14 / 29
13話目 アーランの留学の本当の理由
しおりを挟む
三人はいつの間にか話し込んでいた。
相手の顔もはっきりしないような暗がりの中では、他に時間をつぶす術が無かったのも確か。
辺りの様子を推し量ってもみた。
この天井裏は広かった。物置として使われてもいるようで、その半分は積まれた古い家具や鍵の壊れた箪笥だったりする。
アーランは月明かりの中、手探りで確認していく。
すると、時々ややねっとりとしたものが手に絡み付く。それがクモの巣であることは彼女には容易に想像がついた。世の少女達のようにそれで悲鳴を上げるようなことはない。そんなことは慣れている。
その探索作業にも限度がある。飽きる。
終わった後にせいぜいできるのは、積み上げられた椅子の中から彼女達の力でも持ち上げられるようなものを下ろし、そこに腰掛けて休むくらいなものだ。
カラシュは何故か人数分以上の椅子を持ち出したり、足のがっしりした小ぶりの机まで引き出していた。何のつもりだろう、とはアーランも思った。だが予想がつかない。
カエンは壁に手を当てて、何処かに扉がないか、と探っている。その作業にはなかなか収穫があった。しばらくすると腰に手を当て、やれやれ、と言いながら戻ってきた。
「扉自体は三つありそうだ。ほれ、向こうの端とそっちの」
「暗くてよく判らないってば。でも三つ?」
「下の階は二つ三つの部屋に分かれているようだ。だけどその何処にも見張りが居るようだ。声が聞こえた」
「でしょうね」
カラシュのため息の音が聞こえる。
「扉一つに一人として、最低三人は見張りが居て、おそらくそれは女じゃあないわね」
だろうな、とアーランも思う。いくら何でも成人近い少女達三人を捕まえるのに女性の見張りということはないだろう。
「出る方法は二つあるわね」
カラシュは言いながら引き出した椅子の一つのほこりを払う。
「と言うと?」
「一つは、とにかく私達を捕まえた相手に引き出されて、その隙を付くこと」
カエンは首を横に振る。
「相手が何なのかも判らないのに、それは危険すぎる」
「私もそう思う。としたら、もう一つは」
うなづくとカラシュは天窓を指した。
「あれよね」
「あれ…… って天窓」
「ええ。あそこから出るしかないでしょうね」
「ちょっと待てよ、ここが誰の屋敷だとしても、最低五階はあるんだよ」
「あるわねえ」
明らかに深刻な内容を話しているにも関わらず、彼女はのんびりと答えた。
「あるってカラシュ、いくら何でも五階から落ちたら大概死ぬよ」
「あら、何も飛び降りるなんて言ってないわよ。ただ、ちょっと心当たりがあるから…… もう少し時期を見計らいましょ」
そんなのんきな、とアーランは言おうと思ったが、やめた。
そして結局、引っぱり出した椅子に座って話し始めてしまった訳である。とりあえず今できることは徒手空拳の身としては無い。
「前から聞きたかったんだけど」
まずカラシュがそう切り出した。
「どうして留学までして勉強したいってあなた達思ったの?」
それはアーランも聞きたかった。何しろそれまで生きてきた環境が全然違う以上、自分と同じ理由である訳がない。
「御恩がどーの、とか言うのはなしよ、アーラン。そんなのは所詮建て前。本当の事を言いなさいな」
釘を刺された、とアーランは思った。ぐっと言葉に詰まる。どうやらカラシュも彼女の隠し事など見破っていたらしい。
まあそれはアーランが嘘をつくのが下手という訳ではない。少なくとも、これまでは、同様にしてきて見破られることはなかった。それは事実なのだ。
でもどうやらこの人達は違う。アーランは認めだしていた。
何となく気付き掛けていた。
嘘をついてだませるのは、相手が自分に関心がなく、自分が相手に関心がないからだった。相手の言葉が本当だろうが嘘だろうが、どちらでもいいからだった。嘘をつかれたことに気付いても、決してそれが相手に傷の一つもつけることはなかったからだ。
ところがカラシュもカエンも、明らかに自分に関心がある。
それは境遇の差ではなく、ただの個性の差に対してではないか。そんな気がし始めていたのだ。
だからアーランも、答えなくてはならない、と思った。本当のことを。
「……上に行きたかったのよ」
「上?」
「そうよ、上よ。上へ行きたいわ。誰もが認める『上』にね」
カラシュの問いに、とうとう口に出してしまった、とアーランは思った。
「私はずっと誰からも『下』に見られてきたわ。好きでそうなった訳でもないのに。名を分ける父親がいないのも、施設にいるのも私のせいじゃないのに、そのことでずっと見下されてきたのよ。施設だろうが、何も持たない貧しい者だろうが、好きこのんでそう生まれた訳じゃない」
