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第4話 もともと悩んでいた縫製方筆頭女官、更に難題

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 縫製方筆頭女官ブリョーエは憂鬱だった。

 思い出すだけでもあの時の冷や汗が戻ってくる。短く切った髪に合う形や飾り! そんなものを彼女は五十年近い人生の中で考えたことも無かった。
 女子の髪は長くするもの、そして美しく結うことが彼女にとっての常識だった。故に、この新たな「皇后」となった女君の要請は酷く理不尽で非常識なものに感じられた。
 だが仕事だ。
 しかもしばらくぶりの、女性を自分達の工夫で着飾らせることができる仕事なのだ。
 その使命感と欲望は、常識というものより大きかった。
 縫製方の人員老若男女、皆を集めて意見を聞いた。
 アイデアを出す類のことに地位は無関係だ。とりまとめる時には地位が上――― すなわち、技術等が上であることが必要であるが、発想そのものは下の者であっても構わない。
 その位のことをしないと、現在の宮中の流行の発信源を取り戻すことはできないだろう。ネノ・ブリョーエ・クスには意地があった。
 現在の流行の発信源は紛れもなく「桜の公主」だった。本名は無論他にあるのだが、彼女がそう呼ばれる様になったのは、尋常でない「桜好み」だったからだ。
 先帝の時代に併合され、帝都直轄領となった旧藩国「桜」。
 独特の文化を持ったその失われた国の美的センスを十六になって帝都に入ることができる様になった公主が非常に気に入り、自らの衣装や館の装飾に取り入れた。
 元々、現在の皇帝自身が「桜」の血が半分入っているということもあり、失われた国の文化は潰されることなく、美しいものは美しいものとして残されてきた。
 ただそれは必ずしも、この帝都の気候に合ったものではない。
 旧藩国「桜」は現在の帝都より東南にあり、湿度も高い場所だった。
 したがって、衣服もそれに合った布地が使われていた。木綿と絹が基調であり、時には麻も使われる。いずれにせよ、木綿と毛織物が中心であった帝都文化とはかけ離れたものだった。
 その薄い布地は、それまで使ってきたものより美しく染め上げられ、また、その薄さから色を重ねるという工夫もなされた。
 ひらひらと動く様が美しいということで、筒袖の幅も広くなった。
 だがそれは、暑い時期ならともかく、北西の砂漠や山脈からの冷たい風が吹き込んでくる様な時期になれば、ただただ寒いだけである。
 そこで桜の公主は今度は館をひたすら暖めることを命じた。館自体が暖かければ、中でどれだけ薄着をしても大丈夫だろう、と。
 だがそうすることによって、労力が多く割かれる様になった。
 それはそれで、一つの仕事、一つの需要が増えたということで良いのかもしれない。だがそこはどうしても、世代の差からか、ブリョーエやレレンネイ達には理解しづらいものがあった。
 タボーなどは「寒いなら火の側に寄れば良いじゃないか」で済ませる。だがそれは決して広くない厨房だから可能な発言であり、宮中の高い天井、あちこちが広く開かれた扉といった作りの中では決して噛み合わないものである。
 公主は宮中全体、せめて女達の暮らす後宮全体をもっと暖める様に、と父帝に「お願い」した様だったが、さすがにそれはまだ叶いはしていない。
 そんな事情もあってか、ブリョーエは新たな皇后が人前に初めて姿を現す際の衣装はそういった公主の好みとは逆方向にしようと思っていた。
 だが前提が短い髪、となると。
 彼女は非常に困った。そこで短い髪が多い部族出身の者が居ないか問いかけた。一人が手を挙げた。

「私の所では短くは無いのですが、常に編んでまとめてはおります」
「何故か?」
「私の故郷の草原では風も吹くし、馬の世話や何やらでまとめておいた方が楽ですし、都合が良いからです」
「短くはしないのか?」
「切ると何かとまた常にその長さを維持しなくてはなりません。長くしたまま美しく保つ方が良いとされています」
「だが今回、女君は短いままで居たいとのことだ。ただ、楽という観点は良いな。草原近くの者は他に居ないか?」

 他の若い下級女官が手を挙げた。

「自分の隣の部族は数年に一度の祭の際、髪を短くし、部分的に長くするということをします」
「どんな感じだ」
「紙と筆を」

 この類の仕事に就いている者は、考えていることを図に表すことにも秀でていることが多かった。
 ざっくりと人の上半身をさらりとした筆致で描いた下級女官は、髪の部分部分に玉や花を括り付け、頂には大きな飾りを乗せた図をその場で見せた。
 ブリョーエはそれを見てうなった。

「女君は適当に切った様子だが、耳の前だけは長く残しているな。ではそこを飾ろう。そしてあの御髪《おぐし》の色に合う飾りを調達するのだ」

 草原、というキーワードが彼女を動かした。
 それなら特に絹や薄い木綿とは縁遠いだろう。現在力が有り余っているらしい女君には力強さも示した服の方が良いかもしれない。
 ブリョーエの中でおおまかな服の方向性が決まった。



 ―――そして現在、その女君―――皇后アリカの前に、その時使用した玉や花の形の飾り、それに飾り紐を平盆に載せ持たせ、ブリョーエは居た。
 アリカは玉の一つ一つをじっと見つめたり、飾り紐の組目を指を数えたりしてしばらく眺めていた。
 やがて顔を上げると、彼女はブリョーエに言った。

「この飾り紐を作った方は縫製方の中に居ますか?」
「はい」

 それはそうだろう。女君の色に合わせて飾り紐も作るのだ。その担当が居ること自体当然だった。

「玉もですか?」
「いえ、それは昔からある衣装庫の中に収められているものです」
「昔から。昔のものですか?」

 一体何を聞きたいのだろう、と思いつつ、ブリョーエははい、と答えた。

「色を合わせて探したところ、十年程昔の祭典の折、今は嫁がれて宮中から出られた公主様にお付けしたものです」
「ということは、基本的にこの宮中の飾り物は個人のものになるという訳ではないのですね」
「それが……?」
「いえ、ちょっと仕組みを知りたかっただけです。一番新しい飾り物は、現在の公主様のところに来るものですか?」
「はい」
「では二つお願いがあります、ブリョーエ縫製方筆頭、一つはその現在の飾り物を請け負っている店や職人が何処なのか。それを細かく調べてまとめて欲しいのです」
「少々かかりますが宜しいでしょうか」
「三日かかりますか?」
「そこまでは」
「では明後日までに下さい。それと」

 ブリョーエはきゅ、と肩を引き締めた。

「この飾り紐を作った当人を呼んでいただけますか?」
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