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第15話 「そうそう『そんな好きなもの』が、順風満帆の中でやってこられる訳、普通は無いんだし」
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マーティの顔は笑顔に近かった。
しかし近いだけで、決して笑顔ではない。
それ以上は聞かないでくれ、という言葉が隠されているような気がして、ダイスは結局、突っ込んで聞くことはできなかった。
友達と言えば。彼はふと、実業学校時代の友達のことを思い出す。
故郷はサンライズの合宿所からは遠い。遠征もこうやって度々ある訳だから、そうそう会える訳ではない。ただ、時々通信は取る。
すると、友達はまずこう言うのだ。
「お前、好きなことやっていられていいなあ」
確かにそうだ、とダイスは思う。
彼は自分がそういう意味では幸せだ、と思っていた。実際、今のチームのメンツも、おおよそ好きだった。訳の判らない部分はまだまだあるけれど、好き嫌いとは別である。
判らない、にしたところで、単に彼自身、まだ理解できていないだけなんだ、と思っている。生きている年数が、人生経験が足りなさすぎる。
彼等はそれを良く知っているから、自分に何かと気を使ってくれているのだ、と彼は認識していた。
そのいい例がマーティであり、普段からかってばかりの様な、ストンウェルやテディベァルだったりするのだ。もっともテディベァルの場合、何も考えていない可能性もあったが……
ただ時々、得体の知れない不安の様なものが彼を襲っていた。
不安、と言うとやや言葉が違うかもしれない。
友達は彼にそうやって言う。好きなことが仕事にできていいな、と。確かに好きで、それが一番で、自分は幸運。
だけど。
一つの光景が、浮かび上がる。
そんな自分を見て、いつも彼女は悲しそうだった。
それも後で気付いたことだった。彼は結局、言われるまでずっと気付かなかった。
彼女に別れて欲しい、と言われるまで。
彼はその時ようやく、自分が、自分自身と野球のことしか目に入ってなかったことに気付いた。
それが悪い、とは言わない。彼女すらそれを口にはしなかった。ただこう言ったのだ。
「ダイスはそういうひとなのよね。だから仕方ないのよね。……でもそれじゃあ、私は耐えられないの」
だから別れてほしい、と言ったのだ。
正直、彼には寝耳に水、だった。
何の根拠もなく、自分は野球をして、彼女はそんな自分をグラウンドに見に来て。そんな日々が続くと思っていた。
だけどそう思っていたのは自分だけで。
彼女のことはとても好きだったのだけど。
気付かなかった自分が、野球のことしか考えられない自分が、何か人間として、おかしいのではないか、と、彼は思ってしまうのだ。
だから彼は、彼等に「どうして」球団に入ったのか、ということを聞かれた時、少しばかり困った。
少しばかり、ではある。
が、それは小さな棘にも似て、妙に気に掛かって、じくじくと痛み出す様なものだった。
*
「ストンウェルさん」
投げ込みの間だった。ダイスは少しのスキを見て、彼に話しかける。
「何」
ストンウェルは汗を拭きながら問い返した。
「昨日の朝の質問ですけど」
「昨日? 俺、何か言ったかなあ」
「や、皆に聞かれた奴なんですけど…… 何で球団に入ったか、って言うの」
ああそれ、と確実に忘れていた様な口調で、ストンウェルはうなづいた。バッグの中からドリンクを取り出すと、ストローで吸い出す。
「で、それが?」
「あれからちょっと考えてまして」
ふむふむ、とストンウェルはうなづく。
「俺は確かに、野球が好きで、……だから、スカウトが来た時に、飛びついたクチなんです」
ふうん、と相手は軽く受け流す。
「本当に、ただそれだけなんだけど…… それって、時々変なんじゃないかな、って」
「変?」
ストローから、口を離す。
「確かに、野球が好きなのは当然だけど…… そのために、俺、気が回らないことが多くて、何か気付かないことが多くて、……誰かを傷つけて」
はあ、とストンウェルは更に受け流した。ダイスはそんな相手の様子に気付かずに、顔を上げた。
「何か自分は人としてどっかおかしいのかな、って…… そうやって思うのって、おかしいですかね?」
「んー……」
ストンウェルは軽く目を伏せた。ぱぁんぱぁん、と周囲では、投げ込みの音が響いている。
「ま、な。おかしいって言えばおかしいし、別にそーでもないと言えば、そーでもないと、俺は思うけど」
「俺、本気で聞いてるんですよ?」
「俺だって本気よ、ダイス君や」
それじゃ、と言いかけると、ストンウェルはぱっ、と両手を胸の前で広げ、首を傾げた。
「あんなあダイス、何かに本当に本気になったら、誰かを傷つける可能性があるなんて、当たり前のことなの」
「そんな」
本当に当たり前、当然のことの様に言われて、ダイスは驚いた。そんなものなのか?
