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第24話 茶会に出す菓子の決め手は何だ。

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 そうこうしているうちに、「新しい皇后陛下」の主催の茶会が間近となった。
 三公主と太公主、それに元公主の諸侯の奥方に招待状は配られた。
 宮中に居る四人はともかく、他の元公主達に関しては女官長がそれなりにびりびりとしていた。

「何しろ数が多いのですよ」

 だろうな、とそのほぼ全てを見てきただろう女官長のため息の理由をアリカは想像する。その一人一人の嫁ぐ際にまた色々とあったのだろう。レレンネイという一人の女官がこの宮中で育ってくる中で。

「女君が一番位が上ですから、いつもの調子で居て下さいませ」
「いいんですか?」

 アリカにしては珍しく、少しだけおどけた調子で訊ねた。

「……まだこのお歳でこれだけ落ち着いてる女君なんて私は一度たりとしてお世話したことございません」

 褒めているのか何なのか今一つ判らないが、女官長なりのユーモアであるのだろう、アリカはそう解釈した。

「茶会はまあおおまかな形は決まっておりますし、そうそう変える必要は無いと存じます。ただ雰囲気とか、どうしても使いたい茶や菓子、それにそれぞれの方々への下賜品とか思いつくものがございましたら仰有って下さいませ」
「人数が多いからですか?」
「そうです」

 そこは女官長も言い切った。

「人数は大切です。皇后陛下の茶会とは言え、ご命令ということではないとすれば、来ないということで自分自身の意思表示をする方々もいらっしゃるのです。ですのでその辺りを見計らって、こちらも用意をせねば」
「そこなんですが」

 アリカは手を挙げた。

「外の菓子職人の腕を知りたいのですが」
「外の」
「ええ。正直それでいいものがあれば、中にも取り入れればいいし、向こうは向こうでそれなりにこちらで通用する程度を覚えるのではないかと」
「それでは宮中の格というものが……」
「切磋琢磨したところを御用達ということにすればいいのでは?」

 考えてみましょう、と女官長は自分の持ち場へと引き下がっていった。

「外のお菓子も美味しいわ」

 上司の姿が見えなくなってから、サボンはアリカにワゴンを押して入ってきた。
 載せられているのはタボーに頼んで作ってもらった「外で美味しかった菓子」の類いである。白い色の皿には焼き菓子よりは蒸し菓子や果物を使ったものの色が引き立っていた。 

「色んなものを少しずつ、っていうのは面倒そうでしたけど」
「でしょうね。だから余ったら皆で食べて欲しい、と言っておいたでしょう?」
「おかげで皆作りまくりです」

 くすくす、とサボンは笑った。失敗したらした分配膳方の「反省作」ということになるのだ。タボーが中心となってはいたが、皆が知っている「外の菓子」ということで、アイデアそのものは大量にあったのだ。

「これは色も綺麗ですね」

 薄紅色の蒸し菓子を切って口にする。

「作り方は簡単だそうですよ。粉と砂糖を練って蒸すだけだそうです。あとはそこに色んな風味をつけるのだとか」
「こちらは容器が必要?」

 皿の上に、一番小さな椀も載せられていた。

「牛の乳を果物の汁で少し固めたものだそうです」

 匙を渡される。口にすると少し酸味もある。

「果物に掛けると美味しいかも。果物自体を混ぜ込んで砂糖を入れて甘くするのも悪くはないし。……私の『知識』の中には、これをきちんと型から外せるくらいに固めるものもあるのですが…… さすがにそれは材料が揃わない」
「固まってしまう?」
「そう。この椀をひっくり返したら、そのままするっと抜けてしまう様な」

 へえ、とサボンは想像して感心した。

「それが何から出来ているのかは判るの?」
「一つは海藻から。もう一つは動物の…… 何って言いましょうね。たとえば、塊の肉を煮込む訳ですよ」

 身を乗り出してサボンはうなづく。何せ彼女は料理に関しては知識が非常に足りない。

「すると肉を取り出した後の汁が、そのまま放っておくとふるふるっと震える様な形に残ったりするんです。だからそういう所から材料はあるんですが…… それを菓子に応用するための説明がとても難しくて……」
「今は無理ということでいいのかしら」
「そうですね。でも外でその方法を見付けた者が居れば、是非話を聞いてみたいものです」



「……あるぞ」

 いつもの様に菓子をくれる男は、その話に珍しく食いついてきた。

「リョセン様ご存知なんですか?」
「帝都や副帝都ではない、北の海が近い地域の話なんだが」
「お付き合いが広いんですね」
「色んな話を聞くのは好きだ」

 話をするのが好きな者は、適当に相づちと興味を持ってくれる相手を好む。彼は軍の中でそんな者を沢山見てきた。そして軍は各地からの兵士が集まってくる場所だ。

「甘くはないのだが」
「甘くないんですか?」
「甘くはないが、震える様な塊を麺のようにして暑い時期の間食にすると聞いた」
「ふるふるの、麺?」
「細く長い」

 想像してみる。アリカに先日出したものは、そんな形を保つことができるものではなかった。だがこの話では麺、というくらいだから形がはっきりしているのだろう。

「その話をした方はまだリョセン様にとって近くに居るんですか?」
「居なくは無いが」
「教えていただけませんか?」

 リョセンは目を伏せ、腕を組んだ。
 どうしようかと考える時、彼は本当に口をつぐんでしまう。その時間が長ければ長い程、質問に答えてくれる可能性は低くなる。
 そして今回は顔を上げるまで、やや長かった。

「できなくはない。が、そうすると俺は休暇を取らなくてはならなくなる」
「あ……」

 サボンは理解した。居場所は分かっているが遠方に居るということだ。

「今すぐでなくても良いか」
「女君の目的が一つ満たされるかもしれませんから、ご連絡だけでも。お料理に興味がある女官がいる、ということでお願いしたいです」
「わかった」
「ありがとうございます」
「ところでサボン殿」
「はい」

 反射的に返事をしてしまったが、今名前で呼ばなかったか? 
 彼女は気付いて驚く。自分が彼のことを呼ぶことはあっても、彼がそう呼んでくれることは…… 殆ど無い。

「……はい、な、何ですか」

 意識してしまうと、何やら口の回りがおかしくなる。

「次に休みが取れたら市場へ一緒に行って欲しい」
「え? あ、はい」

 驚くとぱっと返事をしてしまう癖は何とかしなくては、と後で彼女は思った。
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