「……」
「母さんが悪いって言われてもきたわ。だけど絶対母さんは悪くない。誰の子とも知れない子供を産んだって言って、故郷からも追い出されてとうとう行き倒れてしまって。でもその原因を作ったのは誰? 母さん一人で私を作れる訳がないじゃない! それなのに、誰もが母さんや、生まれた私を白い目で見た。もっと悪いのは別にいるのに、そいつはただ男であるからというだけでのうのうと上にだって行けて!」
「でもアーラン、そんな軽蔑…… ううん、憎んでいるわね、絶対」
「当然よ!」
「そんな軽蔑するような奴がのさばるような『上』に行きたい?」
「じゃ何処に選択肢があるっていうの!」
そんなもの、無い。アーランは思う。
「ワタシもそれをずっと考えていた」
カエンはすっと口をはさむ。アーランはその言葉にはっとする。
「ワタシもそうだ。ワタシの行きたい場所には、ワタシのような女の居場所がない。そこにあるモノのすき間に入り込むしかない、と思っていた」
「カエン」
「だがアーランの言うことには少し疑問がある。アーランは好きこのんで私生児に生まれた訳ではない、と言ったが、ワタシとて好きであの家に生まれた訳ではない」
「だけどあんたは飢えたことなどないでしょう?」
大きく首を振り、こぶしを握りしめながらアーランは反駁する。
「無くはない」
思いがけない言葉。アーランは思わず息を飲んだ。
「まあ飢えとまではいかないが。昔、父が現在の地位につくための足がかりを掴んだ頃のことだ。ワタシ達は東の、海沿いの保養地に家族揃って移らされた」
「別荘? 優雅なものね」
カエンはゆらゆらと首を横に振った。
「違うよアーラン、そんなものじゃない。ワタシ達は逃げたんだ」
相手の顔もはっきりしないような暗がりの中では、他に時間をつぶす術が無かったのも確か。
辺りの様子を推し量ってもみた。
この天井裏は広かった。物置として使われてもいるようで、その半分は積まれた古い家具や鍵の壊れた箪笥だったりする。
アーランは月明かりの中、手探りで確認していく。
すると、時々ややねっとりとしたものが手に絡み付く。それがクモの巣であることは彼女には容易に想像がついた。世の少女達のようにそれで悲鳴を上げるようなことはない。そんなことは慣れている。
その探索作業にも限度がある。飽きる。
終わった後にせいぜいできるのは、積み上げられた椅子の中から彼女達の力でも持ち上げられるようなものを下ろし、そこに腰掛けて休むくらいなものだ。
カラシュは何故か人数分以上の椅子を持ち出したり、足のがっしりした小ぶりの机まで引き出していた。何のつもりだろう、とはアーランも思った。だが予想がつかない。
カエンは壁に手を当てて、何処かに扉がないか、と探っている。その作業にはなかなか収穫があった。しばらくすると腰に手を当て、やれやれ、と言いながら戻ってきた。
「扉自体は三つありそうだ。ほれ、向こうの端とそっちの」
「暗くてよく判らないってば。でも三つ?」
「下の階は二つ三つの部屋に分かれているようだ。だけどその何処にも見張りが居るようだ。声が聞こえた」
「でしょうね」
カラシュのため息の音が聞こえる。
「扉一つに一人として、最低三人は見張りが居て、おそらくそれは女じゃあないわね」
だろうな、とアーランも思う。いくら何でも成人近い少女達三人を捕まえるのに女性の見張りということはないだろう。
「出る方法は二つあるわね」
カラシュは言いながら引き出した椅子の一つのほこりを払う。
「と言うと?」
「一つは、とにかく私達を捕まえた相手に引き出されて、その隙を付くこと」
カエンは首を横に振る。
「相手が何なのかも判らないのに、それは危険すぎる」
「私もそう思う。としたら、もう一つは」
うなづくとカラシュは天窓を指した。
「あれよね」
「あれ…… って天窓」
「ええ。あそこから出るしかないでしょうね」
「ちょっと待てよ、ここが誰の屋敷だとしても、最低五階はあるんだよ」
「あるわねえ」
明らかに深刻な内容を話しているにも関わらず、彼女はのんびりと答えた。
「あるってカラシュ、いくら何でも五階から落ちたら大概死ぬよ」
「あら、何も飛び降りるなんて言ってないわよ。ただ、ちょっと心当たりがあるから…… もう少し時期を見計らいましょ」
そんなのんきな、とアーランは言おうと思ったが、やめた。
そして結局、引っぱり出した椅子に座って話し始めてしまった訳である。とりあえず今できることは徒手空拳の身としては無い。
「前から聞きたかったんだけど」
