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第18話 「そうだよ、あれは俺らしいよ」
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「あ、い、いいんですか? は、話の途中じゃ」
揺らされているので、上手く口が回らない。それに気付いて、マーティもようやく手を止める。
「ああいいんだよ。たまたま、ここで会ったから。トイレで会うなんて、臭い仲…… あ、俺のセンスって古い……」
「友達の話を、していたんですか?」
言いかけた親父ギャグはとりあえず無視し、ダイスは問いかける。肩から手を外すと、苦笑いしながら今度は頭をぽん、と叩いた。
「立ち聞きは、良くないぜ。ダイちゃん」
「立ち聞きって言うか…… たまたま聞こえてきたんですよ」
それで、入れなくなってしまったのだ。
「仲のいい友達が、居るんですね。お二人とも」
「ああ」
「お友達、アプフィールドさんの幼なじみなんですね」
ダイスは追求したくなる自分を感じていた。
「何だお前、何処から聞いてた?」
「長くは無いですよ。怒ってるか、ってところから」
「ああ」
マーティはうなづいた。
「ちょっとな。俺と友達が、周囲に思いっきりはめられたことがあってさ」
「はめられた」
「まあ、いい意味での『はめられた』になるのかな。ただ、それがきっかけで、友達としばらく俺は会えなくなったから、それをイリジャの奴は、気にしてるんだよ」
「ああ……」
何が何だかよくは判らないが。ダイスは思う。しかし、マーティがその「はめられた」内容自体についてはそう話したくは無いだろうことは、さすがに彼でも判る。
ただこの時のダイスは、少しばかりいつもと違っていた。
初の先発を命じられた期待と不安。ストンウェルの挑発。聞けるものなら聞いてみろ、と言わんばかりの。
「お友達は、長い付き合いなんですね。ドンパチやってたなんて、結構……」
「お前、今日は色々聞くねえ」
「俺が聞いては困る、ことですか?」
彼は思いきって聞いてみた。
しかしその思い切り、声に現れてしまったかもしれない。狭いトイレの壁に、ダイスの声がやや響いた。
「別に俺のことなんぞ聞いても、仕方ないだろ? 俺が何をやっていようが、今ここでベースボールやってるってことの方が大事だし」
「俺は」
ダイスは詰まった。それを見ると、マーティは困った様な顔で、柔らかそうな明るい髪の毛をかき上げる。
「ああそうか。お前は今年入ったから」
今年入ったから? だから何だと言うのだろう。
「テスト試合の時のことも、知らないんだよな」
「それは無論…… 知らない…… ですけど。だって……」
「そうだよな。俺達にわざわざ連盟のこと聞いたんだもんな」
それが、どうだと言うのだろう? ダイスは何か、もやもやしたものが胸の中に広がるのが判る。
「俺は」
だから、どう言ったものかよく判らないままに、とにかく彼は口を開いていた。
「だってマーティさんは、いつも自分のことについては、はぐらかすじゃないですか。俺が、ルーキーでペーペーだからって、……」
ダイスは一気に言う。確かにそれは彼の本心だった。
だがマーティはそれを聞いて、首を軽く傾けた。困っていることの方が強そうな苦笑。
だがダイスにしても、言ってしまったからには、引っ込みがつかない。
マーティは軽く目を伏せる。
「違うよ。別にお前がルーキーでペーペーだから、隠してる訳じゃあないさ」
「違うんですか?」
「違う。お前は俺なんかが同じ歳の頃より、ずっと速い球を投げる。キレもいい。いい投手だ。まあ、ただいいプロ投手かといえば、確かにルーキーでペーペーだけどな」
少しだけ、白い歯を見せる。
「だから、そういうことじゃない。そうじゃなくて」
何をどう言えばいいのか、迷っているようだった。誤魔化そうとしている訳ではなさそうなことに、ダイスは少しばかり胸が痛む。自分は良くないことを問いかけているのではないか、と。
その人の持つ、触れてはいけない部分に。
「でも、ストンウェルさんは知ってるんでしょう?」
そえ言うと、マーティの目が驚いた様に丸くなった。
「何でまた、そこで奴の名が出てくる?」
またあいつ、変なこと言ったのか、とマーティは口の中でぶつぶつとつぶやいた。
「まあ、俺に関して、確かに一番良く知ってるのは、奴だろうな。俺だって忘れている部分に関しては…… でもな、ダイス」
ちゃんづけ、ではない。彼は少し緊張する。
「そういう問題じゃあ、ないんだよ」
「って」
「お前は例の噂のことを気にしてるんだろ? 俺がある選手によく似てる、って奴」
「はい」
実際、ストンウェルのことを知ろうと、「Photo&Sports」のバックナンバーを漁っていたら、ダイスにもその人物は、容易に見つかった。
コモドドラゴンズ全盛期の、花形投手、「DD」。そのひとが、チームを万年ナンバー2リーグBクラスから、ナンバー1リーグ昇格へと導いたチームの救世主だった。
今のサンライズにも使われている青のユニフォームが、今より若いその姿に、良く似合っていた。
そっくり、じゃない。近くで接している者だったら誰でも判る。これは同一人物だ。
「そうだよ、あれは俺らしいよ」
「らしいって」
「俺はな、ダイス。ちょっとしたことがあって、自分が過去、何をどうやってきたか、がまだよく整理されていないんだよ。だからできるだけ言葉にしない。したくない。それだけなんだよ」
ダイスは数秒、その言葉の意味を考えて、動けなくなった。
どういう意味だ?
