未来史シリーズ⑩レッドリバー・バレー~こんな所にやばい石が!

江戸川ばた散歩

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第11話 石との交信――― スペイドの決別

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 何か。
 それは直接的な映像であり――― 同時に意志だった。
 慌てて彼は、それを理解しようとする。
 だがすぐにその試みは断念した。彼の直感は告げていた。

 そうか、違うんだ。

 例えば、猫が言葉を持ったとしても、猫の言葉は人間には通じない。猫には猫の思考形態があり、その形態はそのまま人間に伝わるものではないのだ。
 足元まで、いつの間にか、光が満ちている。足元がおぼつかなく、自分が宙に浮いているような感覚さえある。

 それでも。

 彼は唇を噛む。負けるな、と自分に言い聞かせる。
 飛び込む映像と意志。

 流れるものは、放っておけばいい。
 ただその中で、必要なものがあったら、逃すな。

 彼はすうっ、と息を大きく吸って、そして吐いた。
 目を閉じて、閉じていても流れていく景色を、漫然と眺めていた。
 色合いも焦点も、彼の感覚からしたら滅茶苦茶なそれは、おそらく、その「岩」の視点から見た「映像」なのだろう。それをやり過ごすのは、確かにかなり酷だろう、と彼は思う。
 普通の精神の奴だったら、確かにやられてしまうだろう、と。
 ただ彼は、運良く「ランプ」の男だった。
 「ランプ」という惑星が、一体その住民に、何を求めてその能力をもたらしたのかは判らない。他星系に行けば、下手するとお荷物にもなりかねない能力ではある。中途半端なために。
 しかし彼は、それを否定したことはなかった。
 面倒だ、と思ったことはある。「違う」連中とのカルチュアショックも受けた。
 それでも、その能力が自分にあることを、否定したことはなかった。それが自分であり、自分はそれ以外の何者にもなりたくはないのだ。
 そしてまた流れて行く「意志」。まるでそれは、混線したラジオの電波を拾うようなものだ、と彼は思う。    
 そうだよく、「ランプ」に居た頃、兄や弟と、野球放送がどうしても上手く入らないことがあったっけ。彼は思い出す。
 その時どうしただろう、自分は。

 目を閉じて。

 兄はそう言った。

 少しづつ、少しづつ、ダイヤルを合わせるんだ。そうすると、不意にくっきりと、その音が聞こえてくる時がある。その時を、決して逃してはいけないよ。

 目を―――
 彼は目を閉じる。…ああ、あの光は優しい。だってそうだろう、あまり強い光だったら、閉じた目の裏が真っ赤になるはずなのに。
 閉じた目の向こうには。何かが。
 掴まえて、と何かが。
 彼はその手を、取った。
 周波数が、合う。

 ―――解放されないのは、彼自身なのだ。

 言語化した意識が、明瞭に飛び込んでくる。

 ―――我々が縛っている訳ではないのだ。
「スペイド自身が、自分をこの地に縛りつけているというのか?」

 ジャスティスは「それ」に問いかける。肯定の意識が向こう側から返ってくる。

 ―――我々が遠い故郷から逃げ出した後、最初に呼びかけてくれたのが、彼だった。だから我々は、彼をできるだけ守ろうとした。

 あの爆撃の時か、とジャスティスは思う。

 ―――しかしそれが彼自身を縛ってしまったのだな。

 何だろう、とジャスティスはその時、胸に大きく、重い感覚が走るのを感じた。

 ―――確かに我々は、今更「奴等」に見つかる訳にはいかない。
「奴等?」

 彼は向こう側に思わず問いかけていた。

 ―――お前達がそう、…と呼ぶ連中だ。その昔、我々と交わることによって、その地で生きて行くことを選択した者達だ。

 そうなのか、と彼は思った。しかしその一方で、そうなのかもしれない、と思い出していた。そうだったら、彼が今まで辺境で見てきたことは、つじつまが合うのだ。無論それをむげに口に出す程、彼は馬鹿ではなかったが…

「奴は」

 ジャスティスは再び問いかける。

「俺は奴をこの地から出してやりたい。出してやっても構わないだろうか」
 ―――彼は充分、我々の地を守ってくれた。鉱石目当ての者を大半追い払ってくれた。
「けど三百年だ。本当にそうなのか。そうだとしたら、それは一人が一人で生きて行くには、長すぎる。寂しすぎる」

