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13話目 アーランの留学の本当の理由

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 三人はいつの間にか話し込んでいた。
 相手の顔もはっきりしないような暗がりの中では、他に時間をつぶす術が無かったのも確か。
 辺りの様子を推し量ってもみた。
 この天井裏は広かった。物置として使われてもいるようで、その半分は積まれた古い家具や鍵の壊れた箪笥だったりする。
 アーランは月明かりの中、手探りで確認していく。
 すると、時々ややねっとりとしたものが手に絡み付く。それがクモの巣であることは彼女には容易に想像がついた。世の少女達のようにそれで悲鳴を上げるようなことはない。そんなことは慣れている。
 その探索作業にも限度がある。飽きる。
 終わった後にせいぜいできるのは、積み上げられた椅子の中から彼女達の力でも持ち上げられるようなものを下ろし、そこに腰掛けて休むくらいなものだ。
 カラシュは何故か人数分以上の椅子を持ち出したり、足のがっしりした小ぶりの机まで引き出していた。何のつもりだろう、とはアーランも思った。だが予想がつかない。
 カエンは壁に手を当てて、何処かに扉がないか、と探っている。その作業にはなかなか収穫があった。しばらくすると腰に手を当て、やれやれ、と言いながら戻ってきた。

「扉自体は三つありそうだ。ほれ、向こうの端とそっちの」
「暗くてよく判らないってば。でも三つ?」
「下の階は二つ三つの部屋に分かれているようだ。だけどその何処にも見張りが居るようだ。声が聞こえた」
「でしょうね」

 カラシュのため息の音が聞こえる。

「扉一つに一人として、最低三人は見張りが居て、おそらくそれは女じゃあないわね」

 だろうな、とアーランも思う。いくら何でも成人近い少女達三人を捕まえるのに女性の見張りということはないだろう。

「出る方法は二つあるわね」

 カラシュは言いながら引き出した椅子の一つのほこりを払う。

「と言うと?」
「一つは、とにかく私達を捕まえた相手に引き出されて、その隙を付くこと」

 カエンは首を横に振る。

「相手が何なのかも判らないのに、それは危険すぎる」
「私もそう思う。としたら、もう一つは」

 うなづくとカラシュは天窓を指した。

「あれよね」
「あれ…… って天窓」
「ええ。あそこから出るしかないでしょうね」
「ちょっと待てよ、ここが誰の屋敷だとしても、最低五階はあるんだよ」
「あるわねえ」

 明らかに深刻な内容を話しているにも関わらず、彼女はのんびりと答えた。

「あるってカラシュ、いくら何でも五階から落ちたら大概死ぬよ」
「あら、何も飛び降りるなんて言ってないわよ。ただ、ちょっと心当たりがあるから…… もう少し時期を見計らいましょ」

 そんなのんきな、とアーランは言おうと思ったが、やめた。
 そして結局、引っぱり出した椅子に座って話し始めてしまった訳である。とりあえず今できることは徒手空拳の身としては無い。

「前から聞きたかったんだけど」

 まずカラシュがそう切り出した。

「どうして留学までして勉強したいってあなた達思ったの?」

 それはアーランも聞きたかった。何しろそれまで生きてきた環境が全然違う以上、自分と同じ理由である訳がない。

「御恩がどーの、とか言うのはなしよ、アーラン。そんなのは所詮建て前。本当の事を言いなさいな」

 釘を刺された、とアーランは思った。ぐっと言葉に詰まる。どうやらカラシュも彼女の隠し事など見破っていたらしい。
 まあそれはアーランが嘘をつくのが下手という訳ではない。少なくとも、これまでは、同様にしてきて見破られることはなかった。それは事実なのだ。
 でもどうやらこの人達は違う。アーランは認めだしていた。
 何となく気付き掛けていた。
 嘘をついてだませるのは、相手が自分に関心がなく、自分が相手に関心がないからだった。相手の言葉が本当だろうが嘘だろうが、どちらでもいいからだった。嘘をつかれたことに気付いても、決してそれが相手に傷の一つもつけることはなかったからだ。
 ところがカラシュもカエンも、明らかに自分に関心がある。
 それは境遇の差ではなく、ただの個性の差に対してではないか。そんな気がし始めていたのだ。
 だからアーランも、答えなくてはならない、と思った。本当のことを。

「……上に行きたかったのよ」
「上?」
「そうよ、上よ。上へ行きたいわ。誰もが認める『上』にね」

 カラシュの問いに、とうとう口に出してしまった、とアーランは思った。

「私はずっと誰からも『下』に見られてきたわ。好きでそうなった訳でもないのに。名を分ける父親がいないのも、施設にいるのも私のせいじゃないのに、そのことでずっと見下されてきたのよ。施設だろうが、何も持たない貧しい者だろうが、好きこのんでそう生まれた訳じゃない」
「……」
「母さんが悪いって言われてもきたわ。だけど絶対母さんは悪くない。誰の子とも知れない子供を産んだって言って、故郷からも追い出されてとうとう行き倒れてしまって。でもその原因を作ったのは誰? 母さん一人で私を作れる訳がないじゃない! それなのに、誰もが母さんや、生まれた私を白い目で見た。もっと悪いのは別にいるのに、そいつはただ男であるからというだけでのうのうと上にだって行けて!」
「でもアーラン、そんな軽蔑…… ううん、憎んでいるわね、絶対」
「当然よ!」
「そんな軽蔑するような奴がのさばるような『上』に行きたい?」
「じゃ何処に選択肢があるっていうの!」

 そんなもの、無い。アーランは思う。

「ワタシもそれをずっと考えていた」

 カエンはすっと口をはさむ。アーランはその言葉にはっとする。

「ワタシもそうだ。ワタシの行きたい場所には、ワタシのような女の居場所がない。そこにあるモノのすき間に入り込むしかない、と思っていた」
「カエン」
「だがアーランの言うことには少し疑問がある。アーランは好きこのんで私生児に生まれた訳ではない、と言ったが、ワタシとて好きであの家に生まれた訳ではない」
「だけどあんたは飢えたことなどないでしょう?」

 大きく首を振り、こぶしを握りしめながらアーランは反駁する。

「無くはない」

 思いがけない言葉。アーランは思わず息を飲んだ。

「まあ飢えとまではいかないが。昔、父が現在の地位につくための足がかりを掴んだ頃のことだ。ワタシ達は東の、海沿いの保養地に家族揃って移らされた」
「別荘? 優雅なものね」

 カエンはゆらゆらと首を横に振った。

「違うよアーラン、そんなものじゃない。ワタシ達は逃げたんだ」
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