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22 子爵夫人との最後のお茶①
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「ところで学校の方はどうなの?」
「そうですね、順調ですよ」
メイドの運んできた茶に口をつけながら、俺は当たり障りのない言葉を発した。
「けどそろそろ医者の勉強は止して、経営一本にして欲しいものね。弟と同じ様なことをしているのを見ていると、歯がゆくてたまらないわ」
「母上は」
この言葉を口にする都度、ぞわぞわとしたものが背中に走る。
俺の母は亡くなった母さんだけだ!
心の中ではいつもその言葉を隠している。
「何?」
「サンパスの父のことが嫌いだったのですか?」
「弟ですもの。嫌いじゃないわ。けど理解ができないと言っています。何だっ
て医者などに」
「領民の健康を気遣う仕事は素晴らしいものだと思いますが?」
そう。
貴族――特に領地を持つ者には、権利と義務がきちんとある。
領民ができるだけ不自由無く暮らせる様にするのもその一つだ。
男爵家にしても経営自体は未だ祖父が取り仕切っている。
その体制は父の代にも安定したものだろう。
祖父は元々その辺りは優秀な方なのだ。
だから父は領民の健康管理に専念している。
領民が健康であることが、引いては領地のより良い運営につながるのだから。
「割に合わないと言っているのです」
「割に、ですか。では母上にとっての貴族の義務とは何ですか」
「無論貧民への奉仕活動でしょう。それが最も分かり易く評判が良いではないですか」
「根本的解決にはなっていませんよ」
「お黙り。根本的解決? あの者達に下手に出たら、ただ食い潰されるだけです。生かさず殺さずというのが私達にとっての、あれらの使い道でしょう」
「なるほど」
俺は夫人のカップの中を見た。
半ば無くなりかけている。
「ところで母上、既にお茶が冷めているのではありませんか?」
「……ああ、そう。気の利く子ね」
「そう言えばお天気の方は大丈夫ですか?」
どうかしら、と夫人は視線を窓の外に移す。
パーティは外にも会場を作る予定だ。
曇りや雨はあまり喜ばしくない。
彼女は窓の外に目線をやる。
俺はお茶帽子の下のポットを取り出し、夫人のカップを引き寄せる。
ポケットの中の小瓶には、スポイトを兼ねた蓋がされていた。
俺はそれを手の中に入れ、カップの中に液体を押し出した。
「雲は少しあるけれど、晴れることは間違いないのではないかしら」
「そうですか、どうぞ」
「ありがとう」
彼女はあらためて茶に口をつける。
やや濃くなったそれは混入された異物の味を判らなくさせる。
彼女が飲みきったあたりで、俺は当たり障りの無い話を幾つか挙げた。
アラミューサ嬢は賢い人だ、とか、きっと明日の装いは素晴らしいものでしょうね、とか。
そうこうしているうちに、少しばかり夫人の視線がふらついてきだした。
そこで俺は問いかけた。
「ところで、何故母のことが嫌いだったんですか」
「そうですね、順調ですよ」
メイドの運んできた茶に口をつけながら、俺は当たり障りのない言葉を発した。
「けどそろそろ医者の勉強は止して、経営一本にして欲しいものね。弟と同じ様なことをしているのを見ていると、歯がゆくてたまらないわ」
「母上は」
この言葉を口にする都度、ぞわぞわとしたものが背中に走る。
俺の母は亡くなった母さんだけだ!
心の中ではいつもその言葉を隠している。
「何?」
「サンパスの父のことが嫌いだったのですか?」
「弟ですもの。嫌いじゃないわ。けど理解ができないと言っています。何だっ
て医者などに」
「領民の健康を気遣う仕事は素晴らしいものだと思いますが?」
そう。
貴族――特に領地を持つ者には、権利と義務がきちんとある。
領民ができるだけ不自由無く暮らせる様にするのもその一つだ。
男爵家にしても経営自体は未だ祖父が取り仕切っている。
その体制は父の代にも安定したものだろう。
祖父は元々その辺りは優秀な方なのだ。
だから父は領民の健康管理に専念している。
領民が健康であることが、引いては領地のより良い運営につながるのだから。
「割に合わないと言っているのです」
「割に、ですか。では母上にとっての貴族の義務とは何ですか」
「無論貧民への奉仕活動でしょう。それが最も分かり易く評判が良いではないですか」
「根本的解決にはなっていませんよ」
「お黙り。根本的解決? あの者達に下手に出たら、ただ食い潰されるだけです。生かさず殺さずというのが私達にとっての、あれらの使い道でしょう」
「なるほど」
俺は夫人のカップの中を見た。
半ば無くなりかけている。
「ところで母上、既にお茶が冷めているのではありませんか?」
「……ああ、そう。気の利く子ね」
「そう言えばお天気の方は大丈夫ですか?」
どうかしら、と夫人は視線を窓の外に移す。
パーティは外にも会場を作る予定だ。
曇りや雨はあまり喜ばしくない。
彼女は窓の外に目線をやる。
俺はお茶帽子の下のポットを取り出し、夫人のカップを引き寄せる。
ポケットの中の小瓶には、スポイトを兼ねた蓋がされていた。
俺はそれを手の中に入れ、カップの中に液体を押し出した。
「雲は少しあるけれど、晴れることは間違いないのではないかしら」
「そうですか、どうぞ」
「ありがとう」
彼女はあらためて茶に口をつける。
やや濃くなったそれは混入された異物の味を判らなくさせる。
彼女が飲みきったあたりで、俺は当たり障りの無い話を幾つか挙げた。
アラミューサ嬢は賢い人だ、とか、きっと明日の装いは素晴らしいものでしょうね、とか。
そうこうしているうちに、少しばかり夫人の視線がふらついてきだした。
そこで俺は問いかけた。
「ところで、何故母のことが嫌いだったんですか」
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