 寂しいんだよ、と半ば茶化して言葉を吐くあの青年に見える男の目が。

 ―――しかし鎖を切るのは、彼自身なのだ。我々がどうこうできるものでは無い。
「あんた等がそこにあるから、奴は出られない、と言った。ここが全て真っ赤になったら、と奴は言った。あんたが(そう思考を放ってから彼は相手を擬人化していた事に気付いた)真っ赤になってしまう日は、近いのか?」
 ―――お前の身体に移ることが可能ならば。

 彼は思わず、自分の身体がこわばるのを感じた。

 ―――嫌か? お前は我々と「話す」ことができる程に我々との適応力が高い。おそらく、お前が我々を取り込めば、現在の奴等の最も高い世代と変わりない能力を得られるだろう。長い時間を、最高の力を発揮することも、可能だろう。

 それは、人によっては、おそらくひどく甘い誘いなのだろう。もしかしたら、あそこで倒れていたイリエの若い者は、何処かでそれを聞きつけたのかもしれない。
 天使種の中にも階級があることを、辺境回りをして聞いたことがある。現在「皇族」と「血族」と分かれているその違いは、生まれた世代なのだ、と。
 詳しくは知らない。
 ただ、断片的な知識は、何処かで一つつなげるためのものが見つかった時、意味を持つのだ。
 つまりこの目の前のものが言うのは、その「皇族」に匹敵する力を手に入れられる、ということだろうか。そうかもしれない。おそらくそうだろう、と彼は思う。
 しかし。

「俺は、要らない。あんたには悪いが」
 ―――要らないのか? 強い力を。何処でも生きてゆける力を。誰よりも強い力を。
「俺は今の自分が結構気に入っているんだ」

 言い放つ。確かにそうだ。
 「ランプ」ではそう育てられたのだ。そしてそれを彼は誇りに思っていた。
 生まれてきたその身体で、何を何処までできるか。
 人生は短い。だから好きなことを、とことん自分の力でやれ。
 そう彼は、親からも、周囲からも、兄からも教わってきたのだ。
 決してそれが器用な生き方だとは思っていない。
 特に「企業」なんて所に入ってしまったからには。どんな場所でも、それが大きな「集団」である限り、「ランプ」に生まれ育ち、その精神を誇りに思う人間であればある程、不利になって行く可能性はあった。
 実際、そうやって外に飛び出して、疲れ果てて戻って来る者も居る。
 だが彼等は、少しの休養で、また外へ外へと飛び出して行くのだ。もう大丈夫、時間が無い、とばかりに大きな笑顔と共に。
 小さな頃から、そんな人達を双子の弟と一緒に、彼は見てきた。ベースボールも、力の限りやって、四番バッターだった。だけど、それは自分のしたいことか、と考えた時、自分の中に見つけた答えは「NO」だった。
 まだ何か、自分には見てみたいものがあるのかもしれない。
 そして彼は「ランプ」を離れた。
 弟はその逆に、ベースボール・グラウンドに自分の居場所を見つけた。
 今現在、「それ」が自分に果たして見つかっているか、は彼には判らない。もしかしたら、一生見つからないものなのかもしれない。
 だが、彼の故郷の名は、一つの目印だ。
 「ランプ」は、迷った時に目の前に現れる道しるべの灯りなのだ。
 遠い祖先は、長い旅の末にその惑星を見つけた時に、それが自分達を導く灯りに見えたのだと言う。惑星の名は、そこから付けられた。

「要らない」

 ジャスティスは再び言い放った。

「俺は俺であることに、誇りを持っている。それ以上でも、いれ以下でもあろうとは思わん。それが確かに有効な方法であろうが、そうした瞬間、俺は俺ではなくなるだろう。それは俺にとって、俺の『死』を意味することだ」
 ―――そうか。

 そう答えた、ような気が、彼にはした。

 ―――昔、お前の様に答えた者が居た。

 ふっ、と一つの映像が、鮮明に、彼の中を通り過ぎて行く。そこではそうしなくては生きていけなかったというのに、かたくななまでに、自分であることを通した「馬鹿者」達。
 たぶん、自分もその状況にあったら、そうしてしまうだろう。
 何故なら、その映像の中の人物の笑みは、「ランプ」に生まれた人間のそれによく似ていた。

