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100.「お前は自分に対して勝手じゃないかって言ってるんだ!」
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「安岐は大丈夫。生きてるよ。本当。ただ今回の…… ライヴ、成功すればいいね」
「文脈がつながっていないぞ」
朱夏は口をはさむ。
「あのさ朱夏、君チューニング変えてから、口が悪いと思っていたけど、連中の所行ってから、余計に悪くなったんじゃない?」
放っとけ、と朱夏は吐き捨てるように言う。
「これは学習効果だ。それにそもそもお前が基本なんだから仕方ない! はぐらかすな。お前言ってることがひどく変だ。あいまいだ。一体私に何を話したい?あいにく私は人間じゃないから、お前のあいまいな言葉の裏を知ろうなんてことできないぞ」
朱夏はぐっと彼に近付く。そして自分の原型の瞳を凝視する。
「何が? ねえ朱夏は俺の何が気に入らないの?」
「何じゃない。あいにく私は感情は少ないが、演算能力はあるんだ。布由に聞いた話を総合したら、出る結論は一つしかないじゃないか!」
「どんな結論?」
「お前は自分で勝手に無くなろうとしている。本当に勝手だ」
「勝手かな」
「勝手だ。そもそも最初も勝手だが、終わりまで勝手に終わろうというのが気にくわない」
「好みも明確になったんだね朱夏。それは良かった良かった」
「良くないっ!」
メゾソプラノの声が、廊下中に響いた。
「だけど君だって勝手じゃない」
「私の言ってるのはそういうことじゃないっ! お前は自分に対して勝手じゃないかって言ってるんだ!」
「自分に対して?」
「お前が誰かのためにそうしようとしている、と布由は言った。別に誰とは言わなかったし、別に私もそんなこと興味はない。だが、そんなにしてまで大事なものを置いて、どうして消えようなんて思えるんだ?」
「それしか方法が無いからね」
淡々と彼は答える。
「無いからね、なんてあっさり言う奴は私は嫌いだ」
「朱夏」
HALは目を丸くする。
「そういうあきらめが何になるんだ? あきらめなかったら、0.00001%でも望みはあるが、あきらめてしまったら、それ以外の方法は絶対見つからないんだぞ!」
「……」
「どうなんだHAL!」
「でもね朱夏、俺と布由が必要なのは事実なんだよ? それに関しては、どうにもならない」
「私が言っているのはそういうことじゃない」
「じゃあどういうことなの?」
さすがにHALもむきになる。
「確かに必要かもしれないさ。お前と布由が必要かもしれないさ。だけど何かの拍子で、お前はそこから戻ってくることができるかもしれないじゃないか!」
「どうやって!」
「知るか! そんなこと!」
「だったらそんな無責任なこと言うんじゃないよ!」
「違う! それは私には判らない。当然だ。私にそのデータは無い。そこを知っているのはお前だけだろうが? だがそこで帰ってくる方法を探せないのか、と言っているんだ!」
「……」
「空間を切って、布由の声を広げて、空間を元に戻して…… お前と布由が、閉じこめられた後のことを、私は言っているんだぞ……」
「朱夏」
「私は『外』で安岐がいなくて寂しかった。お前にとって布由は違う。そう布由も土岐も言ってた」
「……ああ、気付いていたんだね」
「布由はいい。彼は私に言った。自分は自分の一番会いたい者に会いに行くんだからって。だから布由はいい。だがHALは、一番会いたい奴を外に出すためにそうしている。それじゃHALが悲しいじゃないか」
「布由はそう言った?」
「言った。その一番会いたいのはHALなのか、と訊ねたら、それは違うと言った。それは正しいのだろう?」
ああ、とHALはうなづいた。