ぼうっと立ちつくす。
「じゃあまたな。しっかり出すもの、出して来いよ」
マーティは今度は肩をぽん、と叩くと、半分おどけた口調で言った。
だが言われた方は、言葉の意味が一気になだれ掛かってくるのに気付いた。
だって。
彼は思う。そんな有名選手が、どうしてアルクに居たんだ? 数年間ドンパチやってって、どうして?
確かにそういう土地柄ではあったけれど。
雑誌で見た「DD」と、ダイスの故郷、レーゲンボーゲンの惑星アルクがつながるのは、一瞬しかない。その時、何かがあった、ということだろうか。
だがそれ以上は、結局判らない。
そして本人も、それを「整理できていない」という。
ああやっぱり聞いてはいけないことだったのか。彼は自分の行動を後悔する。せずにはいられない。
やっぱり俺は、ただのベースボール馬鹿で、人の心の一つも判らない奴なんだ。
ここしばらくの考えまでもそこに絡まって、彼は自分の両肩に重いものがのしかかってくる様な気がしていた。
ともかくは、トイレだった。出すものは出していかないと。
そう言えば、と彼は思う。トイレも地方ごとに違うのだろうか、と。
なかなかに、「先生」が言っていた言葉の違い、というのは興味深いものがあったのは確かだった。ミュリエルが自分のところの実業学校の講師だったら、さぞどんな授業でも面白かったのにな、と彼はふと思う。
ふう、とポケットに突っ込んだタオルで手を拭き拭き、彼は再び練習場へと引き返そうとした。
すると、前方から、ジャガー氏がやってくる。女性と二人連れだった。
彼は先日の失態を思い出し、脇に避けると、軽く会釈した。しかし話に夢中になっているのか、彼等はダイスの姿には気付かずに、そのまま歩き去って行った。
だが。
……あれ?
彼は思わず振り返る。自分の耳に手をやる。
やせぎすのワールディ・ジャガー氏の右横には、彼の倍くらいの横幅の女性が居た。サーモンピンクのスーツを着て、肩くらいの濃い色の髪の毛。ほっぺたの肉が、横を向いた時に、丸く感じる。ヒールは低い。
ダイスは慌ててそれだけ記憶する。記憶しなくては、ならなかった。
あの声!
揺らされているので、上手く口が回らない。それに気付いて、マーティもようやく手を止める。
「ああいいんだよ。たまたま、ここで会ったから。トイレで会うなんて、臭い仲…… あ、俺のセンスって古い……」
「友達の話を、していたんですか?」
言いかけた親父ギャグはとりあえず無視し、ダイスは問いかける。肩から手を外すと、苦笑いしながら今度は頭をぽん、と叩いた。
「立ち聞きは、良くないぜ。ダイちゃん」
「立ち聞きって言うか…… たまたま聞こえてきたんですよ」
それで、入れなくなってしまったのだ。
「仲のいい友達が、居るんですね。お二人とも」
「ああ」
「お友達、アプフィールドさんの幼なじみなんですね」
ダイスは追求したくなる自分を感じていた。
「何だお前、何処から聞いてた?」
「長くは無いですよ。怒ってるか、ってところから」
「ああ」
マーティはうなづいた。
「ちょっとな。俺と友達が、周囲に思いっきりはめられたことがあってさ」
「はめられた」
「まあ、いい意味での『はめられた』になるのかな。ただ、それがきっかけで、友達としばらく俺は会えなくなったから、それをイリジャの奴は、気にしてるんだよ」
「ああ……」
何が何だかよくは判らないが。ダイスは思う。しかし、マーティがその「はめられた」内容自体についてはそう話したくは無いだろうことは、さすがに彼でも判る。
ただこの時のダイスは、少しばかりいつもと違っていた。
初の先発を命じられた期待と不安。ストンウェルの挑発。聞けるものなら聞いてみろ、と言わんばかりの。
「お友達は、長い付き合いなんですね。ドンパチやってたなんて、結構……」
「お前、今日は色々聞くねえ」
「俺が聞いては困る、ことですか?」
彼は思いきって聞いてみた。
しかしその思い切り、声に現れてしまったかもしれない。狭いトイレの壁に、ダイスの声がやや響いた。
「別に俺のことなんぞ聞いても、仕方ないだろ? 俺が何をやっていようが、今ここでベースボールやってるってことの方が大事だし」
「俺は」
ダイスは詰まった。それを見ると、マーティは困った様な顔で、柔らかそうな明るい髪の毛をかき上げる。
「ああそうか。お前は今年入ったから」
今年入ったから? だから何だと言うのだろう。
「テスト試合の時のことも、知らないんだよな」
「それは無論…… 知らない…… ですけど。だって……」
「そうだよな。俺達にわざわざ連盟のこと聞いたんだもんな」
それが、どうだと言うのだろう? ダイスは何か、もやもやしたものが胸の中に広がるのが判る。
「俺は」
だから、どう言ったものかよく判らないままに、とにかく彼は口を開いていた。
