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第19話 砂漠の向こう、海の向こう
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「確かにパセジュ技術筆頭は何で自分達がこんなことに気付かなかったのか、と仰有いましたね。でもそれってある程度は普通じゃないかしら」
「そうですね。たぶんそれで普通。無ければ無くて通ることができるけど、あればあったで便利、という感じですか」
「わざわざそういうものを?」
「そういうものだから、と言うか」
アリカはまた言葉を探す。自分では理解していることをこの分身に説明するのは時折酷く難しい。だがサボンに説明できなければ、周囲に命じるのも無理だ。
この自分の最も側に居る彼女は、自分がある程度突拍子も無いことを言うということを知っている。心構えが違うのだ。
特に今は、これから必要となるであろう各部署への顔見せの部分も多い。
「陛下は何でもやっていいとは仰有った。だけど、何かをすぐに変えるというのは無理だし、その必要があるかとも考えてしまいます。そもそも何故陛下ご自身はそういうことなさらないのに、私を焚きつけるのか、そこも。だからまずは身近なところに、それまで無かったものを投げ込んでみようかと」
「投げ込むと?」
「……湖に石を投げ込むと波紋が広がるでしょう?」
「ええと」
「だから、小さなものでも一つ投げ込んだことで、影響が何処までどう広がるのか、それをまず試してみたいんです」
「それで編み飾り」
「編むという作業が、不思議なくらいに帝国全土でも見つからなかったんですよ。織るという作業は何処にもあるんですが」
「そうなの!」
「教わったことないでしょう? 桜の公主さまの所で珍しがられるということは、この宮中に集まる綺麗なもの好きの女性に全く知られていないと考えてもいいのではないかと」
「たまたまではなくて?」
アリカは首を振る。
「あの方が宮中で綺麗なものが好きで、それを組み合わせてまた周囲から素敵だと言われる装いをし、それが帝都や副帝都の身分が高い女性達の目に止まる。ではもっと沢山作りたい。となるとこちらの縫製方だけでなく、外部に専門の職人がだんだん出てきて、更には裕福な商人や、彼等に仕えている召使いとかにも伝わっていくのではないかと思うのですよ」
「公主さまのものを召使いが使える様になるのかしら」
「そう、そこでどう流れていくのか。そこが私としては上手く判らないので、実際に眺めてみたいと思ったんです」
なるほど、とサボンは大きくうなづいた。
「それに、私は当初飾りとしてしか出しませんでしたが、太公主さまはその手持ちの糸から、首周りを暖かくできるものを作ることができる、とお考えになったでしょう? この方面から考えていくと、割と簡単に暖かい衣類が人々に行き渡るのではないかと思って」
「ええと、つまり、織機の様な場所を取ったり、特別な技が必要でなくとも、糸と棒さえあれば、暖かな布が作れる、ということ?」
「ええ。本当はもう二つやり方があるんですよ」
「……また私を最初に使うんですね」
「当然です。まず貴女ができない様でしたら、普通の人々は尻込みします。誰でもできる様なものであって欲しいんです」
「でもそうすると、編み飾りの価値とか減らない?」
「そこで、飾りものの場合は材料や形…… 意匠が問題になる訳ですよ」
「意匠?」
「見本にした飾りには、要素は全部詰まっています。縫製方の中でも、色や柄を決める方々が居るでしょう? そういう方々は、あの飾りを更に綺麗に、目立つものにしたり、誰が身につけるかによって違うものにできるのではないでしょうか?」
それに、とアリカは自分の長く残した髪の端を手に取る。
「この様に、玉を飾ることだってできます」
ああ、とサボンは手を叩いた。
「そういうこともあって玉に関しての資料をもらったり?」
「それだけではないですが、今あるものを使って絡めて美しくすることはできますね」
「もっとふわふわに編むことはできないのかしら」
「そこは糸と、……技術ですね。そこまでは貴女に求めないですが…… カリョンに頼めばできるのではないですか?」
意地悪、とサボンは軽く膨れて菓子を口に放り込んだ。それを見ながら、悠々とアリカも茶を手に取る。
「でも最初はこういうものだとして、皇后陛下はもっと何か広いお考えがあるのでしょう?」
「あることはあるんですよ」
「それって地図のこと?」
う、とアリカは茶を飲む手を一瞬揺らせそうになった。
「変な所で鋭いですね貴女」
「だって、正確な地図が無いって散々書庫の本漁っていた時に口にしていたわ」
茶をワゴンに置き、やれやれ、とアリカは苦笑する。
「その辺りの説明は私には判らない類かしら?」
「さっぱり判らないでしょうね。貴女この帝国の外に何があるか想像できますか?」
「砂漠と海がある、とは聞いているわ」
そう。自分についた教師は、そう説明した。一応用意されていた「地図」で、先帝がどう帝国を統一したか、ということも。
その時に帝国を示すくくりの外にも何かあったので聞いたことがある。その時東には海があり、西には砂漠が広がっている、と。
ただ教師はそれ以上の説明はお嬢様には必要は無い、と言ってそれまでだった。
だがアリカはそれ以上のことを知っているらしい。
「ではその砂漠の向こうは? 海を延々渡ると何があるでしょう?」
サボンはそこで黙り込んだ。
「何かあるの?」
「あることは、あるんです。それは私も知っているんですよ。私達の様に人が住んでいて、何かしら生きていることも」
