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第11話 その後起こったこと。
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「158発」
目の前の男は、そう言った。
「ナガサキの遺体から摘出された弾丸の数だ。ちなみにミルの方からは116発見つかったそうだ」
そう言いながら、男は、とん、と私の前にコーヒーを置いた。太い指に、濃い色の毛が長い。
殺風景な部屋だった。まるですぐにでも引っ越してしまうかの様に、荷物がまとめられ、板張りの床からは、カーペットもはがしてある。
生活のにおいがあるのは、今私が座らされている、台所のテーブルの上だけだった。
「こんなところで済まないね。どうにも今、局の中で上手いとこ空いている場所もなくて。駄目になった分の代車が用意されるまでの間だから、ちょっと我慢してくれな」
「気をつかわないでください」
私はコーヒーを受け取りながらそう言った。
私より十歳は上だろう、気さくな口調の管理局員は、自分のカップに砂糖を二つ放り込むと、正面に座った。
「いや実際、君は『被害者』で『協力者』なのだから、もう少し、当局も丁寧な扱いをすべきなんだよ。だが、君も判るだろう? あの騒ぎ……」
「ええ」
私は小さくうなづく。
*
あの時。
まず、タイヤの空気が抜ける音がしたのだ。
正確な射撃の腕は、四つのタイヤをスピンさせることなく、同時に役立たずにした。
そして次の瞬間。
自分が撃ち抜かれたかと、思った。
めまいがしそうな程の連続する銃撃の音の中で、遠い視界の中で、私の乗ってきた車は、扉が跳ね上げた。
目が、離せなかった。
窓ガラスが割れた。砕けた。
開いた扉から、女の身体が、何度も何度も、突き出され、跳ね飛び、やがて腕を大きく伸ばして、その場に倒れた。
見えたのは、ミルの方だけだったが、座席に居たナガサキもそれは同様だったろう。
私は痛む足に、それでも力を込めて立ち上がった。しかしすぐにそれはくじけそうになる。
動かなくなった彼らに、一斉に人々が群がる。黒と白の制服は着けていない。あの時のノイズ混じりの通信の声を思い出す。関係報道機関に告ぐ……
関係報道機関、って何なんだ、と私は思った。砂糖に群がる蟻の様に、彼らは血に濡れた車体へと近づいて行く。あっという間に、私の車は、人の中に埋もれて見えなくなった。
正面の、その光景から目が離せないまま、私はずるずると足を引きずりながらその場へと向かって行った。
と、群がる蟻の一匹が、私に気付いて、何やら声を上げた。私は何がその時起きたのか、さっぱり判らなかった。
判ったのは、ただ、その蟻の群の一部が、私の方へまで群がってきたということである。
彼らはマイクを突きつけた。
「この車はあなたのものですか?」
「彼らとの関係は?」
「危険は無かったですか?」
「何か彼らが残したものがあったら」
矢継ぎ早に、質問が私に降りかかってきた。
私の頭は余計にぼんやりとしてきて、何が起こっているのか、なぜ私にそんなものを向けるのか、さっぱり判らなかった。
だから私はどいてくれ、と彼らに言った。
私は見たかったのだ。彼等に。ナガサキとミルに、一体何が起きたのか。目の前で起きたことが、信じられなかった。この目で、彼の、彼女の血を見るまで信じられないような気がしていた。
「どいてくれ―――」
私は叫んでいた。
「どいてくれ!」
だがそんなことを全く意にも介しないように、「関係報道機関」の蟻達は、よけいに私に近づいてくる。押し寄せてくる。やめてくれ、潰される。そう思った時だった。
私の手から、銀色が飛び出した。
それに気付いたのは、私だけだったろう。あ、と目を見張ったのも、私だけだったろう。ナガサキが、最後に私に返してくれた、あのケース。
私がはるばる、運んできた。
身動きのとれない状態で、私は必死で足下を見た。手を伸ばした。
こん、と音がしたような気がした。
実際には聞こえない。私に向けられる声が、声が、声が邪魔して、そんな音は聞こえなかったろう。
だが私は見た。そのケースを、その蟻の中の一匹が、ぐちゃりと踏みつぶすのを。
思い切り伸ばした手から、力が抜けていくのが判った。
*
その後のことは、よく覚えていない。
ぼんやりとした記憶の断片をつなぎ合わせてみると、どうやら私はその時ひどい声を上げ続けたらしい。
錯乱したかと思ったのか、マイクやカメラを持った報道機関の連中は、そんな私の様子をも治めようと実に楽しそうな笑みを浮かべていたような気がする。
だがその時、救いの天使が現れた。
驚いたことに、その天使ときたら、管理局の黒と白の制服を着ていたのだ。
