上 下
49 / 113

48.「『適数』は人間にのみ適用される訳だろ?」

しおりを挟む
 悲鳴が関心を呼んだ。
 公安の視線が津島の方を向き、何ごとが起きたのか、と確かめようとした時だった。
 彼は空に向かって銃を撃った。
 その瞬間、彼自身が驚いているかのように、公安の一人には見えた。
 本物の銃であることに、それを持っている自分に驚いているように見えた。だがその、一瞬だけ正気に戻ったかのような目はすぐにまたぼんやりしたものに戻った。
 朱明の直接の部下は手際が良かった。
 この騒ぎの中心に居る奴は、正気でないことに気付くと、慌てて「橋」から業者を下ろさせる。取引の済んだ者は出口へ、そして入り口を封鎖して。

「……はい。何か幻覚剤のようなモノをやっているようです」

 彼は彼の上司に報告する。上司はすぐに行く、と告げた。そして実際すぐにやってきた。
 「橋」の上に残されたのは、公安の十数名と、「橋」の向こう側で、何ごとがあったのか、と不安げな顔で立ち尽くす「外」の業者と、津島だけだった。
 公安は、「外」の業者にも下がるように、と注意を呼びかけた。さすがに業者の方も命は惜しいので、素直に引き下がる。

「聞こえているか?」
「聞こえているよぉ……」

 今にも笑い出しそうな声で津島は答える。
 何で自分が笑い出しそうなのか、彼には全く判らなかった。
 ただ、妙に何かおかしい。背中から首筋、頭の反対側に妙につんつんとした刺激が加えられているようで、ぞくぞくする。何かおかしくておかしくてたまらない。

「それよりさあ、都市を脱出しようって奴を捕まえた方がいいんじゃなーい? 俺なんかよりさ」

 そしてとうとう笑い出した。
 馬鹿じゃないかこいつは。朱明は思う。
 この状態で、誰が「外」へ出られると思っているんだろうか。銃を持った奴が「橋」の真ん中でいかれている状態で、その横を走り抜けようなんて馬鹿居る訳がない……

「どうしますか長官、周囲の警備を……」
「別にそっちはいい。それより、奴を取り押さえるタイミングをはかれ」
「はい」

 朱明は苦虫を噛み潰したような顔になる。その顔を見て部下は触らぬ神に祟りなし、とそっとつぶやく。そういう顔をしている時の彼らの上司にはなるべく近づきたくないものだった。
 朱明がそんな顔をしている理由は、津島の持っている銃にあった。見覚えがある。だがそれは公安の銃ではない。

「長官」
「何だ」
「奴の知り合いと言う者が……」

 黙って朱明はあごをしゃくる。ぽりぽりとこめかみを引っかいて、やや動揺している気分を治めようと努力する。
 だがその努力はたいてい現実に裏切られるのだ。

「お前らか……」
「久しぶりですね」

 彼の前には安岐と朱夏が立っていた。
 なるほど、確かに似ているが違うな、と彼は目の前の朱夏を見て思う。印象としては、似ている。それは安岐がHALに対して思ったのと同じである。
 だが、この少女は、彼の持つ気配が全くない。
 別人と言えば当然だが、これがレプリカであることは、間近で見た今、判る。朱明はHALが言う程鈍感ではない。むしろ一般人より、ある部分においては敏感である。

「長官だったんですね」
「お前があれの友達とはな。だが出てきてどうするつもりだ? 奴に説得でもするつもりか?」
「……出来れば」

 ともすれば気圧されそうな自分を安岐は奮い立たせる。

「奴はダズルをやってるぞ」
「まさか」
「本当だ」

 朱明の言葉には嘘はなかった。実際そう考えればつじつまが合うのだ。あの手に握られたままの銃の理由も。そしてそれを誰が与えたかも。
 問題は、それが何故与えられたかが、自分にははっきりしないことなのだ。

「公安さーん、その二人を捕まえて下さいよぉ…… その二人は『外』へ出ようとしているんですよぉ……」

 歌うように津島の声が流れてくる。びく、とその言葉に安岐の肩が震えた。
 目の前の公安長官は、黙ったまま、声の主を眺めている。気付かれただろうか。安岐は自分の素直な反応に歯がみする。