そんな彼の気持ちは露骨に表情に出たらしい。
「ったり前でしょ。そうそう『そんな好きなもの』が、順風満帆の中でやってこられる訳、普通は無いんだし」
しかし近いだけで、決して笑顔ではない。
それ以上は聞かないでくれ、という言葉が隠されているような気がして、ダイスは結局、突っ込んで聞くことはできなかった。
友達と言えば。彼はふと、実業学校時代の友達のことを思い出す。
故郷はサンライズの合宿所からは遠い。遠征もこうやって度々ある訳だから、そうそう会える訳ではない。ただ、時々通信は取る。
すると、友達はまずこう言うのだ。
「お前、好きなことやっていられていいなあ」
確かにそうだ、とダイスは思う。
彼は自分がそういう意味では幸せだ、と思っていた。実際、今のチームのメンツも、おおよそ好きだった。訳の判らない部分はまだまだあるけれど、好き嫌いとは別である。
判らない、にしたところで、単に彼自身、まだ理解できていないだけなんだ、と思っている。生きている年数が、人生経験が足りなさすぎる。
彼等はそれを良く知っているから、自分に何かと気を使ってくれているのだ、と彼は認識していた。
そのいい例がマーティであり、普段からかってばかりの様な、ストンウェルやテディベァルだったりするのだ。もっともテディベァルの場合、何も考えていない可能性もあったが……
ただ時々、得体の知れない不安の様なものが彼を襲っていた。
不安、と言うとやや言葉が違うかもしれない。
友達は彼にそうやって言う。好きなことが仕事にできていいな、と。確かに好きで、それが一番で、自分は幸運。
だけど。
一つの光景が、浮かび上がる。
そんな自分を見て、いつも彼女は悲しそうだった。
それも後で気付いたことだった。彼は結局、言われるまでずっと気付かなかった。
彼女に別れて欲しい、と言われるまで。
彼はその時ようやく、自分が、自分自身と野球のことしか目に入ってなかったことに気付いた。
それが悪い、とは言わない。彼女すらそれを口にはしなかった。ただこう言ったのだ。
「ダイスはそういうひとなのよね。だから仕方ないのよね。……でもそれじゃあ、私は耐えられないの」
だから別れてほしい、と言ったのだ。
正直、彼には寝耳に水、だった。
何の根拠もなく、自分は野球をして、彼女はそんな自分をグラウンドに見に来て。そんな日々が続くと思っていた。
だけどそう思っていたのは自分だけで。
彼女のことはとても好きだったのだけど。
気付かなかった自分が、野球のことしか考えられない自分が、何か人間として、おかしいのではないか、と、彼は思ってしまうのだ。
だから彼は、彼等に「どうして」球団に入ったのか、ということを聞かれた時、少しばかり困った。
少しばかり、ではある。
が、それは小さな棘にも似て、妙に気に掛かって、じくじくと痛み出す様なものだった。
*
「ストンウェルさん」
投げ込みの間だった。ダイスは少しのスキを見て、彼に話しかける。
「何」
ストンウェルは汗を拭きながら問い返した。
「昨日の朝の質問ですけど」
「昨日? 俺、何か言ったかなあ」
「や、皆に聞かれた奴なんですけど…… 何で球団に入ったか、って言うの」
ああそれ、と確実に忘れていた様な口調で、ストンウェルはうなづいた。バッグの中からドリンクを取り出すと、ストローで吸い出す。
「で、それが?」
「あれからちょっと考えてまして」
ふむふむ、とストンウェルはうなづく。
「俺は確かに、野球が好きで、……だから、スカウトが来た時に、飛びついたクチなんです」
ふうん、と相手は軽く受け流す。
「本当に、ただそれだけなんだけど…… それって、時々変なんじゃないかな、って」
「変?」
ストローから、口を離す。
「確かに、野球が好きなのは当然だけど…… そのために、俺、気が回らないことが多くて、何か気付かないことが多くて、……誰かを傷つけて」
はあ、とストンウェルは更に受け流した。ダイスはそんな相手の様子に気付かずに、顔を上げた。
「何か自分は人としてどっかおかしいのかな、って…… そうやって思うのって、おかしいですかね?」
「んー……」
ストンウェルは軽く目を伏せた。ぱぁんぱぁん、と周囲では、投げ込みの音が響いている。
「ま、な。おかしいって言えばおかしいし、別にそーでもないと言えば、そーでもないと、俺は思うけど」
「俺、本気で聞いてるんですよ?」
「俺だって本気よ、ダイス君や」
それじゃ、と言いかけると、ストンウェルはぱっ、と両手を胸の前で広げ、首を傾げた。
「あんなあダイス、何かに本当に本気になったら、誰かを傷つける可能性があるなんて、当たり前のことなの」
「そんな」
本当に当たり前、当然のことの様に言われて、ダイスは驚いた。そんなものなのか?
そんな彼の気持ちは露骨に表情に出たらしい。
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