「そうだよ。布由は、何処の誰よりも一番布由のことを好きで求めている誰かさんに会いたいんだ」
「だけど、HALはHALのそういう奴を勝手に置いていこうとしてる。それはそいつにとっても、そいつを好きなHAL、お前自身に対しても勝手じゃないか!」
朱夏はばん、と彼の座っている前に手を打ちつける。
「じゃ俺はどうすればいいって言うの? 朱夏は」
「私はとにかくやってきたぞ。何故かギターまで弾いてしまったぞ。全く本意ではないんだが」
「弾けるようになってて良かったね」
「そういうことじゃない!」
朱夏は叫んだ。
「私はやれたぞ?! とにかくできることをした! できるかできないかじゃなくて、やったんだぞ! なのに何で原型のお前が、全部あきらめてしまうんだ!」
「……ちょ、ちょっと朱夏……」
いつの間にか、朱夏はHALの襟首をゆさゆさと掴んで揺さぶっていた。彼の声ではっと気がついて朱夏は手を離す。ふう、と息をつきながらHALは肩を落とす。
「ごめん」
「いいよ。朱夏の言うことは本当だ。安岐にも言われた。俺はあきらめが良すぎる」
「HAL」
「何か判らないけれど、俺はずっと…… この都市に来るずっと前から、そうしてきたから。それが俺の習性だったから。理由はいろいろ考えられるよ。でも、それは所詮、俺の言い訳に過ぎないよね」
「……悪い、私は言い過ぎた」
「そんなことないよ。誰もが俺には言わなかっただけのこと。でも、そうだね」
HALは腕を前に伸ばす。そして彼はぎゅっと朱夏を抱きしめた。
何をする、と朱夏は一瞬じたばたする。だがそれにも構わずに彼は自分と殆ど変わらない身体を抱きしめた。
「……何をしてるんだ?」
「変だよね。君は俺のレプリカだったはずなのに、俺の方が説教されてるなんてさ」
「別に説教してる気はないぞ。お前がとことん勝手だから」
「そうだよ。俺は勝手。……勝手ついでに、願えば良かったんだな」
「過去形で言うな」
朱夏はぽんぽん、とHALの背中を叩く。それは安岐が彼女によくやった仕草に似ていた。
「全部が過去になるにはまだ早すぎるぞ」
「文脈がつながっていないぞ」
朱夏は口をはさむ。
「あのさ朱夏、君チューニング変えてから、口が悪いと思っていたけど、連中の所行ってから、余計に悪くなったんじゃない?」
放っとけ、と朱夏は吐き捨てるように言う。
「これは学習効果だ。それにそもそもお前が基本なんだから仕方ない! はぐらかすな。お前言ってることがひどく変だ。あいまいだ。一体私に何を話したい?あいにく私は人間じゃないから、お前のあいまいな言葉の裏を知ろうなんてことできないぞ」
朱夏はぐっと彼に近付く。そして自分の原型の瞳を凝視する。
「何が? ねえ朱夏は俺の何が気に入らないの?」
「何じゃない。あいにく私は感情は少ないが、演算能力はあるんだ。布由に聞いた話を総合したら、出る結論は一つしかないじゃないか!」
「どんな結論?」
「お前は自分で勝手に無くなろうとしている。本当に勝手だ」
「勝手かな」
「勝手だ。そもそも最初も勝手だが、終わりまで勝手に終わろうというのが気にくわない」
「好みも明確になったんだね朱夏。それは良かった良かった」
「良くないっ!」
メゾソプラノの声が、廊下中に響いた。
「だけど君だって勝手じゃない」
「私の言ってるのはそういうことじゃないっ! お前は自分に対して勝手じゃないかって言ってるんだ!」
「自分に対して?」
「お前が誰かのためにそうしようとしている、と布由は言った。別に誰とは言わなかったし、別に私もそんなこと興味はない。だが、そんなにしてまで大事なものを置いて、どうして消えようなんて思えるんだ?」
「それしか方法が無いからね」
淡々と彼は答える。
「無いからね、なんてあっさり言う奴は私は嫌いだ」
「朱夏」
HALは目を丸くする。
