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第8話 ブームの始まりとは誰も知らない
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二週間後、ブリョーエ筆頭とカリョンが揃ってアリカの元にやってきた。
ブリョーエは四角い盆に幾つかの巻物を乗せ、差し出した。
サボンは受け取り、テーブルの前に座っていたアリカの前に置く。
「これがご依頼の玉の仕入れ元でございます。期間がございましたので、他の装飾品の販路の方も付け加えました。そしてカリョーキン」
「はい」
カリョンもまた、盆に―――
うずたかく盛られた何やらの上に布が掛けられている。宜しいでしょうか、との声にアリカがうなづくと、テーブルの上にそれがそっと乗せられた。
「試しに」
布がふわりと取り去られる。
そこには、花形をした様々な大きさと厚みを持った編物が積まれていた。
「こんな沢山」
「カリョーキンがこれだけのものを作ってしまった説明をしたいということですが、宜しいでしょうか」
どうぞ、とアリカは認める。カリョンは一番上に置いたものを手に取る。
「女君からのご指示で最初に私が作ってみたのはこれでした。いただいた糸と鉤棒で作ったものです。ですが、どうも作っているうちに、この模様は一律に繊細なものではないかと思い、もう少し固めの糸は無いか、と周囲に相談致しました。そこでできたのがこちらです」
最初のものよりやや小ぶりなものが前に差し出される。
「非常に美しいですね」
「はい」
「ではその下のものは更に試してみた結果ですか?」
「はい。根を詰めて作業をする癖がございますので、同僚達に興味をもたれ、やり方を聞かれたことから、皆で作ってみたものです」
如何でしょう、とカリョンはアリカに問いかけた。
アリカは最初の二つをひとまず分けて置き、同じ模様で編まれた十数枚を一つ一つ広げてみた。
その中で、細い赤と白の絹糸を縒って編んだたものを手にする。
「これを作ったのは?」
「同僚です」
「同じ鉤棒で作ったものでは無いですね」
「はい。―――彼女は、この中でこれと」
三枚がその中から選り出された。どれも大本のものより相当小さなものだった。糸が細いだけではこの様にはできない。
カリョンはまた、布にくるまれたものを差し出す。中から出てきたのは、細く削られた竹箸だった。
「厨房から不要になった菜箸を一本分けてもらって、自分で細くても壊れない、それでいて滑りの良い鉤棒を作ってみた、ということです」
アリカはそれらの細かい編み目のものをしばらくじっと見つめていた。
「カリョン貴女は、その同僚とは良い付き合いをしていますか?」
「あ――― はい」
唐突に何を、とカリョンは戸惑った。
「ともかく細かく細かくものを作るのが好きなのですが、色や糸に冒険してしまう癖があって」
「例えば? その細かいものとか冒険とかは」
「……あ、はい。桜様の帯の注文を受けた時に、とても細かい文様を刺繍したのですが、細かすぎて不評になってしまったこととか、縦糸に赤、横糸に白の布を織って合わせる側を困らせたとか……」
「困ることは多々あるのですが、細かさにおいては比類無い女官であるので、手放すということは考えられず」
「そして細かい方が綺麗だと思ったら、この様に、道具も考えてしまうと」
成る程、とアリカは納得した様にうなづいた。
「それではカリョン、その同僚――― 名は何と言いますか」
「セキ・アルレイ・クダスです」
「では貴女とその彼女で、今度はこれを」
再び脇から図面が取り出された。
「その細かさで、光沢をもった糸で作り、三人の公主様方に私からと言って差し上げてもらえますか」
桜の公主、レテ・アマダルシュ。
鳥の公主、ルバブ・イースリャイ。
そして緑の公主、サタルフォ・イムファシリャ。
「贈り物ということで宜しゅうございますか?」
ブリョーエ筆頭はさっと確認を入れる。単に贈るのか、何かしらの意味があるのか。