「公安さぁ~ん…… 聞こえませんかぁ?」
「うるさい!」

 朱明は怒鳴った。本当にうるさい。そんな口調で今の自分に語りかけてなどもらいたくはなかった。

「おい安岐」
「はい?」

 何故名前を知っているのだろうか、と彼は思った。

「奴を説得できると思うか?」
「判りません」
「お前は本当に『外』へ出たいのか?」

 並列する質問。同じ軽さで朱明は彼に訊ねた。安岐の心臓が早鐘を打つ。ここが勝負どころだ。感覚で判る。この長官には、ここで嘘はつけない。

「俺はいい」
「安岐? 何を言ってるんだ?」
「俺はともかく、彼女を出して欲しい」

 そう言って、安岐は親指で朱夏を指す。

「何故だ」
「あんたは知らないの?」

 強気に出よう。安岐は決める。もしかしたら、自分は勝てるカードを持っているのかもしれない。

「何をだ」
「HALさんは、朱夏を『外』へ出したいんだ」

 素早く朱明の視線が朱夏の方を向いた。
 目をむいたその表情は、驚きに満ちている。まるで怒った鬼のようだ、と安岐はのんきにもそんなことを想像してしまう。

「ああやっぱり知らないんだ」
「黙れ」
「あんたは、知らされてなかったんだ!」
「黙れと言うだろう!」

 怒号する。安岐はさすがにその瞬間、頭からバケツで冷水を浴びせかけられたか、と思った。
 朱明はしばらく黙った。そして「橋」の上で笑い続ける津島の姿を眺める。笑っているくせに、銃にはちゃんと手がかかっている。指はトリガーに掛かっている。器用なことに、それでいて発砲はしていない。

「安岐」
「何ですか」
「説得してみろ。注意をそらせばいい。どうせダズルをやっているなら、注意力なんて無いに等しい。一点に気を逸らせば捕まえる隙はできる」
「安岐が撃たれたらどうするんだ!」

 朱夏が横から叫ぶ。その彼女の頭を、ぽんぽんと軽く叩きながら、安岐はつぶやくように言う。

「朱夏あのね、津島は俺の友達だよ……」
「友達だが、正気じゃない!」
「長官、『適数』は人間にのみ適用される訳だろ?」
「そうだ。レプリカントには適用されない」
「安岐!」

 二人は朱夏を置いたところでうなづきあう。これは取引だ、と安岐は思う。かなり自分に分が悪い……

「安岐、お前が奴を説得する間にこっちはタイミングを見計らって奴を捕らえる。朱夏はその混雑にまぎれろ」
「私は嫌だ!」
「朱夏言う通りにして」
「安岐……」
「朱夏がするべきことをすれば、またすぐに帰ってこれる。朱夏ががんばれば、すぐだ。朱夏は一人ではできない? 彼を捜して、戻ってくる……」
「お前がいないと、あの声は、ヴォリュームを落とさない!」
「少しの間だよ」
「少しだな? 判った。私は出たらすぐに捜す」

 誰をだ? 朱明は思わず耳をすます。

「BBの、FEWを」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

天才高校生プログラマーは今日もデイトレードで稼ぎ、美少女からの好意に戸惑い続ける。

たかなしポン太
青春
【第7回カクヨムコンテスト中間選考通過作品】  本編完結しました!  "変人"と呼ばれている天才高校生プログラマー、大山浩介。  彼が街中で3人の不良から助けた美少女は、学校で一番可愛いと噂されている"雪姫"こと桜庭雪奈だった。 「もし迷惑でなければ、作らせてもらえないかな、お弁当。」 「大山くん、私をその傘に入れてくれない?駅まで一緒に行こ?」 「変人なんかじゃない…人の気持ちがわかる優しい人だよ。」  その他個性豊かなメンバーも。 「非合法巨乳ロリ」こと、山野ひな  ゆるふわお姉さん系美人、竜泉寺葵  イケメン校内諜報員の友人、牧瀬慎吾  彼らも巻き込んで、浩介の日常はどんどん変化していく。  孤高の"変人"高校生が美少女と出会い、心を開き、少しずつ距離を縮めていく。  そんな青春学園ラブコメです。 ※R15は保険です。 ※本作品ではデイトレードを題材の一部として取り上げておりますが、決してデイトレードを推奨するものではありません。また本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。 ※カクヨムと小説家になろうにも同時掲載中です。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

Bless for Travel ~病弱ゲーマーはVRMMOで無双する~

NotWay
SF
20xx年、世に数多くのゲームが排出され数多くの名作が見つかる。しかしどれほどの名作が出ても未だに名作VRMMOは発表されていなかった。 「父さんな、ゲーム作ってみたんだ」 完全没入型VRMMOの発表に世界中は訝、それよりも大きく期待を寄せた。専用ハードの少数販売、そして抽選式のβテストの両方が叶った幸運なプレイヤーはゲームに入り……いずれもが夜明けまでプレイをやめることはなかった。 「第二の現実だ」とまで言わしめた世界。 Bless for Travel そんな世界に降り立った開発者の息子は……病弱だった。

蒼き風の突騎兵

北条丈太郎
SF
イデア大陸と呼ばれる異世界で繰り広げられる戦いの物語

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

乾坤一擲

響 恭也
SF
織田信長には片腕と頼む弟がいた。喜六郎秀隆である。事故死したはずの弟が目覚めたとき、この世にありえぬ知識も同時によみがえっていたのである。 これは兄弟二人が手を取り合って戦国の世を綱渡りのように歩いてゆく物語である。 思い付きのため不定期連載です。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

処理中です...