「そういうあきらめが何になるんだ? あきらめなかったら、0.00001%でも望みはあるが、あきらめてしまったら、それ以外の方法は絶対見つからないんだぞ!」
「……」
「どうなんだHAL!」
「でもね朱夏、俺と布由が必要なのは事実なんだよ? それに関しては、どうにもならない」
「私が言っているのはそういうことじゃない」
「じゃあどういうことなの?」
さすがにHALもむきになる。
「確かに必要かもしれないさ。お前と布由が必要かもしれないさ。だけど何かの拍子で、お前はそこから戻ってくることができるかもしれないじゃないか!」
「どうやって!」
「知るか! そんなこと!」
「だったらそんな無責任なこと言うんじゃないよ!」
「違う! それは私には判らない。当然だ。私にそのデータは無い。そこを知っているのはお前だけだろうが? だがそこで帰ってくる方法を探せないのか、と言っているんだ!」
「……」
「空間を切って、布由の声を広げて、空間を元に戻して…… お前と布由が、閉じこめられた後のことを、私は言っているんだぞ……」
「朱夏」
「私は『外』で安岐がいなくて寂しかった。お前にとって布由は違う。そう布由も土岐も言ってた」
「……ああ、気付いていたんだね」
「布由はいい。彼は私に言った。自分は自分の一番会いたい者に会いに行くんだからって。だから布由はいい。だがHALは、一番会いたい奴を外に出すためにそうしている。それじゃHALが悲しいじゃないか」
「布由はそう言った?」
「言った。その一番会いたいのはHALなのか、と訊ねたら、それは違うと言った。それは正しいのだろう?」
ああ、とHALはうなづいた。
「そうだよ。布由は、何処の誰よりも一番布由のことを好きで求めている誰かさんに会いたいんだ」
「だけど、HALはHALのそういう奴を勝手に置いていこうとしてる。それはそいつにとっても、そいつを好きなHAL、お前自身に対しても勝手じゃないか!」
朱夏はばん、と彼の座っている前に手を打ちつける。
「じゃ俺はどうすればいいって言うの? 朱夏は」
「私はとにかくやってきたぞ。何故かギターまで弾いてしまったぞ。全く本意ではないんだが」
「弾けるようになってて良かったね」
「そういうことじゃない!」
朱夏は叫んだ。
「私はやれたぞ?! とにかくできることをした! できるかできないかじゃなくて、やったんだぞ! なのに何で原型のお前が、全部あきらめてしまうんだ!」
「……ちょ、ちょっと朱夏……」
いつの間にか、朱夏はHALの襟首をゆさゆさと掴んで揺さぶっていた。彼の声ではっと気がついて朱夏は手を離す。ふう、と息をつきながらHALは肩を落とす。
「ごめん」
「いいよ。朱夏の言うことは本当だ。安岐にも言われた。俺はあきらめが良すぎる」
「HAL」
「何か判らないけれど、俺はずっと…… この都市に来るずっと前から、そうしてきたから。それが俺の習性だったから。理由はいろいろ考えられるよ。でも、それは所詮、俺の言い訳に過ぎないよね」
「……悪い、私は言い過ぎた」
「そんなことないよ。誰もが俺には言わなかっただけのこと。でも、そうだね」
HALは腕を前に伸ばす。そして彼はぎゅっと朱夏を抱きしめた。
何をする、と朱夏は一瞬じたばたする。だがそれにも構わずに彼は自分と殆ど変わらない身体を抱きしめた。
「……何をしてるんだ?」
「変だよね。君は俺のレプリカだったはずなのに、俺の方が説教されてるなんてさ」
「別に説教してる気はないぞ。お前がとことん勝手だから」
「そうだよ。俺は勝手。……勝手ついでに、願えば良かったんだな」
「過去形で言うな」
朱夏はぽんぽん、とHALの背中を叩く。それは安岐が彼女によくやった仕草に似ていた。
「全部が過去になるにはまだ早すぎるぞ」
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