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9.昼間の公園でそれなりに不穏な会話
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さて一方同じ頃、別の所でやはりそれなりに不穏な会話が繰り広げられていた。
だが一方がゴーストビルの一室でたむろしているのに対し、その集団は、太陽の下にいた。
「TM」には大きな公園がある。
公園内には、二つの大きなホール―――「公会堂」と「ワーカーズホール」と呼ばれている――― と、図書館がある。
また入り口には古めかしい作りの噴水塔があり、この都市の人々に昔から親しまれている。
珍しいタイプだった。
現在では下から水を勢いよく吹き出すタイプが普通であるのに対して、その噴水塔は、塔の中で水が押し上げられ、皿からこぼれ落ちるという形を取っていた。
皿の周りの装飾からして、百年近く昔に作られたものであることは間違いなかった。
都市が切り離されるまでは、この噴水塔は夜になると下側面からライトアップされ、その優雅な姿を美しく市民の目にさらしていた。
現在はそのようなことはされることはない。
初夏の陽射しはそんな噴水塔にも照りつけ、白っぽい石に反射して光をあたりに容赦なく振りまく。
その噴水塔の水枠のへりに女が一人座って、近くに寄ってくる鳩をからかっていた。
彼女は鳩豆をぽろぽろと自分の周りに撒くが、時々遠くに飛ばしては、鳩のよたよたと走っていくその様子がおかしい、とでも言うように笑う。
やや色を抜いた彼女の髪は短くカットされて意味なく跳ねまくっている。だが軽い感じのするその髪型は彼女によく似合っている。原色が強い、身体にぴったりしたサマーニットは、小柄だがグラマーな胸を、短めのスカートはその下にすんなりと伸びる脚を強調していた。
ふと彼女は顔を上げる。待ち人来たり。
「やっほう、東風」
「珍しい所に呼び出すな、俺は目が痛いぞ、夏南子《かなこ》」
「たまにはいいでしょ? 何かピクニックみたいじゃない」
「お前の言う台詞じゃないな」
東風は彼女の隣に座る。あらそお? と夏南子と呼ばれた彼女は片方の眉を上げると、残った豆を一気にばらまいた。
「朱夏ちゃんは元気? あたしあの子をよこさせてって言ったじゃない?」
「元気だよ。昨夜も聞いておいて何だ?」
「むさ苦しい野郎よりも、可愛い女の子の方がお使いだったら嬉しいじゃなーい」
「あのなあ…… 別の用事があるのを思い出したんだよ。夕方からB・Bの方」
「あらら」
残念、と彼女はつぶやく。
「そんなにあそこに関係者、集まるようになっちゃったのかしら。いくら緩衝地帯って言ったってねえ」
「いや、今日は単なる昨日の仕事の続き。今度の満月とは全く関係ない。ちょっと渡し忘れがあったものがあったから」
「今度の満月、ね」
夏南子は表情を引き締める。
「誰があんなモノ、持ち込もうとしてるのかしら…… そのせいで何処の組織も会社もてんやわんやだって言うわよ」
「例の噂のことか?」
「そーよ。非合法ソフト。おまけにその情報の出所が全然はっきりしないから、どう手をつけていいものやら……」
「まあ俺には関係ないさ」
東風は軽く流す。
「そうよねあんたはそういう奴だわ。石橋を叩いても渡らないんだもの。面白味の無い奴!」
「家内制手工業なんだからな、あまりヤバい橋は渡りたくないだろ?」
「家内制手工業でもね、ウチは結構結構目をつけられてんのよ。自覚無い奴ってこうだから嫌」
「自覚くらいあるよ。だから大人しくしてるんだろ」
「裏」稼業をしている人間達は、お互いにその存在を知っていて、だが自分の、場所であれ職種であれ、テリトリーを侵害しあうことがない限り、そうそう手出しはしなかった。
した所で狭い都市の中、さほどの利益もないのだ。下手に転べば共倒れとなる。
「レプちゃんをほいほい改造できる奴が言っちゃいけないわよ。あんたに目ぇ付けてる連中、本当は『OS』の闇業者と渡りつけて単品高価なアレにも手ぇ出したいんだけど、あいにくあんたと違って、そのへんのコトよく判ってる連中がいないから手を出せないのよ」
「そりゃ単に専門外ってことでしょ。人にはそれぞれ役割ってものがあるんだし。…おかげでウチは結構楽だけどな」
彼は、この都市、こんなところで自分の専攻が役に立つとは思ってもみなかった。
もともとコンピュータ関係は得意分野だったが、レプリカまで自分が何とかできるようになってしまうなぞ、十年前には考えもしなかったのである。きっかけも自主的なものではない。
レプリカ――― レプリカントというのは、数年前から実用化された「人間もどき」である。
その開発の裏には、その脳に使われる素材である「半液体状記憶素子」、通称HLMの発見ということがあったのだが、まあそれはここで語るべきことではない。
ただ、HLMはそれまでのコンピュータとは違っていた。それを「人間もどき」の脳に使うことによって、「もどき」はより人間らしいものにと進化していったのである。
彼は、裏稼業にそのレプリカのチューナーをしていた。HLMの調整をして、レプリカントの性格付けや、機能拡大を専門にする者である。
チューナー稼業をしている人間は現在都市内では多くはない。そして相互連帯関係が整っている。
彼が所属しているのは、その集団の一つである。規模は小さい。夏南子はチューナーではないが、彼の仲間の一人である。
「ま、今回は高見の見物といこうか」