 ―――判った。ただしこの地の鉱石を「開発」に使用するのは止してくれ。

 だろうな、と彼は思う。

「判ってる。これはあんた等の墓標だ。墓を荒らす趣味は俺にはない」

 むざむざ荒らすために、スペイドは三百年もここを守っていた訳ではないのだ。

「何とでも、なるさ」
 ―――感謝する。
「ただ、あんた等が居ることが判ると、軍がまた手を出すかもしれない。それをどうする?」
 ―――なるほど。

 なるほど、とそう向こう側が答えた様な、気がした。
 何を納得したのだろう。
 そう思う間も無く、彼は、その場から放り出される様な感覚を―――味わった。
 ぴし、と何かが弾ける様な音が、突き刺さった。



「大丈夫!?」

 え、と自分を見下ろしている黒い目に、ジャスティスは気付く。

「ねえ大丈夫? アタマどっかおかしくしてねえ?」

 何てえ言いぐさだ、と思ったが、テレパシイの交信があれだけ続いたから、頭がふらつくのも確かだ。

「…ちょっと待て、おい、揺れてるぞ」
「あ」

 スペイドは周囲を見渡す。

「あんた何を連中に言ったの? ここがこんな反応を起こすなんて、今まで無かったんだよ」
「…俺はどのくらい、あいつと交信してたんだ?」
「ほんの数秒、だよ」

 数秒? 彼は目をむく。信じられない。そんな一瞬だったのだろうか。
 瞬間のことにしては、その映像は、思考は、大きすぎた。確かに、「開いて」いない普通の人間が受け止めることは、よほどのことがないとできないだろう。

「ねえ」
「お前、俺にくっついてると、何を考えてるか勝手に分かるんだろう?」
「あ? ああ」
「じゃあ行くぞ。話している時間が惜しい。…おそらく、奴等、何か、しようとしてるんだ」
「え」

 相手の返事を待つまでもなく、ひょい、とジャスティスはスペイドを担ぎ上げた。

「俺はお前を、アリゾナから連れ出すからな」
「って…」
「そう、連中と、約束したぜ」

 だからしっかり掴まっていろ、とジャスティスは走り出した。
 足元が揺れる。周囲が揺れる。
 地震だろうか何だろうか。それは判らない。
 ただもう、足元が揺れ、周囲の岩壁が時々びし、と音を立てる。
 崩壊の予告だ、と彼は思う。

 それがあんた等の選択なのか?

 今はもう自分の「声」など聞かないだろう相手に向かって、ジャスティスは内心つぶやく。
 ただもう、今できることは、一つしかないのだ。

「次はどっちだ?」

 曲がり角が来ると、そのたびに彼はスペイドに問いかける。そのたびに右、とか左、とかスペイドは答える。
 あ、違った、と時々かましてくれる辺りには、ボケ、と声を張り上げる。そしてそのたびに、周囲に反響して、とんでもないことになる。

「あ」

 そう言えば、と彼は一瞬足を止める。イリエの若い者、がまだそこには倒れたままになっている。

「俺、降りるよ」
「黙ってろ」

 そう言うと、彼はそのまま、イリエの若い者を左の腕で横炊きにすると、再び走り出した。

「…うわすげえ。あんた、何って力だよ」
「うるせえな」
「でも、格好いいよ」
「…うるさいって言ってるだろう!」

 実際、額も首筋も汗がだらだらと流れ落ちてるのが判る。背中もそうだ。気持ちわるい。外に出たら絶対にあの川で水浴びだ、と彼は叫んでいた。

「うんそれもいいね」

 そしてそれを読んで、答えてくる奴がまた質が悪い。
 背後に崩壊の音が、近づいて来ているのだ。
 体験から良く知っている。崩壊するものの内部はもちろん、ある程度の近くに居ても、被害を被る可能性は高いのだ。

「…そっか、そういうこと、あんたには、言ったんだ」

 ぼそ、とスペイドがつぶやく。あああの時のことを、やっと見つけたなこいつ、とジャスティスは気付く。

「俺は――― 行ってもいいんだろうか」

 うなづく気配。

「…行っても、いいんだね」

 そうだお前は行ってもいいんだ。
 お前の力があれば、この広い広い全星系を飛び回ることができるだろう。

 ジャスティスは言葉には出さないが、思う。

「そうだね。それも楽しいかもしれない」

 スペイドは遠のいていく、見慣れた光景を目の当たりにしながら、つぶやく。

「俺を、親父をあの時、守ってくれて、ありがとう」

 やがて、外の光が、彼等の視界に入ってきた。
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