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第33話 茶会の結果

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「茶会以来、裁縫方に教わりたい、という申し入れがずいぶん増えました」
「一方、糸問屋が、もっと多様な太い糸を出して欲しいという申し入れに泣いている模様です。先日注文に来た時にこぼしておりました。柔らかい毛でできた糸がもっと欲しい、という注文も相次ぐので、羊や長毛種の獣の毛皮を取る際にもっと糸を作る様にと要請せねばならないとか」
「菓子関係では、飴細工の職人があちこちに呼ばれて驚いていた様です」
「それから、例の海藻から作るものの素がヌドゥガン藩候の方から土地の料理人と共に届きました」

 女官長をはじめ、裁縫方と配膳方の上級女官が、それぞれ担当していたことをアリカに報告する。

「ありがとう。配膳方はまた、暑い時にものどごしの良い菓子をそこから考えて下さいな。裁縫方はしばらくは依頼には全部応えてください。しっかりやり方が伝われば、それは更に下で働く人々の仕事になるのではないかと思います」
「仕事」

 ブリョーエ裁縫方筆頭は自分の分野であるものが下々の仕事になる、と聞いてはさすがに平然としてはいられなかった。

「―――になるのですか? 女君」
「鉤のついた棒一本でものを作り出すことができるなら、材料さえ依頼主があれば、職人はすぐにできると思いませんか?」
「ええ。まあ、人によるとは思いますが」
「そう。人によります。けどその人が高い身分の人々の中にどれだけ居ると思いますか?」

 ブリョーエは少し考え、成る程、とうなづいた。

「確かに適性がある者は必ずしも多くありませんね。裁縫方だけでもそう思います。皆様方の衣服を美しくかつ楽に動ける様に仕上げる才能と、刺繍の様に絵画的素養と忍耐が必要な者や、そして今回の様に、数字にもある程度耐性が必要な者とでは違いますから」
「そういうことです。もうじき私の異母姉の結婚式がありますが、その衣装にも細かな刺繍がなされると聞いています」
「はい。サヘ将軍家でしたら、きっと美しい刺繍のされた衣装でしょう」
「その刺繍をするのは、結婚衣装を作る店そのものではなく、刺繍専門の店であるとか。ではその刺繍専門の店の職人は何処から出たのでしょう?」
「……まあ、生粋の帝都や副帝都の出身ということはございませんね。そもそも帝都や副帝都に代々住めるということ自体、職人としては相当高級な部類です」
「ですね。ですが、似たものを欲しいと思う、もう少し下の身分の者も多いのではないですか?」

 ブリョーエは考える。

「女君、例えばこういうことでしょうか? 私の姪は何年か前にここより南東の地に嫁いだのですが、そこには生まれ育った副帝都で見た様な美しい衣装が無いので、地元の者に似せたものを作らせました。すると地元で裕福な者がそれをまた真似た、でもそこの土地に合う様な衣装を作る様になりました」
「そう、それと似たことが編み飾りや細工で起こるのではないかと思うのですが」
「そうですね。今でしたら多少毛の糸のだぶつきもあるらしいので、そこに色をつける等、別の仕事を作ることもできるかもしれません。―――が、それが女君の狙いだったのですか?」
「そうですね」

 アリカは何と言ったものか、と少し迷う。

「女官長に先にものの出入りを調べてもらったでしょう? そして最近また同じことをしてもらいました。どう思いますか?」

 女官長は軽く首を傾げ、手持ちの資料を見る。

「確かに、以前より布や糸や何やら、動きがかなり出てきております。特に糸が。そして糸に合わせて布も、と言った様に。更に言うなら、帝都副帝都に入ってくる業者も微妙に動きがありそうで」
「その『動き』を見たかった、と言ったら皆さん怒りますか?」
「女君、菓子もですか? 醤油を先に仕入れておくように、と仰有ったこと……」
「いえ、そちらはまだこれからです。でも可能性はあると考えてもいいかもしれません。厨房ではその後、醤油はどうなりました?」
「一気に品薄になった様で。早くから仕入れておいて本当に良かったと思います。最近では皇帝陛下も揚げた米菓を要職の方々との話し合いの際、結構ご所望になられますので……」
「口の中が荒れるから大変だ、と医療方からこちらが怒られるのですがね」

 タボーが少しだけ付け加えた。

「陛下がですか?」
「いえ、食べ過ぎる他の官僚の方々がです」

 肩をすくめるタボーに、さざめく様に笑いが起こった。

「食べ過ぎは良くないですね。配膳方には、もう一つ、海藻で作るものが『滋養が無い』と言われることの意味も少し調べてもらいたいのですが」
「承知致しました」

 それぞれの女官が何となく気付いた。
 アリカはやはりある程度の展望を持って自分達によく判らない指示をしている。この茶会は何かしらの作用を更に外側に起こしている。
 狙いが曖昧であることは未だ変わらないが、今までの、毎日を公主や元公主達、皇帝直下、皇帝の威を狩る何とやらの希望をあちこち聞いて調整しながら四苦八苦する状況からは、どうやら自分達は解放されるのではないか、と思った。
 ともかく皇后陛下の希望が一番なのだ。それがあれば、他の気紛れな指示は後にしてもいい。遠慮してくれることも増えるだろう。
 今まで不在だった、「奥」を束ねる者。
 それが今は、何かしらの大きな展望を持てる一人が受け持ってくれるらしい。
 この現実は、彼女達に大きな安堵感を与えた。

「さてそれで女官長、一つお願いがあるのですが」
「はい」
「異母姉君に、私から贈るには、どういったものが良いでしょうね」
「問いですか」
「はい。セレナルシュ異母姉君は、歳も離れていますし、親しいと言える程のお付き合いも少なく…… 現在の私の状況から不自然でないものを、女官長を初めとした皆さんに考えていただきたく」

 了解致しました、と上級女官達は揃って答えた。



「投げましたね」

 寝る少し前になって、サボンはこっそりとアリカに問いかけた。

「セレ…… 様は確かに殆ど関わったことがないですからね。実際そうだったでしょう? でしたら、そういう知恵は借りた方がいいんですよ。縁戚に大きなものを、という先例を作るのも何ですが、あの方の噂のこともありますし」
「……ああ」

 口ごもるのもわかる、とサボンは思った。父将軍の血をひいていない、ということは口にされていないだけで皆知っていることだったからだ。
 セレはセレで、自分の立ち位置を知っている。そのことを踏まえた上で―――

「ということを考え出すと、正直今日受け取った報告をまた考え出すのに億劫で」
「そういうこと?!」

 はあ、とサボンはため息をついた。疲れないアリカと違って、こちらは茶会以来の疲れが溜まっているのだが。

「ですから貴女にも余波が来る前に、しばらく向こうは向こうで考えていてもらおうかな、と」
「……明日少し時間貰ってもいいですか」
「リョセン殿が来ますか?」
「うん……」
「どうしました? 浮かない顔ですけど」
「少し里帰りをしてくるから、その挨拶ってことなんだけど」
「里帰り、って草原でしたね」
「……また何か考えているんでしょ」

 正解です、とアリカは答えた。
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