「は。あんたのそういう所、嫌い」
彼女は頬杖をつきながら横目で東風を見る。
「なら縁切ろうか。別に俺はいーよ」
「あほ」
頭を叩いたら、すこんといい音がした。
だが一方がゴーストビルの一室でたむろしているのに対し、その集団は、太陽の下にいた。
「TM」には大きな公園がある。
公園内には、二つの大きなホール―――「公会堂」と「ワーカーズホール」と呼ばれている――― と、図書館がある。
また入り口には古めかしい作りの噴水塔があり、この都市の人々に昔から親しまれている。
珍しいタイプだった。
現在では下から水を勢いよく吹き出すタイプが普通であるのに対して、その噴水塔は、塔の中で水が押し上げられ、皿からこぼれ落ちるという形を取っていた。
皿の周りの装飾からして、百年近く昔に作られたものであることは間違いなかった。
都市が切り離されるまでは、この噴水塔は夜になると下側面からライトアップされ、その優雅な姿を美しく市民の目にさらしていた。
現在はそのようなことはされることはない。
初夏の陽射しはそんな噴水塔にも照りつけ、白っぽい石に反射して光をあたりに容赦なく振りまく。
その噴水塔の水枠のへりに女が一人座って、近くに寄ってくる鳩をからかっていた。
彼女は鳩豆をぽろぽろと自分の周りに撒くが、時々遠くに飛ばしては、鳩のよたよたと走っていくその様子がおかしい、とでも言うように笑う。
やや色を抜いた彼女の髪は短くカットされて意味なく跳ねまくっている。だが軽い感じのするその髪型は彼女によく似合っている。原色が強い、身体にぴったりしたサマーニットは、小柄だがグラマーな胸を、短めのスカートはその下にすんなりと伸びる脚を強調していた。
ふと彼女は顔を上げる。待ち人来たり。
「やっほう、東風」
「珍しい所に呼び出すな、俺は目が痛いぞ、夏南子《かなこ》」
「たまにはいいでしょ? 何かピクニックみたいじゃない」
「お前の言う台詞じゃないな」
東風は彼女の隣に座る。あらそお? と夏南子と呼ばれた彼女は片方の眉を上げると、残った豆を一気にばらまいた。
「朱夏ちゃんは元気? あたしあの子をよこさせてって言ったじゃない?」
「元気だよ。昨夜も聞いておいて何だ?」
「むさ苦しい野郎よりも、可愛い女の子の方がお使いだったら嬉しいじゃなーい」
「あのなあ…… 別の用事があるのを思い出したんだよ。夕方からB・Bの方」
「あらら」
残念、と彼女はつぶやく。
「そんなにあそこに関係者、集まるようになっちゃったのかしら。いくら緩衝地帯って言ったってねえ」
「いや、今日は単なる昨日の仕事の続き。今度の満月とは全く関係ない。ちょっと渡し忘れがあったものがあったから」
「今度の満月、ね」
夏南子は表情を引き締める。
「誰があんなモノ、持ち込もうとしてるのかしら…… そのせいで何処の組織も会社もてんやわんやだって言うわよ」
「例の噂のことか?」
「そーよ。非合法ソフト。おまけにその情報の出所が全然はっきりしないから、どう手をつけていいものやら……」
「まあ俺には関係ないさ」
東風は軽く流す。
「そうよねあんたはそういう奴だわ。石橋を叩いても渡らないんだもの。面白味の無い奴!」
「家内制手工業なんだからな、あまりヤバい橋は渡りたくないだろ?」
「家内制手工業でもね、ウチは結構結構目をつけられてんのよ。自覚無い奴ってこうだから嫌」
「自覚くらいあるよ。だから大人しくしてるんだろ」
「裏」稼業をしている人間達は、お互いにその存在を知っていて、だが自分の、場所であれ職種であれ、テリトリーを侵害しあうことがない限り、そうそう手出しはしなかった。
した所で狭い都市の中、さほどの利益もないのだ。下手に転べば共倒れとなる。
「レプちゃんをほいほい改造できる奴が言っちゃいけないわよ。あんたに目ぇ付けてる連中、本当は『OS』の闇業者と渡りつけて単品高価なアレにも手ぇ出したいんだけど、あいにくあんたと違って、そのへんのコトよく判ってる連中がいないから手を出せないのよ」
「そりゃ単に専門外ってことでしょ。人にはそれぞれ役割ってものがあるんだし。…おかげでウチは結構楽だけどな」
彼は、この都市、こんなところで自分の専攻が役に立つとは思ってもみなかった。
もともとコンピュータ関係は得意分野だったが、レプリカまで自分が何とかできるようになってしまうなぞ、十年前には考えもしなかったのである。きっかけも自主的なものではない。
レプリカ――― レプリカントというのは、数年前から実用化された「人間もどき」である。
その開発の裏には、その脳に使われる素材である「半液体状記憶素子」、通称HLMの発見ということがあったのだが、まあそれはここで語るべきことではない。
ただ、HLMはそれまでのコンピュータとは違っていた。それを「人間もどき」の脳に使うことによって、「もどき」はより人間らしいものにと進化していったのである。
彼は、裏稼業にそのレプリカのチューナーをしていた。HLMの調整をして、レプリカントの性格付けや、機能拡大を専門にする者である。
チューナー稼業をしている人間は現在都市内では多くはない。そして相互連帯関係が整っている。
彼が所属しているのは、その集団の一つである。規模は小さい。夏南子はチューナーではないが、彼の仲間の一人である。
「ま、今回は高見の見物といこうか」
「は。あんたのそういう所、嫌い」
彼女は頬杖をつきながら横目で東風を見る。
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