「面白いものがありますのでご自由にお使い下さい、という意味の言葉を添えたいのですが。色はそれぞれの公主様方にお似合いのものをお任せ致します」
「それは――― 逆に我々が考えるよりは」
「では白で」
アリカは言い切った。
「そしてそのうち私は茶会を開くことになると思いますので、その時どの様にその方々がそれをお使いになるのか、できれば私は早く知りたいのですが」
「ではそれぞれの公主様方に近い女官にその旨、私止まりで伝える様に命じておきましょう」
宜しくお願いします、とアリカはうっすらと笑みを浮かべて二人に告げた。
*
「アル! アルレイ! 大変な仕事よ!」
作業場に戻ったカリョンは眠そうな目の同僚の元に足早に近寄っていった。
「何ですか大声は辛いです」
「あんたが作ったものを女君がとってもお気に召して、公主様への贈り物をも作って欲しいということになったのよ!」
「はて」
かくん、とアルレイの二つに分けた三つ編みがぽとん、と揺れる。彼女はこの辺りでは珍しい、太く縮れた髪を縄の様に編んでいた。
「そんなにお気に召されたとはとってもお珍しい」
「何そんな淡々としてるの! あんた作ってる時は必死で私の声とかも聞こえないくらいなのに何なのもう」
「図面あるんですよね」
「え? ああ、まああるけど」
「糸は? 色は? 全体の長さは?」
「……はいはい、これが図面」
周囲の同僚も、カリョンを眺めつつ、よく相手ができるな、とばかりに顔を見合わせていた。
「それと、私から取り上げたあれ、返してくださいな」
「取り上げたなんてもう、人聞きが悪い。もう一本二本作った方がいいんじゃない? 私とあんたで作れ、ってことなんだから」
「同じものでないと気持ち悪いので、鉤棒は私つくります。それがあればカリョンも大体同じものができるはず」
「そういうものなの?」
「女君は何処からこんなもの取り出してきたのでしょうね」
カリョンの問いかけも聞かず、アルレイは既に新たな図面に視線を移し、真剣に見つめていた。
これが後に副帝都におきる編み飾りブームの始まりであることを、まだこの――― 少なくとも一人は気付いていなかった。
ブリョーエは四角い盆に幾つかの巻物を乗せ、差し出した。
サボンは受け取り、テーブルの前に座っていたアリカの前に置く。
「これがご依頼の玉の仕入れ元でございます。期間がございましたので、他の装飾品の販路の方も付け加えました。そしてカリョーキン」
「はい」
カリョンもまた、盆に―――
うずたかく盛られた何やらの上に布が掛けられている。宜しいでしょうか、との声にアリカがうなづくと、テーブルの上にそれがそっと乗せられた。
「試しに」
布がふわりと取り去られる。
そこには、花形をした様々な大きさと厚みを持った編物が積まれていた。
「こんな沢山」
「カリョーキンがこれだけのものを作ってしまった説明をしたいということですが、宜しいでしょうか」
どうぞ、とアリカは認める。カリョンは一番上に置いたものを手に取る。
「女君からのご指示で最初に私が作ってみたのはこれでした。いただいた糸と鉤棒で作ったものです。ですが、どうも作っているうちに、この模様は一律に繊細なものではないかと思い、もう少し固めの糸は無いか、と周囲に相談致しました。そこでできたのがこちらです」
最初のものよりやや小ぶりなものが前に差し出される。
「非常に美しいですね」
「はい」
「ではその下のものは更に試してみた結果ですか?」
「はい。根を詰めて作業をする癖がございますので、同僚達に興味をもたれ、やり方を聞かれたことから、皆で作ってみたものです」
如何でしょう、とカリョンはアリカに問いかけた。
アリカは最初の二つをひとまず分けて置き、同じ模様で編まれた十数枚を一つ一つ広げてみた。
その中で、細い赤と白の絹糸を縒って編んだたものを手にする。
「これを作ったのは?」
「同僚です」
「同じ鉤棒で作ったものでは無いですね」
「はい。―――彼女は、この中でこれと」
三枚がその中から選り出された。どれも大本のものより相当小さなものだった。糸が細いだけではこの様にはできない。
