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第21話 シェドリス・Eという人間の消息
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『何でだろ』
とオリイは首をかしげる。
確かにそうだ、と鷹も思う。D伯くらいの勢力のある家だったら、数多い子供や庶子にはそれぞれウェストウェスト星域の中に分家を作ってやったところで大した問題ではないだろう。失踪か、誘拐か、それとも……
いかんな、と鷹は軽く頭を振る。やっぱりあまりいい想像ができない。楽観視ばかりするのは決して良いことではないが、悪い想像ばかりしてしまうというのは、気分が滅入っている証拠だ。
「現在の」シェドリスがウェストウェスト星域に出現するのは、5年前だった。シェドリス・Eという人間の消息は、6年間全く空白なのである。
外見的特徴、DNAまで行かずとも、血液型の一致程度の類似があれば、なりすますのも不可能ではないだろう、と鷹は思った。
「問題は、結局、何で彼が、シェドリスをわざわざ名乗っているか、か……」
『サーティン氏は知っているの?』
「彼が、本物かどうかということ?」
オリイはうなづく。
「さてそこだ。さっきから俺も思ってるんだけど、どうも俺としては、『知ってる』ほうに軍配が上がってる。彼が偽物ということをさ」
そしてそうすると、と鷹は思考を進める。
「すると、彼を動かしているのは、サーティン氏だ、ということも考える訳だ」
『何で』
「一足飛びに聞かないように。さてそこがよく判らないんだから。だからオリイ、ディックによくくっついてるんだよ?」
わかった、と言うようにオリイはうなづく。
と、その時不意にフォーンの呼び出し音が部屋内に響いた。マルタだ、と鷹はその音から発信人を聞き分ける。立ち上がり、受信機のボタンを押すと、ふっとそこに彼女の画像が浮かび上がる。
「久しぶり」
『元気だった? 鷹。前に言われた情報を送るわよ』
彼女の言葉に続いて、オリイが眺めていた端末がぽん、と音を立てる。
「ありがとう。相変わらず綺麗だね」
『また何言ってるの。それより、マリーヤからの伝言よ。今回は、別にいざとなったら引き入れなくてもいいから、って』
へえ、と鷹は乾いた声を返す。引き入れなくてもいい、は、いざとなったら殺せ、の言い換えだ。つまり、今回の対象には、さほどの価値を花園の園主は持ってはいないらしい。
この花園の園主に関しても、謎な点は多い。そもそもどうして、天使種以外の彼女が、わざわざ天使種の…… しかも「やんごとない」、かつては「偉大なる」と形容された第1世代と結婚し、数年で別れたのか。そして別れてからのちも、その夫だった男を背後に、こんな、逃走する天使種の手助けのようなことをするのか。
彼女にメリットは、無い筈だと思う。
「OK、それは少し気が楽になる」
鷹は両手を広げる。
『でも気を付けてちょうだいよ』
「あ、心配してくれるの?」
『何言ってんのよ。で、他に送る情報はない?』
「ああ、シェドリス・Eの母親に関する情報が欲しいんだけど」
『母親?』
「あれから俺も調べてみたんだけどね、そもそものシェドリスってのは、母親と離れてD伯の所へ行ってる訳じゃない。とすると、母親は、まだこの街に残っている可能性はあるんじゃないかな」
『判ったわ、探してみましょ。他は?』
「今のところはいいよ。あ、マルタ、今日送ってくれた中には、こないだ言ったこと、全部入ってる訳?」
『調べられる範囲でね。……今回はちょっと苦労したわよ。何でいきなりそんなこと聞くのかって思ったわね』
少しばかりの間、沈黙が画面のこちら側と向こう側に流れた。それを破ったのは、マルタの方だった。組んだ手を、顔の前に上げて、軽く目を伏せる。
『何で、あんなことを、あなた知りたいの?』
「必要だと、思ったからね」
『必要。そう、必要だと思ったのね。つまり、そういうことなの?』
鷹はすぐには答えなかった。マルタはそんな彼の様子を少しの間うかがっていたが、やがて同じ言葉を繰り返した。
『そうなのね?』
「そうだ、と言ったら?」
『あなた、私にどう答えさせたいの?』
「別に何も」
『そうやって、逃げるのよね、いつも』
「マルタ?」
『まあいいわ。なるべく速く情報は集めるから』
ふっ、とスクリーンが目の前から消滅する。彼女は次の言葉も待たずに通信を切った。
とん、と背中をつつく感覚に、彼は振り返る。どうする?とオリイは端末を指す。送られてきた情報を見ても構わないのか、と訊ねているのだ。
「ああ、ちょっと待って。俺確認したいことがあるから」
オリイは二、三度うなづくと、肩越しにぐっと鷹の手を取り、いきなり「遊園地」と書き込んだ。
「遊園地? 遊園地がどうしたの?」
『行きたい』
へ? と鷹はさすがに驚いて、思わず身体ごと振り返っていた。
「あのねオリイ、ここがブレイ・パァクのコロニーだったのは昔のことで」
『でも、行きたい』
こう言い出したら相棒が聞かないということは、鷹もよく知っていた。昔からそうだったのだ。大概のことは大人しく聞き入れるのに、オリイは時々ひどく強情になる。
それが逃走中の、生命や行動に危険が伴う時だったらともかく、オリイはちゃんとそうでない時を見計らって言うので、止める理由が鷹には見つからない。
しかもその強情なまでの望みというのが、「このキネマ面白そうだから見よう」「こういう類の店に入ったことないから入ってみたい」程度のものだから、なおさらである。鷹は仕方ないね、という言葉とともに、それにつき合ってしまうのだ。何故なら、オリイの言葉に絡まっているのは、「だから連れてって」という一言なのだから。
