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第31話 一番疲れるだろうと予想していた人々。

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 様々な夫人や令嬢と話をしながら、アリカは彼女達の出身の地方の状況等探りを入れていた。
 ただし彼女自身とて、知識を必要以上に注入されたとはいえ、所詮はまだ十六、七の娘なのではある。

「今日はお招きいただき……」

 そうミチャ夫人が二人の娘を連れてやってきた時には、何となく胸の中に何とも言えない気持ちがよぎった。
 正直この「実家」の人々を相手にするのが一番疲れるだろうな、と彼女は予想していた。無論それは間違っていなかった。

「お元気そうで何よりです」
「マヌェがこれを貴女様に、と」

 そう言ってミチャ夫人はシャンポンに持たせていた包みを手渡した。
 薄い淡い色の紙に包まれていたのは、ふんわりとした、手の上に乗る程度の小さな兎を模した編み細工だった。

「これは」
「ウリュン様を通してお教えくだった方法で、いつの間にかこんなものを作っておりまして。可愛いとこの姉が褒めましたら、ぜひ貴女にと」
「ありがとうございます」

 言いつつ、アリカはつい表に裏に、とじっと観察してしまった。というのも、その細工は立体的なものだったからである。

「中には何が詰められているのですか?」
「枕の中に入れるものを」

 シャンポンが代わって答えた。

「これは…… 凄いですね」

 それは心からの言葉だった。
 自分が提示したものはあくまで平面のバリエーションだったが、それを立体に、という考えを示したのは彼女が初めてだったのだ。緑の公主とやはり何処か近い部分がある、とアリカは思った。

「マヌェは一つのことに取り組むと一生懸命です。ですので今あの子の部屋は同じ様な兎だらけですが……」
「ありがとうございます。これは本当に素晴らしいです」
「喜んでいたと伝えましょう」
「今は上の姉様に羽根をつけると言っているわ」

 マドリョンカがそこに割って入った。その視線はアリカではなく、その斜め後ろに控えているサボンの方にあった。
 困った、とサボンは思う。近い年頃の彼女が自分に対して持っていない――― いや、軽蔑しているだろうことは判っている。だが露骨すぎるのだ。

「最近桜様のところへお通いになっておられるとか」

 アリカはその視線に気付き、話をマドリョンカ絡みのものに移した。

「明るくて良い方ですね」
「ええ、とても素晴らしい方で、何かと勉強させていただいております」
「例えば?」
「例えば。そうですね、この先有望な殿方のこととか」
「上の姉君の次は貴女ですか」
「おそらく」
「良いご縁を用意できればと思います」
「いいえ自分で探します」

 ぴしゃ、とマドリョンカは言った。ミチャ夫人は顔色を変え、聞き耳を立てている者は居ないか、とちらちらと視線を周囲に飛ばした。

「どんな道であれ、有望な方は私、自分の目で確かめたく思いますの」
「マドリョレシナ!」

 シャンポンは妹をたしなめる様に彼女を本名で呼ぶ。

「何ですか姉様」
「せっかくのことなのに、いきなり反発することは無いだろう」
「シャンポニェ姉様、貴女だって常に学術やら芸術とかのことで殿方のお友達がいらっしゃるじゃないですか」
「確かに友人は居る。だがここで言う話でもないだろう?」
「いえ、やはり私自身の立場ははっきりさせておきたく。きっとこの先、わがサヘ家とつながりを持とうとすり寄ってくる殿方が増えてくると思いますのよ。私は彼等をきちんと見抜く目を持たねば。サヘ将軍の娘として恥ずかしくない様に」

 そう言ってまたちら、とサボンの方を見た。
 困ったものだ、とアリカは思う。確かにこの上昇志向の強い彼女からしたら、確実に生き残ることを選んだ現在のサボン、実の妹は腹の立つ存在だろう。だがわざわざ当てつけて言うことでもない。

「マドリョンカ姉様」

 アリカは何となく頭痛がしてきそうだったので、あえて愛称の方で呼んだ。

「それでも妹として、できるだけのことはしたく思います。何かしらございましたら、ぜひ忌憚ないご意見を……」

 アリカらしくなく言葉を濁す。そして再びミチャ夫人の方へ視線を回し。

「今日のお菓子は如何でしたか?」

 そう問いかけた。

「あ、はい。普段見ないものも多く、家に残った者に教えられればと」
「よかった。お気に召したものがあれば、持って行って下さいませ。きっと厨房の方々はどうやって作ったかすぐに判ると思います」

 そう、それは実感としてアリカは判っていた。
 サヘ家の厨房方は皆優秀だった。それこそ、病床のテア夫人に食べてもらう努力から、現在の偏食が激しいマヌェや、なかなか筋肉がつきにくいウリュンの身体を立派にするまで、様々な努力をしてきたのだ。味と滋養が身体にどれだけの効果をもたらすのかを、彼等は実によく知っていた。そして「当時のサボン」はそれを目の当たりにしてきたのだ。
 アリカは自分がそもそも「覚える」こと程には手が器用ではないことはよく判っている。かつてサヘ家の厨房でも言われたものだ。「何でまた、手順はよく覚えているのにその通りに手が動かないのかね」と。努力家であることと、お嬢様を一番理解していることは皆よく知っていたので、ため息だけで済んだのだが。

「米菓は美味しいのですが、食べ過ぎに気をつけてください。今日は揚げたものを出した様ですが、焼いたものもとても美味しいです。父上や兄上の酒のつまみにもなれば嬉しいです」
「確かにそうですね。そう言えば、一番大きなテーブルに素晴らしい飴細工がありましたが」
「彼女が市場で調べてきてくれました」

 そう言ってサボンの方を見る。頭を軽く下げる彼女に、ミチャ夫人は微妙な表情で笑いかけた。

「とても楽しかった、とのことで。私が出られない分、彼女にはできるだけ私には見られないものを見てきてもらいたいと思います」

 これは微妙に当てつけだった。
 く、とマドリョンカの口の端が歪んだ。
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