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第17話 口に戸は立てられない。

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「聞いたよP子さん」

 そう言って石川キョーコはにやり、と笑った。

「何をですか?」
「またあ。男ができたって、専らの噂じゃあないの。水くさいなあ、我々も結構長い仲でしょうに」
「……アナタら、本当にヒマですねえ……」

 ふう、とP子さんは呆れたように大きく息をついた。
 実際、ここ数日で何人からそう言われたことか。
 まあ「予測」が「本当」の情報に変わったあたりに関しては予測がつく。だが何でそこまで「P子さんの彼氏」に関して皆が気にするのか彼女にはさっぱり判らなかった。

 生理も終わって正気に戻ったFAVがまず、どういう相手か、というあたりをずいぶんしつこく聞いていた気がする。
 だが答えられることなんて大して無いから、知っていることだけさらっと答えた。ふうん、とFAVは大きな目をぱっちり開けてうなづいた。

 それからMAVOが好奇心一杯、という顔で、FAVから得た情報にも少し付け加えよう、ばかりに質問してきた。もう少し出会ったくんだりを話して、と言うので、そのあたりを詳しく話したら、呆れたようにこう言った。

「服を踏むなんて信じられなーい」

 別に踏みたくて踏んだ訳ではないのだが。

 そしてリーダーが最後に訊ねた。さすがにリーダーはリーダーらしく、こうまとめた。

「別にどういうひとと、でも構わないけれど、仕事には支障きたさない…… できるだけ、ね」

 できるだけ、というあたりに、HISAKAが自分のことを良く知っている、とP子さんは思う。

「だけどいきなりその誰かさんのために、仕事放ってしまうかもしれませんよ」
「でもあなたが放り出す時には、何かしらの理由が存在するでしょ? ただ無意味にだるいから、とか彼氏が行くなと言ったから、なんて馬鹿馬鹿しい理由にはならないでしょ?」
「それはそうですが」
「理由があらかじめ判ってることなら、まあ何とでもしようがあるでしょ。嫌なのは突発事項。私基本的に段取り君だから、予定が突発的に狂うの、嫌いなのよ」

 そう言ってふふふ、とリーダーは笑った。

「まあワタシだって好きではないですがね」

 ただ自分は予定が狂うのが嫌だからそもそも予定を立てない、のに対し、HISAKAは距離も時間も遠くまで見通しを立てる、という違いがある。

「これがFAVだったら、間近な変更だったら、結構それを生かしてしまおう、とか、突発だったらそのまま行ってしまえーっ! って感じもあるんだけどね、あのひとはハプニングに強いし。でも私やあなたはそうもいかないでしょうから」

 確かに、とP子さんはうなづいた。出方は違うが、思うところはこのリーダーは自分と結構近いのだ。

「でもHISAKA、一緒に居て苦にならない相手がいつも近くに居るってのも、そう悪くはないですね」
「あら、そういうひとなんだ」
「まあそういうことになりますかね」
「寝たの?」
「まああれをそういうなら」
「じゃあかなり好きなほうってことよね」
「好き、なのかどうか、は判らないんですけどね」
「あら、それってあんまりじゃあない?」

 HISAKAは目を見張る。

「いや、ワタシ、普通にそういう『好き』って感情が、いまいち良く判らないですからね。だからまあ、そっちがワタシの行動とか、その感じたことからそう思うんだったら、そう思ってくれて構わないんですがね」
「あんがいあなたも面倒な性格よね」

 P子さんは何も言わずに、口元だけを上げた。

「HISAKAがMAVOちゃんを『好き』というなら、たぶんワタシの彼に関する感情も、『好き』に近いんじゃないですか?」

 するとHISAKAは軽く首を横に振った。

「私と比べちゃあ駄目よ」
「だってアナタはMAVOちゃん好きなんじゃないですか?」
「好きは、好きよ。うん。一緒に暮らして、生活して、時には寝てもいるから、そういうのを好きというなら、好きよね。ただ、私達の場合、ちょっとそれだけでは済まない事情があるでしょう? 何よりも私達は音楽ってのがあるから」
「ああ」

 先日の歌入れの光景を思い出す。ブースのガラスを挟んだ二人の視線は、恋人とか愛人、というよりは、敵同士のようだった。

「ああいうものが無ければ、まあ単純に幸せなふたり、という奴をやっていられるのかもしれないけれど、私達はそうもいかないから」

 ……女同士ということの不利な条件を全く無視しているあたりにHISAKAの怖さがあるのだが、あえてそれは口にはしなかった。

「そういう、単純に幸せ、に転向しようとは思わなかったんですか? アナタ達は。別にアナタの財力だったら、二人で特別あくせく働いたりしなくても大丈夫でしょうに」
「音楽が無くちゃ、私は死んでしまうわ。MAVOは歌わなくちゃ、死んでしまうわ」

 さらり、とHISAKAは言った。

「あなたのギターもそうでしょう?」
「アナタがた程じゃあないですよ」
「でも無かったら困るでしょう?」
「無かったら無かったで…… まあ死にたくはないから生きてくとは思うけれど、でも生きてく気力は大半減るでしょうねえ」
「でしょ?」

 リーダーは満足したような笑顔になる。

「そういうとこが、P子さん私と近い、って思えるのよね。……変な話、FAVさんやTEARからギターやベース取っても、何か他の方法で生きていける、って思わない?」
「それは、思いますねえ」

 特にFAVなぞ、もともと美容師をやっていたのだ。手に職がある。
 TEARは手に職はともかく、あの気性だから、何かしらして、とにかく生きて行こうとするだろう。

「でもTEARあたり、そんな、フツーのOLとかは絶対にできそうにないですがね」
「そりゃそうよね。セクハラする上司に一発アッパーカットでも食らわせて、すぐにクビってことになりそう」

 あははははは、と二人は笑った。
「でも、それでも何とかなると思うわ。でも駄目ね。私もMAVOも、そういうのは、できないのよね」

 そうかもしれない、とP子さんは思った。一文無しになってしまった時、このひと達が小さなアパートに住んで、安い賃金であくせく働くなんていう図は浮かばない。似合わない。そもそもできるとも思えない。見たくもない。
 だからこそ、このひとは、この世界で生きていくための術を、その良く回る頭でこれでもかとばかりに考えるのだ。
 そして実行に移す。時には面の皮を数倍に厚くし、会社のお偉方と堂々と渡り合う。HISAKAはそんな女なのだ。
 根っこが似ていたとしても、自分にはそんなことは絶対できない。そうなりたいとも思わない。HISAKA自身もこういう。P子さんはそのままでいてね。
 言われなくても、自分はきっと、ずっとこのままだと思う。
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