その黒い制服が、私の頭の上から掛けられた時、私はどうやら、意識を手放してしまったらしい。
目の前の男は、そう言った。
「ナガサキの遺体から摘出された弾丸の数だ。ちなみにミルの方からは116発見つかったそうだ」
そう言いながら、男は、とん、と私の前にコーヒーを置いた。太い指に、濃い色の毛が長い。
殺風景な部屋だった。まるですぐにでも引っ越してしまうかの様に、荷物がまとめられ、板張りの床からは、カーペットもはがしてある。
生活のにおいがあるのは、今私が座らされている、台所のテーブルの上だけだった。
「こんなところで済まないね。どうにも今、局の中で上手いとこ空いている場所もなくて。駄目になった分の代車が用意されるまでの間だから、ちょっと我慢してくれな」
「気をつかわないでください」
私はコーヒーを受け取りながらそう言った。
私より十歳は上だろう、気さくな口調の管理局員は、自分のカップに砂糖を二つ放り込むと、正面に座った。
「いや実際、君は『被害者』で『協力者』なのだから、もう少し、当局も丁寧な扱いをすべきなんだよ。だが、君も判るだろう? あの騒ぎ……」
「ええ」
私は小さくうなづく。
*
あの時。
まず、タイヤの空気が抜ける音がしたのだ。
正確な射撃の腕は、四つのタイヤをスピンさせることなく、同時に役立たずにした。
そして次の瞬間。
自分が撃ち抜かれたかと、思った。
めまいがしそうな程の連続する銃撃の音の中で、遠い視界の中で、私の乗ってきた車は、扉が跳ね上げた。
目が、離せなかった。
窓ガラスが割れた。砕けた。
開いた扉から、女の身体が、何度も何度も、突き出され、跳ね飛び、やがて腕を大きく伸ばして、その場に倒れた。
見えたのは、ミルの方だけだったが、座席に居たナガサキもそれは同様だったろう。
私は痛む足に、それでも力を込めて立ち上がった。しかしすぐにそれはくじけそうになる。
動かなくなった彼らに、一斉に人々が群がる。黒と白の制服は着けていない。あの時のノイズ混じりの通信の声を思い出す。関係報道機関に告ぐ……
関係報道機関、って何なんだ、と私は思った。砂糖に群がる蟻の様に、彼らは血に濡れた車体へと近づいて行く。あっという間に、私の車は、人の中に埋もれて見えなくなった。
正面の、その光景から目が離せないまま、私はずるずると足を引きずりながらその場へと向かって行った。
と、群がる蟻の一匹が、私に気付いて、何やら声を上げた。私は何がその時起きたのか、さっぱり判らなかった。
判ったのは、ただ、その蟻の群の一部が、私の方へまで群がってきたということである。
彼らはマイクを突きつけた。
「この車はあなたのものですか?」
「彼らとの関係は?」
「危険は無かったですか?」
「何か彼らが残したものがあったら」
矢継ぎ早に、質問が私に降りかかってきた。
私の頭は余計にぼんやりとしてきて、何が起こっているのか、なぜ私にそんなものを向けるのか、さっぱり判らなかった。
だから私はどいてくれ、と彼らに言った。
私は見たかったのだ。彼等に。ナガサキとミルに、一体何が起きたのか。目の前で起きたことが、信じられなかった。この目で、彼の、彼女の血を見るまで信じられないような気がしていた。
「どいてくれ―――」
私は叫んでいた。
「どいてくれ!」
だがそんなことを全く意にも介しないように、「関係報道機関」の蟻達は、よけいに私に近づいてくる。押し寄せてくる。やめてくれ、潰される。そう思った時だった。
私の手から、銀色が飛び出した。
それに気付いたのは、私だけだったろう。あ、と目を見張ったのも、私だけだったろう。ナガサキが、最後に私に返してくれた、あのケース。
私がはるばる、運んできた。
身動きのとれない状態で、私は必死で足下を見た。手を伸ばした。
こん、と音がしたような気がした。
実際には聞こえない。私に向けられる声が、声が、声が邪魔して、そんな音は聞こえなかったろう。
だが私は見た。そのケースを、その蟻の中の一匹が、ぐちゃりと踏みつぶすのを。
思い切り伸ばした手から、力が抜けていくのが判った。
*
その後のことは、よく覚えていない。
ぼんやりとした記憶の断片をつなぎ合わせてみると、どうやら私はその時ひどい声を上げ続けたらしい。
錯乱したかと思ったのか、マイクやカメラを持った報道機関の連中は、そんな私の様子をも治めようと実に楽しそうな笑みを浮かべていたような気がする。
だがその時、救いの天使が現れた。
驚いたことに、その天使ときたら、管理局の黒と白の制服を着ていたのだ。
その黒い制服が、私の頭の上から掛けられた時、私はどうやら、意識を手放してしまったらしい。
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