「砂漠の向こうに!?」
「全くこちらから向こう、その逆を渡ることができないとは思えないんですよ。私の『知識』からすると」
「そうですね。たぶんそれで普通。無ければ無くて通ることができるけど、あればあったで便利、という感じですか」
「わざわざそういうものを?」
「そういうものだから、と言うか」
アリカはまた言葉を探す。自分では理解していることをこの分身に説明するのは時折酷く難しい。だがサボンに説明できなければ、周囲に命じるのも無理だ。
この自分の最も側に居る彼女は、自分がある程度突拍子も無いことを言うということを知っている。心構えが違うのだ。
特に今は、これから必要となるであろう各部署への顔見せの部分も多い。
「陛下は何でもやっていいとは仰有った。だけど、何かをすぐに変えるというのは無理だし、その必要があるかとも考えてしまいます。そもそも何故陛下ご自身はそういうことなさらないのに、私を焚きつけるのか、そこも。だからまずは身近なところに、それまで無かったものを投げ込んでみようかと」
「投げ込むと?」
「……湖に石を投げ込むと波紋が広がるでしょう?」
「ええと」
「だから、小さなものでも一つ投げ込んだことで、影響が何処までどう広がるのか、それをまず試してみたいんです」
「それで編み飾り」
「編むという作業が、不思議なくらいに帝国全土でも見つからなかったんですよ。織るという作業は何処にもあるんですが」
「そうなの!」
「教わったことないでしょう? 桜の公主さまの所で珍しがられるということは、この宮中に集まる綺麗なもの好きの女性に全く知られていないと考えてもいいのではないかと」
「たまたまではなくて?」
アリカは首を振る。
「あの方が宮中で綺麗なものが好きで、それを組み合わせてまた周囲から素敵だと言われる装いをし、それが帝都や副帝都の身分が高い女性達の目に止まる。ではもっと沢山作りたい。となるとこちらの縫製方だけでなく、外部に専門の職人がだんだん出てきて、更には裕福な商人や、彼等に仕えている召使いとかにも伝わっていくのではないかと思うのですよ」
「公主さまのものを召使いが使える様になるのかしら」
「そう、そこでどう流れていくのか。そこが私としては上手く判らないので、実際に眺めてみたいと思ったんです」
なるほど、とサボンは大きくうなづいた。
「それに、私は当初飾りとしてしか出しませんでしたが、太公主さまはその手持ちの糸から、首周りを暖かくできるものを作ることができる、とお考えになったでしょう? この方面から考えていくと、割と簡単に暖かい衣類が人々に行き渡るのではないかと思って」
「ええと、つまり、織機の様な場所を取ったり、特別な技が必要でなくとも、糸と棒さえあれば、暖かな布が作れる、ということ?」
「ええ。本当はもう二つやり方があるんですよ」
「……また私を最初に使うんですね」
「当然です。まず貴女ができない様でしたら、普通の人々は尻込みします。誰でもできる様なものであって欲しいんです」
「でもそうすると、編み飾りの価値とか減らない?」
「そこで、飾りものの場合は材料や形…… 意匠が問題になる訳ですよ」
「意匠?」
「見本にした飾りには、要素は全部詰まっています。縫製方の中でも、色や柄を決める方々が居るでしょう? そういう方々は、あの飾りを更に綺麗に、目立つものにしたり、誰が身につけるかによって違うものにできるのではないでしょうか?」
それに、とアリカは自分の長く残した髪の端を手に取る。
「この様に、玉を飾ることだってできます」
ああ、とサボンは手を叩いた。
「そういうこともあって玉に関しての資料をもらったり?」
「それだけではないですが、今あるものを使って絡めて美しくすることはできますね」
「もっとふわふわに編むことはできないのかしら」
「そこは糸と、……技術ですね。そこまでは貴女に求めないですが…… カリョンに頼めばできるのではないですか?」
意地悪、とサボンは軽く膨れて菓子を口に放り込んだ。それを見ながら、悠々とアリカも茶を手に取る。
「でも最初はこういうものだとして、皇后陛下はもっと何か広いお考えがあるのでしょう?」
「あることはあるんですよ」
「それって地図のこと?」
う、とアリカは茶を飲む手を一瞬揺らせそうになった。
「変な所で鋭いですね貴女」
「だって、正確な地図が無いって散々書庫の本漁っていた時に口にしていたわ」
茶をワゴンに置き、やれやれ、とアリカは苦笑する。
「その辺りの説明は私には判らない類かしら?」
「さっぱり判らないでしょうね。貴女この帝国の外に何があるか想像できますか?」
「砂漠と海がある、とは聞いているわ」
そう。自分についた教師は、そう説明した。一応用意されていた「地図」で、先帝がどう帝国を統一したか、ということも。
その時に帝国を示すくくりの外にも何かあったので聞いたことがある。その時東には海があり、西には砂漠が広がっている、と。
ただ教師はそれ以上の説明はお嬢様には必要は無い、と言ってそれまでだった。
だがアリカはそれ以上のことを知っているらしい。
「ではその砂漠の向こうは? 海を延々渡ると何があるでしょう?」
サボンはそこで黙り込んだ。
「何かあるの?」
「あることは、あるんです。それは私も知っているんですよ。私達の様に人が住んでいて、何かしら生きていることも」
「砂漠の向こうに!?」
「全くこちらから向こう、その逆を渡ることができないとは思えないんですよ。私の『知識』からすると」
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