カリョンはまた、布にくるまれたものを差し出す。中から出てきたのは、細く削られた竹箸だった。
「厨房から不要になった菜箸を一本分けてもらって、自分で細くても壊れない、それでいて滑りの良い鉤棒を作ってみた、ということです」
アリカはそれらの細かい編み目のものをしばらくじっと見つめていた。
「カリョン貴女は、その同僚とは良い付き合いをしていますか?」
「あ――― はい」
唐突に何を、とカリョンは戸惑った。
「ともかく細かく細かくものを作るのが好きなのですが、色や糸に冒険してしまう癖があって」
「例えば? その細かいものとか冒険とかは」
「……あ、はい。桜様の帯の注文を受けた時に、とても細かい文様を刺繍したのですが、細かすぎて不評になってしまったこととか、縦糸に赤、横糸に白の布を織って合わせる側を困らせたとか……」
「困ることは多々あるのですが、細かさにおいては比類無い女官であるので、手放すということは考えられず」
「そして細かい方が綺麗だと思ったら、この様に、道具も考えてしまうと」
成る程、とアリカは納得した様にうなづいた。
「それではカリョン、その同僚――― 名は何と言いますか」
「セキ・アルレイ・クダスです」
「では貴女とその彼女で、今度はこれを」
再び脇から図面が取り出された。
「その細かさで、光沢をもった糸で作り、三人の公主様方に私からと言って差し上げてもらえますか」
桜の公主、レテ・アマダルシュ。
鳥の公主、ルバブ・イースリャイ。
そして緑の公主、サタルフォ・イムファシリャ。
「贈り物ということで宜しゅうございますか?」
ブリョーエ筆頭はさっと確認を入れる。単に贈るのか、何かしらの意味があるのか。
「面白いものがありますのでご自由にお使い下さい、という意味の言葉を添えたいのですが。色はそれぞれの公主様方にお似合いのものをお任せ致します」
「それは――― 逆に我々が考えるよりは」
「では白で」
アリカは言い切った。
「そしてそのうち私は茶会を開くことになると思いますので、その時どの様にその方々がそれをお使いになるのか、できれば私は早く知りたいのですが」
「ではそれぞれの公主様方に近い女官にその旨、私止まりで伝える様に命じておきましょう」
宜しくお願いします、とアリカはうっすらと笑みを浮かべて二人に告げた。
*
「アル! アルレイ! 大変な仕事よ!」
作業場に戻ったカリョンは眠そうな目の同僚の元に足早に近寄っていった。
「何ですか大声は辛いです」
「あんたが作ったものを女君がとってもお気に召して、公主様への贈り物をも作って欲しいということになったのよ!」
「はて」
かくん、とアルレイの二つに分けた三つ編みがぽとん、と揺れる。彼女はこの辺りでは珍しい、太く縮れた髪を縄の様に編んでいた。
「そんなにお気に召されたとはとってもお珍しい」
「何そんな淡々としてるの! あんた作ってる時は必死で私の声とかも聞こえないくらいなのに何なのもう」
「図面あるんですよね」
「え? ああ、まああるけど」
「糸は? 色は? 全体の長さは?」
「……はいはい、これが図面」
周囲の同僚も、カリョンを眺めつつ、よく相手ができるな、とばかりに顔を見合わせていた。
「それと、私から取り上げたあれ、返してくださいな」
「取り上げたなんてもう、人聞きが悪い。もう一本二本作った方がいいんじゃない? 私とあんたで作れ、ってことなんだから」
「同じものでないと気持ち悪いので、鉤棒は私つくります。それがあればカリョンも大体同じものができるはず」
「そういうものなの?」
「女君は何処からこんなもの取り出してきたのでしょうね」
カリョンの問いかけも聞かず、アルレイは既に新たな図面に視線を移し、真剣に見つめていた。
これが後に副帝都におきる編み飾りブームの始まりであることを、まだこの――― 少なくとも一人は気付いていなかった。
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