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39.赤染衛門との文による香の人物像

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 香の出仕は年末から年始の行事に合わせることとなった。
 ところが十一月、内裏が火事に遭った。
 出仕直前の香は文で「せっかく本物の内裏を目にすることができると思ったのに」と悔しそうに書いてきた。とは言え、予定は変わる訳ではない。
 仮の皇居はかつて女院の里内裏であった東三条第となった。
 香は師走晦日近くに、彼女なりに一生懸命支度をして東三条第へと赴いた。

 だが明けて正月、数日して香は早々に退出してしまった。
 はてどうしたことだろう。そう思った梛は、行成に正月の様子を問いかけた。
 すると返事の文は行成当人ではなく、赤染衛門の方からやってきた。
 赤染衛門と文を直接交わすことは今までにはなかった。梛よりやや年かさの彼女は、学者の大江匡衡の頼りになる妻、左大臣家の女房として評判が高い。歌詠みとしても有名である。中関白家に勤めていた梛としては、興味は抱いても直接文を交わすことはしなかった。



「今までずっと、わたくし名高い清少納言の君と仲良くなりたいと思っておりましたの。お頼り下さったこと嬉しく思います。
 さてわたくし達中宮さま付きの年末と新年ですが、場所が東三条であることと、新参の女房が一人入った以外、さほど変わったことはございませんでした。
 ところで左大弁どのからお聞き致しました。その新参の女房についてどうわたくし共が思ったのか少納言どのはお知りになりたいとか。
 藤式部の君のことですね。『源氏の物語』の作者ということで、一昨年あたりから中宮さまがずっとお側に置きたがっていた方。
 正直、わたくし達、皆期待しておりましたのよ。ただ、少々期待しすぎたのでしょうか。
 そう、あなた様が定子皇后さまの所で何かと機転の利いた受け答えをなさった記憶が強すぎたのですね。きっとその様な女房であると皆で想像してしまったのですよ。
 ところが式部の君ときたら、中宮さまがお招き下さっても、なかなか近くに寄らないですし、声は聞こえるか聞こえないか…… なのに妙に早口ですし」



 あ、と梛は思わず自分の頬を叩いた。まだあの癖は直っていなかったのか。



「中宮さまのお側の大納言の君がその側に近付いて、ようやく言うことが判るくらいなのです。
 人が多すぎるのか、と中宮さまが人払いをわたくし共に命じ、数名のみお残しになりました。
 すると式部の君はようやく大きく息をつき、震えつつも中宮さまに直接挨拶をすることができました。それでもやはり何処か聞き苦しい言葉でありました。
 まあその後は、鬼やらえやら色々ございましたし、年が明ければ明けたでまた除目のことなど色々とございましたので、皆、式部の君お一人に構っていられるはずもなく、と思っておりましたら、何やら退出したいとのこと。
 そんなに早く、と中宮さまも呆れましたが、そういう者も無いではなし、ということでお認めになりました。
 とまあ、それだけのことなのですが。
 少納言の君、歌詠みやあなたの様な散文書きの方と、長い物語書きの方ではこうも違うものでしょうか。少々わたくし不安になりましたわ」



 私も不安になります、と思わず梛は内心つぶやいた。
 実際年が明けてからというもの、ぷっつり香から文が来ない。何かしら珍しいものが目にできたとあれば、ここぞとばかりに書いてくるはずのひとなのだが。
 珍しく梛は自分の方から「出仕は如何でしたか?」と軽く問いかけの文を出してみた。
 すると即座に。



「梛さま私疲れました。もう何というかあの場所は嫌です。あんな沢山の女性がずらりと揃って私を見据えるのです。怖くて怖くて仕方がなかった……」



 そこまで読んだ時にはさすがに香も参ったのか、と梛は思った。
 だが。



「実際怖かったのです。声は震え、いつも以上に上手く出ず、どうしていいのか判らなかったのです。
 ですが私の目はそういう時でも、ついついその私を見据えている同僚の女房達の着ているものを一枚一枚覚えよう覚えようとしているのです。
 それだけではありません。出仕した東三条第そのものが私に迫ってきます。その中宮さまの間近のお支度、薫き物、御道具類、そう言ったものを私の目は逃そうとしません。
 そして大晦日から年明けにかけての行事…… 私はあんまりにも沢山のものを一気に見過ぎて、頭が破裂しそうなのです。
 とにかく見てきたものを一度整理しなくてはなりません。再出仕するとしてもそれからです。
 ああでも、中宮さま、実際にあの様な方、その周りを目にするとしないではまるで違います。目をつぶると、中宮さまと対面できた時の様子がそのまま見えてきます。色も音も薫りも全て思い出せます。いえ、忘れることができません。
 これはもう使うしかありません。
 再出仕の前に私は書きます。求婚話を。
 そう、そこに出てくる女君の呼び名も決めました。元々は『藤原の瑠璃君』と呼ばれていたのですが、源氏にとって夕顔にゆかりの姫ということで『玉鬘の君』と呼ばせる様にしたいです」



 やはり転んでもただでは起きないか、と梛は苦笑した。
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