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第43話 「天使種は閉ざされた所で爆破するのが一番簡単だろう!」

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 雑貨屋の店の棚から、様々なものが一斉に転がり出す。缶詰が転がる。本が飛び出す。瓶詰めのソーダが割れて赤い染みを作る。小麦粉の袋詰めが、何かの拍子に裂けて、辺りを白く染める。転がりだした卵が、床に奇妙な模様を描く。
 ……ひどい音だ、と鷹はにやりとしながら手のひらを額に当てる。そして、その中心に自分の相棒の姿を見つけた。
 蜘蛛の巣、という言葉が彼の頭をよぎる。
 腰くらいの長さで編まれていた髪は、その瞬間、辺りのあらゆるものという物に絡まり、引き上げ、……そして落とした。
 それだけのことなのだが、鷹はちら、とかつての戦友を見る。ホッブスは頭を抱え、うぉぉ、と声を上げていた。

「どうしたの?」

 オリイは髪を長く伸ばしたまま、ふっとホッブスの方を見る。

「……しゃ、しゃべれるのか……」
「あいにく、喋れるんだよ」
「貴様、堕ちたな!」

 ホッブスは鷹に向かって叫ぶ。

「堕ちた、ね」

 なるほど、そういう言い方をする訳か、と鷹は妙に納得する。

「そう言いたければ言えばいいさ。それよりこれは何だ?」

 彼はそう言いながら一つの樽のフタを拳で突き破った。そのまま思い切り蹴り倒す。ごとん、と音を立てて転がった樽からは、がらがらと銃が滑り出した。

「……最新式の、コルノー型か」

 彼はその一つを拾い上げ、状態を確かめるとふらり、と銃身を上げた。そしてその銃口をホッブスに向ける。

「武器取引くらい今でもするだろう?」
「ずいぶん新しいね」
「常に新作を仕入れておくのは商人の基本だろう!」

 ふふん、と笑って、鷹はもう一つの樽を蹴り倒した。ざらざらと時限発火式の爆弾がその中から何セットも転がり出す。

「これは、余りじゃないのか?」

 そう訊ねた時だった。
 ホッブスの巨体が一瞬視界から消えた。床に転がった銃の一つを取り、そのまま不安定な体勢のまま、セーフティを解除し、彼に向かって引き金をひいた。
 鷹は反射的に飛び上がっていた。吊り電灯に片手で掴まると、空いた方の手で、数回続けて引き金を引く。ホッブスはくるくる、と器用に床の上を転がると、それまでの如何にも老境に差し掛かった様な態度は何処か、一度反動をつけると勢い良く立ち上がった。
 がしゃん、と棚の薬瓶が、音を立てて弾けた。

「やっぱりあの時殺っておけば良かったんだ!」

 ホッブスは叫ぶ。そしてその銃の照準が素早くオリイに向けられた時、鷹は身体を大きく振って、反動を付け、ホッブスに蹴りかかった。
 うぐ、と声を立てて、巨体が床に沈められる。片方の足で身体を、片方の手で喉を押さえ込み、そしてもう片方の手にしている銃で口に濃厚なキスを加える。かたかた、と歯が金属に当たる音が聞こえてくる。

「あの爆弾は、何処に仕掛けるためのものだ?」

 ホッブスは溜まってくる唾液をぬぐうこともできずに、首を横に振った。

「ああこれじゃ喋れないよな」

 銃口を引き抜くと、ついた唾液もそのままに、それを相手の額にぴたりと当てる。

「言ってみろ、言え」

 へっ、とホッブスは口元に笑みわほ浮かべた。こいつは困る、と鷹は思った。こういう笑いをこの状況でするということは。

「オリイ!」

 ふら、と相棒は髪を大きく辺りから引き上げると、彼の側に近寄り、なあに、と問いかける。

「この強情なおじさんに一つお仕置きをしてやってくれない?」
「まずそう」

 まあそう言わずに、と鷹は体勢一つ変えずにうながす。

「しかたないね」

 オリイはそうつぶやくと、とりあえずの様にざっととりまとめた髪の一束から手を離した。途端にその髪は、相棒が押さえつけている昔なじみの首にゆっくりと絡まり始める。

「や……」

 ホッブスは悲鳴を上げた。よく見ると、オリイの髪が触れている所が急速に赤く腫れつつあった。

「ドライフラワーになるかい? ホッブス。いや君だったら、いいところジャーキーだ。サラミソーセージだ。それにしては元の死亡が多いから、出来はよくないかもしれないぜ」
「や、やめろ…… 止めてくれ!」

 するする、とオリイの髪は次第に力を増して行く。

「止めろ! 止めてくれ! 話す、何でも話すから……」
「……最初からそう言えばいいのに」

 鷹はそう言いながら、銃を外し、よっ、とホッブスの身体を起きあがらせた。そして髪を外しながら、オリイはぼそっと言った。

「時間のむだ」

 髪を外した首は、一面真っ赤になって。何なんだ、とそれを見て鷹は思う。そしてふと髪の一房を掴んで、くるくると指に巻く。別段手には異常はない。何してるの、という顔で、オリイはくっ、と首を傾げる。髪がそこからするり、と抜けた。

「本当のことを、話せよホッブス。よぉく判ったろ? 俺達はお前を殺すことくらいいつだってできるんだ」
「……糞!」

 ちっ、と口を拭いながらホッブスは小さく叫んだ。

「で、爆薬を何処に仕掛けたんだ?」
「言ったところで、もう手遅れだと思うがな」

 鷹は相棒の方をちら、と見た。相棒の髪はいつでも準備ができている様だった。

「手遅れかどうかは、俺達が決めるよ。さっさと言えよ」
「……貫天楼だ」

 何、と鷹は思わず問い返す。

「貫天楼、だって?」
「そうだ、貫天楼だ」
「何故そこなんだ。何もそこで無くても、効果的な…… いや、じゃ別のことを聞こうか。何で、仕掛けた」
「理由か。理由なんて簡單だ! 我々は、奴らが憎い。今でも憎い。俺はお前が嫌いだ。天使種が嫌いだ。天使種が憎い。だがお前を俺は知っている。そう簡單に死なないのを知っている。だとしたら、閉ざされた所で爆破するのが一番簡単だろう!」

 ああもっともだ、と鷹は思う。天使種を卓実に殺すなら、首を落とすか、爆破が一番簡単なのだ。

「貫天楼の、何処だ?」

 理由をあれこれ聞くのを彼は止めた。また聞いた所で仕方が無い、というのもあった。確かにホッブスは自分と戦地で戦っていた頃も天使種を毛嫌いしてはいた。だがそこに憎しみがあったか、というとやや疑わしい。あくまで違和感の続きの嫌悪感だった様な気がする。
 だがこの今眼の前にいる元戦友はも、明らかに、天使種自体を憎んでいる様だった。
 何が起きたのかは知らない。年寄りの偏屈がそうさせたのかもしれない。だがそれは自分の知る所ではないのだ。知って何ができる訳でもない。またする気も無い。それこそオリイの言うとおり「時間のむだ」なのだ。

「もう一度聞こうか。貫天楼の、何処だ?」

 彼は答えないホッブスに重ねて訊ねる。はははは、と相手の口が大きく開いた。

「わしゃ知らん。わしゃ知らんよ! わしの役目はここまでだ。取り付けるのは別の奴がやるさ。わしは知らん。知らんよ!」
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