9 / 28
8 「家族写真」に入れられなかった母
しおりを挟む
向き不向き。
そう言えば本当に芯からそれを考えたことが無かった。
俺は医者に本当に向いているのか?
それとも子爵家をそのまま継ぐ方がいいのか?
そこで考えた。
実父に会いに行って話を聞いてみよう、と。
俺は父の居場所をこの時知らなかった。
実家に聞くのははばかられたので、祖父母に聞くことにした。
久しぶりの祖父母の館は随分と閑散としていた。
出てきたのは祖父だった。
彼とだけで顔を合わせるのはどれだけぶりだろう。
常に俺の相手をしたがったのは祖母の方だった。
「おや久しぶり」
「お久しぶりです。ずいぶんと今はこの館は静かですね。お出かけですか?」
「……」
祖父は口籠もった。
「どうしましたか?」
「ネイリアとトラディアを嫁に出して以来、あれは変わってしまってな」
「変わった?」
「そう。何と言うか、ぼんやりとすることが多くなってな」
言葉をぼかしているが、要は呆けてきた、と言いたいのだろう。
「昔あれは、お前の母親にずいぶんと酷いことをしてきたから、その辺りのことが今は結構ぶり返して反動が来ているらしい」
「え?」
祖父はメイドに茶を用意する様に言うと、自身は棚からアルバムを取り出した。
「見るがいい」
開いたのは、家族写真。
その中には赤ん坊を抱いたものもある。
「それはお前だ」
「え、でも」
何枚も何枚も貼られた「家族」写真。
その中にあのふんわりとしたあの姿、母は何処にもなかった。
「お祖父様…… これは」
「一応妻にはしたが、どうにもあれが、看護人風情を我が家の写真に収めるのは許さない、とな」
「……それだけですか?」
「具体的に何をしていたのか、儂には判らん。だが結果的にメアリが心を病んでしまった――お前も既に知っているのだろう?」
「……ええ。噂話からの類推ですが。母は自殺したのでしょう? メイド達がさえずっていました。バスタブで首の動脈を切ったと」
「その通り。医師の妻以前に、元々知識があったからこそ、メアリは何処を切れば一番早く出血多量で死ねるのか知っていた。女というものは男より血に強いが、それでも吹き出す血、ただでさえ白い琺瑯のバスタブだ、鮮やか過ぎるその色にメイド達は固まってしまって助けを呼ぶ時間が遅れた。メアリがそこまで計算していたかどうかはわからんが……」
「でもお祖父様、それでもそこまで看護人という気丈な者でないと勤まらない仕事をしていた女性が何故気を病むまで」
「さっきも言ったがアルゲート、儂にはその辺りは判らないのだよ」
「では父に聞けば判るのですね。そもそも今日俺は、今父が何処に居るのか聞きにきたのです。医師の仕事をこの目で見に」
祖父は目を細めて俺を見た。
「お前もそちらの道へ進もうと思うのか」
そしてレターペーパーを取り出すと、祖父はさらさらと、一つの住所を書き付けた。
「必ずしもそこに居るとは限らないが」
「判りました」
そう言えば本当に芯からそれを考えたことが無かった。
俺は医者に本当に向いているのか?
それとも子爵家をそのまま継ぐ方がいいのか?
そこで考えた。
実父に会いに行って話を聞いてみよう、と。
俺は父の居場所をこの時知らなかった。
実家に聞くのははばかられたので、祖父母に聞くことにした。
久しぶりの祖父母の館は随分と閑散としていた。
出てきたのは祖父だった。
彼とだけで顔を合わせるのはどれだけぶりだろう。
常に俺の相手をしたがったのは祖母の方だった。
「おや久しぶり」
「お久しぶりです。ずいぶんと今はこの館は静かですね。お出かけですか?」
「……」
祖父は口籠もった。
「どうしましたか?」
「ネイリアとトラディアを嫁に出して以来、あれは変わってしまってな」
「変わった?」
「そう。何と言うか、ぼんやりとすることが多くなってな」
言葉をぼかしているが、要は呆けてきた、と言いたいのだろう。
「昔あれは、お前の母親にずいぶんと酷いことをしてきたから、その辺りのことが今は結構ぶり返して反動が来ているらしい」
「え?」
祖父はメイドに茶を用意する様に言うと、自身は棚からアルバムを取り出した。
「見るがいい」
開いたのは、家族写真。
その中には赤ん坊を抱いたものもある。
「それはお前だ」
「え、でも」
何枚も何枚も貼られた「家族」写真。
その中にあのふんわりとしたあの姿、母は何処にもなかった。
「お祖父様…… これは」
「一応妻にはしたが、どうにもあれが、看護人風情を我が家の写真に収めるのは許さない、とな」
「……それだけですか?」
「具体的に何をしていたのか、儂には判らん。だが結果的にメアリが心を病んでしまった――お前も既に知っているのだろう?」
「……ええ。噂話からの類推ですが。母は自殺したのでしょう? メイド達がさえずっていました。バスタブで首の動脈を切ったと」
「その通り。医師の妻以前に、元々知識があったからこそ、メアリは何処を切れば一番早く出血多量で死ねるのか知っていた。女というものは男より血に強いが、それでも吹き出す血、ただでさえ白い琺瑯のバスタブだ、鮮やか過ぎるその色にメイド達は固まってしまって助けを呼ぶ時間が遅れた。メアリがそこまで計算していたかどうかはわからんが……」
「でもお祖父様、それでもそこまで看護人という気丈な者でないと勤まらない仕事をしていた女性が何故気を病むまで」
「さっきも言ったがアルゲート、儂にはその辺りは判らないのだよ」
「では父に聞けば判るのですね。そもそも今日俺は、今父が何処に居るのか聞きにきたのです。医師の仕事をこの目で見に」
祖父は目を細めて俺を見た。
「お前もそちらの道へ進もうと思うのか」
そしてレターペーパーを取り出すと、祖父はさらさらと、一つの住所を書き付けた。
「必ずしもそこに居るとは限らないが」
「判りました」
1
お気に入りに追加
220
あなたにおすすめの小説
結婚式の日に婚約者を勇者に奪われた間抜けな王太子です。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月10日「カクヨム」日間異世界ファンタジーランキング2位
2020年11月13日「カクヨム」週間異世界ファンタジーランキング3位
2020年11月20日「カクヨム」月間異世界ファンタジーランキング5位
2021年1月6日「カクヨム」年間異世界ファンタジーランキング87位

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。
【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!
宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。
そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。
慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。
貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。
しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。
〰️ 〰️ 〰️
中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。
完結しました。いつもありがとうございます!

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果
富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。
そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。
死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

【完結】婚約破棄されたので国を滅ぼします
雪井しい
恋愛
「エスメラルダ・ログネンコ。お前との婚約破棄を破棄させてもらう」王太子アルノーは公衆の面前で公爵家令嬢であるエスメラルダとの婚約を破棄することと、彼女の今までの悪行を糾弾した。エスメラルダとの婚約破棄によってこの国が滅ぶということをしらないまま。
【全3話完結しました】
※カクヨムでも公開中
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。

婚約破棄はこちらからお願いしたいのですが、創造スキルの何がいけないのでしょう?
ゆずこしょう
恋愛
「本日でメレナーデ・バイヤーとは婚約破棄し、オレリー・カシスとの婚約をこの場で発表する。」
カルーア国の建国祭最終日の夜会で大事な話があると集められた貴族たちを前にミル・カルーア王太子はメレアーデにむかって婚約破棄を言い渡した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる