種松の孫である彼は、近くに豪奢な邸を構えていた。
いつ移っても構わなかったのだが、引き留められていたくちである。
「あら、でもあて宮が退出してきてからでもいいじゃない」
妻はそう言ってすぐの引っ越しを引き留める。
「あなたお迎えしたいでしょ?」
「それもそうだね」
彼自身はさほど藤壺には興味は無い。が、藤壺を迎えるという行事は面白そうだ、と思う。
*
さっさと引っ越した者も居る。
六の君の婿のである左大臣藤原忠雅、五の君の婿、民部卿宮など。
七の君の婿である大納言忠俊は三条殿の西北の町に留まっている。ちなみに彼は忠雅の息子である。
正頼の息子達もそれぞれの妻の家へと移っていった。
ちなみに仲忠は宣言通り、西の対に住んでいる。京極の家はまだ大々的に造ろうとはしていない。彼なりに何かしらの考えがあるのだろう、と周囲は考えているのが、当人が黙っているので何も分からない。
これらの人々が去った後、まず仲忠が住んでいた場所は仁寿殿女御に譲られた。
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そして空いた中でもう一つの町は大殿の上へと譲られた。
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