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第5話 「そういう単語は、そうそう不用意に使っちゃならねえんだよ?」

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 ダイスはつとめてさらりと言ったつもりだった。あえてパスタの残りをくるくるとやりながら。
 ……しかし、返事は無かった。
 どうしたんだろう、と彼は顔を上げる。そこには無言で天井とテーブルとお友達になった、二人の姿があった。
 天井に顔を向けたまま、ストンウェルはあ~、と声を上げる。

「……なあマーティ、やっぱりこいつまだ寝ぼけてるらしいぜ」
「そのようだよなあ……」

 マーティもまた、テーブルに声を響かせる。

「寝ぼけてませんよっ!」

 ダイスは思わずそう返していた。
 するとテーブルに突っ伏していたマーティは腕の中に顔半分埋めたまま、上目づかいにダイスを見る。こういう時でもいい男はいい男なんだなあ、とふと彼は思ってしまう。

「……いいかあ坊や。そういう単語は、そうそう不用意に使っちゃならねえんだよ? ……冗談でも何でも」

 そしてその低い声も。人を脅すには、充分すぎる程に。
 しかしダイスも負けてはいない。本当にあったことを冗談扱いされるのは、さすがにこのルーキーには嬉しくない。ただでさえ、最年少、子供扱いされているのだから。

「冗談じゃないですよ!」

 だからつい、むきになって、反論する。

「だってよ、冗談以外の何だって言うんだよ」

 ストンウェルもやや険しい顔になる。
 無論彼も知っていた。それがそうそう口に出してはいけない単語だ、ということは。
 アルクの最後のクーデターの時、彼は実業学校の生徒だった。クラスメートの中には、活動に参加して辞めていった者も居る。時には危険だから、と休校になったり、逆に学校から帰れないこともあった。

「……だから本当に、聞いたんですよ」
「へ?」

 二人は口を揃える。

「だからぁ、聞いてしまったんですってば!」
「何を、だよ」

 ストンウェルは本気で凄んで、右半身をぐい、と乗り出してくる。
 ダイスは思わず退く。……こ、怖い、と全身が震えるのが判る。

「……だ、だから…… 内野席で」
「内野席で、何を聞いたんだ?」

 マーティまでもそう言いながら、ダイスの腕を掴んだ。
 逃げるなよ、と言いたげに。



「お。お前等で最後だな」

 ドア閉めて、とマーティが手を挙げた。

「何だよーっ、マーティ、いきなり集合なんて」

 ドアを開けるなり、テディベァルはすっとんきょうな声を上げた。

「……俺ぁ、もうそろそろ寝ようと思って、風呂入ってたんだぞぉ~」

 テディベァルと一緒に入ってきた、二塁手のトマソンは頭にタオルを乗せながら、ふぁぁ、と大あくびをした。
 この大男が来ただけで、宿舎になっているホテルのツイン・ルームはいきなり狭くなったように、一人掛けのソファに座っていたダイスには見えた。
 この部屋の主であるマーティが、190センチを越える偉丈夫なのに、この大男はそれを更に10センチほど上に伸ばし、横幅を1.5倍にしているのだ。ちなみにマーティは背と肩幅はあるのだが、筋肉が締まっている。
 そんなトマソンが、同室になっているテディベァルと並ぶと、まるで大人と子供のようだった。
 テディベァルは標準より少し小さい、という程度なのだが、比較対象の相手が相手である。

「あれ、スロウプも居るのか」

 ダイスはは名字を呼ばれて、ぺこんと頭を下げた。律儀に姓を呼ぶあたり、もしかしてトマソンは結構繊細なのではないか、とダイスも考えたこともなくはない。
 マーティやテディベァルなぞ、更にそれを略してダイちゃん、などと呼ぶ。
 その面倒くさがりの一人は、メシは美味かったかい、と歯をむき出しにして笑った。ベルトに重力制御装置が付けられているところを見ると、とりあえず今現在はこの部屋で跳ねまくる心配はなさそうである。

「……6、7、と。よっしゃ、これで最後だぜ、マーティ」
「おし」

 ストンウェルは自分のベッドに腰掛けると、指差確認をして、部屋に集まった集団の顔を確かめる。
 この場に居たのは、総勢七名だった。
 部屋の主のマーティとストンウェル。テディベァル、トマソン、ヒュ・ホイに、通称「先生」の一塁手のミュリエル、それにダイスだった。
 総勢七名の男達が詰め込まれている状態というのは、実に狭苦しいのだが。

「これで全部、かよ。ふうん、そういう相談かい?」

 トマソンはタオルで頭を拭きながら、納得したような声を出す。

「まあな」

 そしてそれに、ストンウェルが答える。そういう? ダイスは首をひねる。

「でもさー、そういう相談なのに、今回はダイちゃんも入れるの?」

 さすがにテディベァルのその発言には、ダイスは声を張り上げた。

「何ですか俺が居ちゃ、いけないんですか」

 おおっと、とテディベァルは肩をすくめる。マーティはちら、とダイスの方を見た。落ち着いた表情だったが、その目が黙れ、と言っているのは間違いなかった。

「まあな。今回は、こいつ、関係大アリだから」

 へー、と四人は納得したようにうなづく。

「もしかしたら、ちょっとしたアクシデントが起きるかもしれないんでな。皆にいつもの通り、少しばかり協力、頼みたいと思ってな」
「アクシデント、ねえ」

 久しぶりだなあ、とテディベァルはにやりと笑う。

「でもあまり時間がかかると、明日に差し支えますよ」

とヒュ・ホイ。

「そうだな、できるだけ手短に事態を説明してくれないか?」

 「褐色の知性」ミュリエルは眼鏡の位置を直しながら言う。
 ダイスが聞いた所によると、この男は、帝立大学を出ているのに、実業学校の悪ガキどもに勉強を教え、その上更に、何故かそこでベースボールにとりつかれて、今の今に至る、というややこしい経歴を持っているという。それで「先生」と呼ばれているんだ、とも。
 マーティは何やら資料の様な紙を手にしながら、空いている方の手を広げる。

「ま、俺も実際、何がどうなるのか、よく判らないんだ。だから、何も無ければそれもよし。と言うか、それが、一番、良し」

 何じゃそれは、と皆は顔を見合わせる。

「それじゃあよ、何かあったら?」

 トマソンは低い声で、のっそりと問いかける。

「まあ、明日の試合ができるかどうか判んねえ、ってことだろうなあ」

 ストンウェルはベッドに腰掛けたまま、組んだ手を挙げて、壁にもたれる。

「試合が? それは困るよ」

 ヒュ・ホイは露骨に顔を歪めた。

「そう、俺としても非常にそれは困る」

 マーティもうなづいた。

「ただなあ、いまいち状況が、はっきりしないんだよ」
「何が? どういう点がはっきりしないのか、マーティ、君、説明してくれないか」
「そう、だから先生、あんたにも来てもらったんだが。あんたは冷静だし」
「俺達は冷静じゃないぜーっ」
「……お前に冷静は望んでないよ、テディ」

 マーティは苦笑すると、ちょっと、と皆を自分の座っているベッドへと手招きした。
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