とオリイは首をかしげる。
確かにそうだ、と鷹も思う。D伯くらいの勢力のある家だったら、数多い子供や庶子にはそれぞれウェストウェスト星域の中に分家を作ってやったところで大した問題ではないだろう。失踪か、誘拐か、それとも……
いかんな、と鷹は軽く頭を振る。やっぱりあまりいい想像ができない。楽観視ばかりするのは決して良いことではないが、悪い想像ばかりしてしまうというのは、気分が滅入っている証拠だ。
「現在の」シェドリスがウェストウェスト星域に出現するのは、5年前だった。シェドリス・Eという人間の消息は、6年間全く空白なのである。
外見的特徴、DNAまで行かずとも、血液型の一致程度の類似があれば、なりすますのも不可能ではないだろう、と鷹は思った。
「問題は、結局、何で彼が、シェドリスをわざわざ名乗っているか、か……」
『サーティン氏は知っているの?』
「彼が、本物かどうかということ?」
オリイはうなづく。
「さてそこだ。さっきから俺も思ってるんだけど、どうも俺としては、『知ってる』ほうに軍配が上がってる。彼が偽物ということをさ」
そしてそうすると、と鷹は思考を進める。
「すると、彼を動かしているのは、サーティン氏だ、ということも考える訳だ」
『何で』
「一足飛びに聞かないように。さてそこがよく判らないんだから。だからオリイ、ディックによくくっついてるんだよ?」
わかった、と言うようにオリイはうなづく。
と、その時不意にフォーンの呼び出し音が部屋内に響いた。マルタだ、と鷹はその音から発信人を聞き分ける。立ち上がり、受信機のボタンを押すと、ふっとそこに彼女の画像が浮かび上がる。
「久しぶり」
『元気だった? 鷹。前に言われた情報を送るわよ』
彼女の言葉に続いて、オリイが眺めていた端末がぽん、と音を立てる。
「ありがとう。相変わらず綺麗だね」
『また何言ってるの。それより、マリーヤからの伝言よ。今回は、別にいざとなったら引き入れなくてもいいから、って』
へえ、と鷹は乾いた声を返す。引き入れなくてもいい、は、いざとなったら殺せ、の言い換えだ。つまり、今回の対象には、さほどの価値を花園の園主は持ってはいないらしい。
この花園の園主に関しても、謎な点は多い。そもそもどうして、天使種以外の彼女が、わざわざ天使種の…… しかも「やんごとない」、かつては「偉大なる」と形容された第1世代と結婚し、数年で別れたのか。そして別れてからのちも、その夫だった男を背後に、こんな、逃走する天使種の手助けのようなことをするのか。
彼女にメリットは、無い筈だと思う。
「OK、それは少し気が楽になる」
鷹は両手を広げる。
『でも気を付けてちょうだいよ』
「あ、心配してくれるの?」
『何言ってんのよ。で、他に送る情報はない?』
「ああ、シェドリス・Eの母親に関する情報が欲しいんだけど」
『母親?』
「あれから俺も調べてみたんだけどね、そもそものシェドリスってのは、母親と離れてD伯の所へ行ってる訳じゃない。とすると、母親は、まだこの街に残っている可能性はあるんじゃないかな」
『判ったわ、探してみましょ。他は?』
「今のところはいいよ。あ、マルタ、今日送ってくれた中には、こないだ言ったこと、全部入ってる訳?」
『調べられる範囲でね。……今回はちょっと苦労したわよ。何でいきなりそんなこと聞くのかって思ったわね』
少しばかりの間、沈黙が画面のこちら側と向こう側に流れた。それを破ったのは、マルタの方だった。組んだ手を、顔の前に上げて、軽く目を伏せる。
『何で、あんなことを、あなた知りたいの?』
「必要だと、思ったからね」
『必要。そう、必要だと思ったのね。つまり、そういうことなの?』
鷹はすぐには答えなかった。マルタはそんな彼の様子を少しの間うかがっていたが、やがて同じ言葉を繰り返した。
『そうなのね?』
「そうだ、と言ったら?」
『あなた、私にどう答えさせたいの?』
「別に何も」
『そうやって、逃げるのよね、いつも』
「マルタ?」
『まあいいわ。なるべく速く情報は集めるから』
ふっ、とスクリーンが目の前から消滅する。彼女は次の言葉も待たずに通信を切った。
とん、と背中をつつく感覚に、彼は振り返る。どうする?とオリイは端末を指す。送られてきた情報を見ても構わないのか、と訊ねているのだ。
「ああ、ちょっと待って。俺確認したいことがあるから」
オリイは二、三度うなづくと、肩越しにぐっと鷹の手を取り、いきなり「遊園地」と書き込んだ。
「遊園地? 遊園地がどうしたの?」
『行きたい』
へ? と鷹はさすがに驚いて、思わず身体ごと振り返っていた。
「あのねオリイ、ここがブレイ・パァクのコロニーだったのは昔のことで」
『でも、行きたい』
こう言い出したら相棒が聞かないということは、鷹もよく知っていた。昔からそうだったのだ。大概のことは大人しく聞き入れるのに、オリイは時々ひどく強情になる。
それが逃走中の、生命や行動に危険が伴う時だったらともかく、オリイはちゃんとそうでない時を見計らって言うので、止める理由が鷹には見つからない。
しかもその強情なまでの望みというのが、「このキネマ面白そうだから見よう」「こういう類の店に入ったことないから入ってみたい」程度のものだから、なおさらである。鷹は仕方ないね、という言葉とともに、それにつき合ってしまうのだ。何故なら、オリイの言葉に絡まっているのは、「だから連れてって」という一言なのだから。
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