まずカラシュがそう切り出した。
「どうして留学までして勉強したいってあなた達思ったの?」
それはアーランも聞きたかった。何しろそれまで生きてきた環境が全然違う以上、自分と同じ理由である訳がない。
「御恩がどーの、とか言うのはなしよ、アーラン。そんなのは所詮建て前。本当の事を言いなさいな」
釘を刺された、とアーランは思った。ぐっと言葉に詰まる。どうやらカラシュも彼女の隠し事など見破っていたらしい。
まあそれはアーランが嘘をつくのが下手という訳ではない。少なくとも、これまでは、同様にしてきて見破られることはなかった。それは事実なのだ。
でもどうやらこの人達は違う。アーランは認めだしていた。
何となく気付き掛けていた。
嘘をついてだませるのは、相手が自分に関心がなく、自分が相手に関心がないからだった。相手の言葉が本当だろうが嘘だろうが、どちらでもいいからだった。嘘をつかれたことに気付いても、決してそれが相手に傷の一つもつけることはなかったからだ。
ところがカラシュもカエンも、明らかに自分に関心がある。
それは境遇の差ではなく、ただの個性の差に対してではないか。そんな気がし始めていたのだ。
だからアーランも、答えなくてはならない、と思った。本当のことを。
「……上に行きたかったのよ」
「上?」
「そうよ、上よ。上へ行きたいわ。誰もが認める『上』にね」
カラシュの問いに、とうとう口に出してしまった、とアーランは思った。
「私はずっと誰からも『下』に見られてきたわ。好きでそうなった訳でもないのに。名を分ける父親がいないのも、施設にいるのも私のせいじゃないのに、そのことでずっと見下されてきたのよ。施設だろうが、何も持たない貧しい者だろうが、好きこのんでそう生まれた訳じゃない」
「……」
「母さんが悪いって言われてもきたわ。だけど絶対母さんは悪くない。誰の子とも知れない子供を産んだって言って、故郷からも追い出されてとうとう行き倒れてしまって。でもその原因を作ったのは誰? 母さん一人で私を作れる訳がないじゃない! それなのに、誰もが母さんや、生まれた私を白い目で見た。もっと悪いのは別にいるのに、そいつはただ男であるからというだけでのうのうと上にだって行けて!」
「でもアーラン、そんな軽蔑…… ううん、憎んでいるわね、絶対」
「当然よ!」
「そんな軽蔑するような奴がのさばるような『上』に行きたい?」
「じゃ何処に選択肢があるっていうの!」
そんなもの、無い。アーランは思う。
「ワタシもそれをずっと考えていた」
カエンはすっと口をはさむ。アーランはその言葉にはっとする。
「ワタシもそうだ。ワタシの行きたい場所には、ワタシのような女の居場所がない。そこにあるモノのすき間に入り込むしかない、と思っていた」
「カエン」
「だがアーランの言うことには少し疑問がある。アーランは好きこのんで私生児に生まれた訳ではない、と言ったが、ワタシとて好きであの家に生まれた訳ではない」
「だけどあんたは飢えたことなどないでしょう?」
大きく首を振り、こぶしを握りしめながらアーランは反駁する。
「無くはない」
思いがけない言葉。アーランは思わず息を飲んだ。
「まあ飢えとまではいかないが。昔、父が現在の地位につくための足がかりを掴んだ頃のことだ。ワタシ達は東の、海沿いの保養地に家族揃って移らされた」
「別荘? 優雅なものね」
カエンはゆらゆらと首を横に振った。
「違うよアーラン、そんなものじゃない。ワタシ達は逃げたんだ」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ハッチョーボリ・シュレディンガーズ
近畿ブロードウェイ
SF
なぜか就寝中、布団の中にさまざまな昆虫が潜り込んでくる友人の話を聞き、
悪ふざけ100%で、お酒を飲みながらふわふわと話を膨らませていった結果。
「布団の上のセミの死骸×シュレディンガー方程式×何か地獄みたいになってる国」
という作品が書きたくなったので、話が思いついたときに更新していきます。
小説家になろう で書いている話ですが、
せっかく アルファポリス のアカウントも作ったのでこっちでも更新します。
https://ncode.syosetu.com/n5143io/
・この物語はフィクションです。
作中の人物・団体などの名称は全て架空のものであり、
特定の事件・事象とも一切関係はありません
・特定の作品を馬鹿にするような意図もありません
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる