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第29話 夏のある日の休暇
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「あれ、今日はスタジオ行かなくてもいいの?」
目をこすりながら、DBは問いかけた。P子さんもそう前に起きたのではないらしく、むき出しの足のまま、新聞を読んでいた。
「そりゃあ毎日毎日行ったって仕方ないでしょう」
「そういうものなの?」
「ワタシの録りはもうたいがい終わってますからね。後はまあ、リーダー殿がいきなり呼びつけたらそれに応じるのみってとこでしょうな」
「ふうん。そういうものなの」
先ほどとは違うイントネーションで同じ言葉を彼はつぶやいた。
「でもじゃあ、何か、久しぶりに、あなたと一緒に居られるんだ」
「そう言えば、そうですね」
がさがさ、とP子さんは新聞を畳む。読みますか? と問いかける。彼はううん、と手を振る。
「ねえ知ってた? 今日は僕も休みなんだけど」
ん? とP子さんは新聞の日付を見る。ああ、とうなづく。曜日は確かにDBの休暇を示していた。ふらり、と彼女はそのまま窓の外に視線を移した。
「いい天気ですね」
既に時計は昼近くを示していたが。
「暑くなりそうだね」
のそのそ、と彼もまたベッドから降りてくる。
「ごはんでも食べに行きましょうか」
「朝? 昼? それとも夜になってから?」
「何でしたっけ、朝と昼のごちゃまぜになった」
「ああ、ブランチ」
「そうそのブランチ」
いいね、と彼は笑った。
*
考えてみれば、こんな風に昼間に外を二人で歩くなどということは一度も無かった気がする。
よく晴れた――― 晴れすぎだ。
案の定、夜型の二人はすぐにばてた。何処に行くとも決めてなかったから、ともかく都心に出てみようか、ということにした。せっかくのお休みなのだから、と。
しかし「お休みだから」で人の集まる所へ出るという発想は無かったはずだった。どちらにせよ。
どういうことだろうか、とDBは考える。二人で居るからだろうか。
がたんがたんと揺れる車内。時々帰りなのか途中で抜けてきた女子高生が、P子さんの真っ赤な髪を見て、何やらこそこそと囁いている。確かにこれは目立つ。
それだけに、逆に人混みの中に行ってしまうのはありかもしれない、とDBは思う。紛れてしまえ、と。
「終点だけど」
「そうですねえ」
ううむ、とP子さんは入り口上に貼られた都内路線図を見上げる。
「確か今日は」
「ん?」
終点で、山手線に乗り換え。P子さんはこっち、と彼の手を引っ張った。珍しいことに、一瞬DBの心臓が飛び跳ねた。指先だけが、異様に堅い手。
そのまま、山手線から総武線に乗り換えて、水道橋で降りる。そこには大きな卵があった。
「ここ?」
「確か今日は、こっちで試合があったはずなんですよね」
東京ドーム。行き慣れているのだろうか、彼女にしては実に珍しい程すたすたと歩いていく。DBはその後を急ぎ足でついていく。
「P子さん、足速い」
「え? そうですか?」
よほど好きなんだなあ、と彼は思う。下手するとギターを弾きに行く時より速いのではないだろうか。
さくさくと彼女はチケット売場へと向かう。二枚購入すると、一枚を彼に渡した。
「外野自由席しか無かったですけどね。まあ仕方ないですか」
「遠いね。いいの?」
「まああれは、見ようと思って見るもんじゃないですよ」
P子さんはそう言って、笑った。
「見ようと思って見るものじゃない?」
「まあ行けば判りますよ」
そういうものだろうか、と彼は思う。
それから二人で、近くの蕎麦屋に入った。冷房が効きすぎていたので、結局熱い天ぷらそばをすすることになってしまった。
「そう言えばP子さん、身体の方は大丈夫?」
「え」
一瞬、彼女の箸が止まる。あれ、とDBは少しだけ不思議に思う。
「まあ、前よりはましですよ。うん。ほら今日はちゃんとこうゆうものも食べられるし」
衣がぴっと立っている大きなえび天。ごぼうと人参の野菜天。のり天はつやつやと蛍光灯の光を反射している。
目線の上にあるTVでは、NHKの連続TV小説の再放送を流している。すいませんお茶のお代わり下さい、とP子さんは通りかかった店員に声をかける。
「これからどうしようかな」
DBは何気なくつぶやく。
「どうしましょうかね」
P子さんも首をかしげる。結局、普段こうやって出る習性が無いから、何処へどう行っていいのか二人とも判らないのだ。
ドームの開場時刻まではまだしばらくある。
「外ぶらついても暑いだけですからねえ」
もっともである。
東京の夏は暑い。年々暑くなっている。そんな中、昼間にただぶらぶらとするというのは、結構に体力を使う。
夜に遊ぼうと思ったら、そんなことで無駄に体力を消耗するのは、賢い方法ではない。
だけどまあ。
「まあ別に、涼しいとこをあちこちぶらついて、時々茶でもしてれば、時間が適当に過ぎてくんじゃないですかね?」
「そうだよね」
要は、二人でぶらぶらとできればそれで良かったのだ。初心忘れるべからず。
目をこすりながら、DBは問いかけた。P子さんもそう前に起きたのではないらしく、むき出しの足のまま、新聞を読んでいた。
「そりゃあ毎日毎日行ったって仕方ないでしょう」
「そういうものなの?」
「ワタシの録りはもうたいがい終わってますからね。後はまあ、リーダー殿がいきなり呼びつけたらそれに応じるのみってとこでしょうな」
「ふうん。そういうものなの」
先ほどとは違うイントネーションで同じ言葉を彼はつぶやいた。
「でもじゃあ、何か、久しぶりに、あなたと一緒に居られるんだ」
「そう言えば、そうですね」
がさがさ、とP子さんは新聞を畳む。読みますか? と問いかける。彼はううん、と手を振る。
「ねえ知ってた? 今日は僕も休みなんだけど」
ん? とP子さんは新聞の日付を見る。ああ、とうなづく。曜日は確かにDBの休暇を示していた。ふらり、と彼女はそのまま窓の外に視線を移した。
「いい天気ですね」
既に時計は昼近くを示していたが。
「暑くなりそうだね」
のそのそ、と彼もまたベッドから降りてくる。
「ごはんでも食べに行きましょうか」
「朝? 昼? それとも夜になってから?」
「何でしたっけ、朝と昼のごちゃまぜになった」
「ああ、ブランチ」
「そうそのブランチ」
いいね、と彼は笑った。
*
考えてみれば、こんな風に昼間に外を二人で歩くなどということは一度も無かった気がする。
よく晴れた――― 晴れすぎだ。
案の定、夜型の二人はすぐにばてた。何処に行くとも決めてなかったから、ともかく都心に出てみようか、ということにした。せっかくのお休みなのだから、と。
しかし「お休みだから」で人の集まる所へ出るという発想は無かったはずだった。どちらにせよ。
どういうことだろうか、とDBは考える。二人で居るからだろうか。
がたんがたんと揺れる車内。時々帰りなのか途中で抜けてきた女子高生が、P子さんの真っ赤な髪を見て、何やらこそこそと囁いている。確かにこれは目立つ。
それだけに、逆に人混みの中に行ってしまうのはありかもしれない、とDBは思う。紛れてしまえ、と。
「終点だけど」
「そうですねえ」
ううむ、とP子さんは入り口上に貼られた都内路線図を見上げる。
「確か今日は」
「ん?」
終点で、山手線に乗り換え。P子さんはこっち、と彼の手を引っ張った。珍しいことに、一瞬DBの心臓が飛び跳ねた。指先だけが、異様に堅い手。
そのまま、山手線から総武線に乗り換えて、水道橋で降りる。そこには大きな卵があった。
「ここ?」
「確か今日は、こっちで試合があったはずなんですよね」
東京ドーム。行き慣れているのだろうか、彼女にしては実に珍しい程すたすたと歩いていく。DBはその後を急ぎ足でついていく。
「P子さん、足速い」
「え? そうですか?」
よほど好きなんだなあ、と彼は思う。下手するとギターを弾きに行く時より速いのではないだろうか。
さくさくと彼女はチケット売場へと向かう。二枚購入すると、一枚を彼に渡した。
「外野自由席しか無かったですけどね。まあ仕方ないですか」
「遠いね。いいの?」
「まああれは、見ようと思って見るもんじゃないですよ」
P子さんはそう言って、笑った。
「見ようと思って見るものじゃない?」
「まあ行けば判りますよ」
そういうものだろうか、と彼は思う。
それから二人で、近くの蕎麦屋に入った。冷房が効きすぎていたので、結局熱い天ぷらそばをすすることになってしまった。
「そう言えばP子さん、身体の方は大丈夫?」
「え」
一瞬、彼女の箸が止まる。あれ、とDBは少しだけ不思議に思う。
「まあ、前よりはましですよ。うん。ほら今日はちゃんとこうゆうものも食べられるし」
衣がぴっと立っている大きなえび天。ごぼうと人参の野菜天。のり天はつやつやと蛍光灯の光を反射している。
目線の上にあるTVでは、NHKの連続TV小説の再放送を流している。すいませんお茶のお代わり下さい、とP子さんは通りかかった店員に声をかける。
「これからどうしようかな」
DBは何気なくつぶやく。
「どうしましょうかね」
P子さんも首をかしげる。結局、普段こうやって出る習性が無いから、何処へどう行っていいのか二人とも判らないのだ。
ドームの開場時刻まではまだしばらくある。
「外ぶらついても暑いだけですからねえ」
もっともである。
東京の夏は暑い。年々暑くなっている。そんな中、昼間にただぶらぶらとするというのは、結構に体力を使う。
夜に遊ぼうと思ったら、そんなことで無駄に体力を消耗するのは、賢い方法ではない。
だけどまあ。
「まあ別に、涼しいとこをあちこちぶらついて、時々茶でもしてれば、時間が適当に過ぎてくんじゃないですかね?」
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