「だってマーティさんは、いつも自分のことについては、はぐらかすじゃないですか。俺が、ルーキーでペーペーだからって、……」
ダイスは一気に言う。確かにそれは彼の本心だった。
だがマーティはそれを聞いて、首を軽く傾けた。困っていることの方が強そうな苦笑。
だがダイスにしても、言ってしまったからには、引っ込みがつかない。
マーティは軽く目を伏せる。
「違うよ。別にお前がルーキーでペーペーだから、隠してる訳じゃあないさ」
「違うんですか?」
「違う。お前は俺なんかが同じ歳の頃より、ずっと速い球を投げる。キレもいい。いい投手だ。まあ、ただいいプロ投手かといえば、確かにルーキーでペーペーだけどな」
少しだけ、白い歯を見せる。
「だから、そういうことじゃない。そうじゃなくて」
何をどう言えばいいのか、迷っているようだった。誤魔化そうとしている訳ではなさそうなことに、ダイスは少しばかり胸が痛む。自分は良くないことを問いかけているのではないか、と。
その人の持つ、触れてはいけない部分に。
「でも、ストンウェルさんは知ってるんでしょう?」
そえ言うと、マーティの目が驚いた様に丸くなった。
「何でまた、そこで奴の名が出てくる?」
またあいつ、変なこと言ったのか、とマーティは口の中でぶつぶつとつぶやいた。
「まあ、俺に関して、確かに一番良く知ってるのは、奴だろうな。俺だって忘れている部分に関しては…… でもな、ダイス」
ちゃんづけ、ではない。彼は少し緊張する。
「そういう問題じゃあ、ないんだよ」
「って」
「お前は例の噂のことを気にしてるんだろ? 俺がある選手によく似てる、って奴」
「はい」
実際、ストンウェルのことを知ろうと、「Photo&Sports」のバックナンバーを漁っていたら、ダイスにもその人物は、容易に見つかった。
コモドドラゴンズ全盛期の、花形投手、「DD」。そのひとが、チームを万年ナンバー2リーグBクラスから、ナンバー1リーグ昇格へと導いたチームの救世主だった。
今のサンライズにも使われている青のユニフォームが、今より若いその姿に、良く似合っていた。
そっくり、じゃない。近くで接している者だったら誰でも判る。これは同一人物だ。
「そうだよ、あれは俺らしいよ」
「らしいって」
「俺はな、ダイス。ちょっとしたことがあって、自分が過去、何をどうやってきたか、がまだよく整理されていないんだよ。だからできるだけ言葉にしない。したくない。それだけなんだよ」
ダイスは数秒、その言葉の意味を考えて、動けなくなった。
どういう意味だ?
ぼうっと立ちつくす。
「じゃあまたな。しっかり出すもの、出して来いよ」
マーティは今度は肩をぽん、と叩くと、半分おどけた口調で言った。
だが言われた方は、言葉の意味が一気になだれ掛かってくるのに気付いた。
だって。
彼は思う。そんな有名選手が、どうしてアルクに居たんだ? 数年間ドンパチやってって、どうして?
確かにそういう土地柄ではあったけれど。
雑誌で見た「DD」と、ダイスの故郷、レーゲンボーゲンの惑星アルクがつながるのは、一瞬しかない。その時、何かがあった、ということだろうか。
だがそれ以上は、結局判らない。
そして本人も、それを「整理できていない」という。
ああやっぱり聞いてはいけないことだったのか。彼は自分の行動を後悔する。せずにはいられない。
やっぱり俺は、ただのベースボール馬鹿で、人の心の一つも判らない奴なんだ。
ここしばらくの考えまでもそこに絡まって、彼は自分の両肩に重いものがのしかかってくる様な気がしていた。
ともかくは、トイレだった。出すものは出していかないと。
そう言えば、と彼は思う。トイレも地方ごとに違うのだろうか、と。
なかなかに、「先生」が言っていた言葉の違い、というのは興味深いものがあったのは確かだった。ミュリエルが自分のところの実業学校の講師だったら、さぞどんな授業でも面白かったのにな、と彼はふと思う。
ふう、とポケットに突っ込んだタオルで手を拭き拭き、彼は再び練習場へと引き返そうとした。
すると、前方から、ジャガー氏がやってくる。女性と二人連れだった。
彼は先日の失態を思い出し、脇に避けると、軽く会釈した。しかし話に夢中になっているのか、彼等はダイスの姿には気付かずに、そのまま歩き去って行った。
だが。
……あれ?
彼は思わず振り返る。自分の耳に手をやる。
やせぎすのワールディ・ジャガー氏の右横には、彼の倍くらいの横幅の女性が居た。サーモンピンクのスーツを着て、肩くらいの濃い色の髪の毛。ほっぺたの肉が、横を向いた時に、丸く感じる。ヒールは低い。
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