上 下
29 / 51

第29話 夏のある日の休暇

しおりを挟む
「あれ、今日はスタジオ行かなくてもいいの?」

 目をこすりながら、DBは問いかけた。P子さんもそう前に起きたのではないらしく、むき出しの足のまま、新聞を読んでいた。

「そりゃあ毎日毎日行ったって仕方ないでしょう」
「そういうものなの?」
「ワタシの録りはもうたいがい終わってますからね。後はまあ、リーダー殿がいきなり呼びつけたらそれに応じるのみってとこでしょうな」
「ふうん。そういうものなの」

 先ほどとは違うイントネーションで同じ言葉を彼はつぶやいた。

「でもじゃあ、何か、久しぶりに、あなたと一緒に居られるんだ」
「そう言えば、そうですね」

 がさがさ、とP子さんは新聞を畳む。読みますか? と問いかける。彼はううん、と手を振る。

「ねえ知ってた? 今日は僕も休みなんだけど」

 ん? とP子さんは新聞の日付を見る。ああ、とうなづく。曜日は確かにDBの休暇を示していた。ふらり、と彼女はそのまま窓の外に視線を移した。

「いい天気ですね」

 既に時計は昼近くを示していたが。

「暑くなりそうだね」

 のそのそ、と彼もまたベッドから降りてくる。

「ごはんでも食べに行きましょうか」
「朝? 昼? それとも夜になってから?」
「何でしたっけ、朝と昼のごちゃまぜになった」
「ああ、ブランチ」
「そうそのブランチ」

 いいね、と彼は笑った。



 考えてみれば、こんな風に昼間に外を二人で歩くなどということは一度も無かった気がする。
 よく晴れた――― 晴れすぎだ。
 案の定、夜型の二人はすぐにばてた。何処に行くとも決めてなかったから、ともかく都心に出てみようか、ということにした。せっかくのお休みなのだから、と。
 しかし「お休みだから」で人の集まる所へ出るという発想は無かったはずだった。どちらにせよ。
 どういうことだろうか、とDBは考える。二人で居るからだろうか。
 がたんがたんと揺れる車内。時々帰りなのか途中で抜けてきた女子高生が、P子さんの真っ赤な髪を見て、何やらこそこそと囁いている。確かにこれは目立つ。
 それだけに、逆に人混みの中に行ってしまうのはありかもしれない、とDBは思う。紛れてしまえ、と。

「終点だけど」
「そうですねえ」

 ううむ、とP子さんは入り口上に貼られた都内路線図を見上げる。

「確か今日は」
「ん?」

 終点で、山手線に乗り換え。P子さんはこっち、と彼の手を引っ張った。珍しいことに、一瞬DBの心臓が飛び跳ねた。指先だけが、異様に堅い手。
 そのまま、山手線から総武線に乗り換えて、水道橋で降りる。そこには大きな卵があった。

「ここ?」
「確か今日は、こっちで試合があったはずなんですよね」

 東京ドーム。行き慣れているのだろうか、彼女にしては実に珍しい程すたすたと歩いていく。DBはその後を急ぎ足でついていく。

「P子さん、足速い」
「え? そうですか?」

 よほど好きなんだなあ、と彼は思う。下手するとギターを弾きに行く時より速いのではないだろうか。
 さくさくと彼女はチケット売場へと向かう。二枚購入すると、一枚を彼に渡した。

「外野自由席しか無かったですけどね。まあ仕方ないですか」
「遠いね。いいの?」
「まああれは、見ようと思って見るもんじゃないですよ」

 P子さんはそう言って、笑った。

「見ようと思って見るものじゃない?」
「まあ行けば判りますよ」

 そういうものだろうか、と彼は思う。
 それから二人で、近くの蕎麦屋に入った。冷房が効きすぎていたので、結局熱い天ぷらそばをすすることになってしまった。

「そう言えばP子さん、身体の方は大丈夫?」
「え」

 一瞬、彼女の箸が止まる。あれ、とDBは少しだけ不思議に思う。

「まあ、前よりはましですよ。うん。ほら今日はちゃんとこうゆうものも食べられるし」

 衣がぴっと立っている大きなえび天。ごぼうと人参の野菜天。のり天はつやつやと蛍光灯の光を反射している。
 目線の上にあるTVでは、NHKの連続TV小説の再放送を流している。すいませんお茶のお代わり下さい、とP子さんは通りかかった店員に声をかける。

「これからどうしようかな」

 DBは何気なくつぶやく。

「どうしましょうかね」

 P子さんも首をかしげる。結局、普段こうやって出る習性が無いから、何処へどう行っていいのか二人とも判らないのだ。
 ドームの開場時刻まではまだしばらくある。

「外ぶらついても暑いだけですからねえ」

 もっともである。
 東京の夏は暑い。年々暑くなっている。そんな中、昼間にただぶらぶらとするというのは、結構に体力を使う。
 夜に遊ぼうと思ったら、そんなことで無駄に体力を消耗するのは、賢い方法ではない。
 だけどまあ。

「まあ別に、涼しいとこをあちこちぶらついて、時々茶でもしてれば、時間が適当に過ぎてくんじゃないですかね?」
「そうだよね」

 要は、二人でぶらぶらとできればそれで良かったのだ。初心忘れるべからず。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

お兄ちゃんは今日からいもうと!

沼米 さくら
ライト文芸
 大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。  親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。  トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。  身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。  果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。  強制女児女装万歳。  毎週木曜と日曜更新です。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...