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第10話 アリゾナが焼かれた理由
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どうしたものか、と彼は思う。
知りたいのは、確かなのだ。しかしあまりにも、どちらの選択肢も、自分好みではない。
確かに不老不死の身体、というのは便利だろう。
だがそれは、何かが違う、とジャスティスは思うのだ。時間なんてものは、終わりが判っているからこそ、貴重なのだ。生きて、何かして。
だいたい目の前のこいつがいい例じゃないか。彼は思う。ずっとずっと、寂しかった、なんて…
だから。
「ジャスティスさん?」
「だからお前、そんな目で、見るな」
「そんな目、って?」
軽く細められた、黒い瞳。挑発するな、と彼は内心つぶやく。
だが。
掴んだ肩を、ぐい、と力任せに自分に引きつけていた。
「ちょっ…」
何をしてるんだ? という気持ちは… さすがに彼にも、あるのだが。
「…お前、アリゾナを出ろ」
「な」
相手はさすがに呆気にとられた様な顔になる。
「…何を、あんた…」
「お前は三百年も、ここを守ってきたんだろう?」
「…そうだよ」
「三百年も守れば、充分じゃ、ねえのか?」
「充分だと――― 思いたいよ」
「じゃ、何だ」
「あんたさあ、ジャスティスさん」
何だ、と問い返す前に、相手の腕が、自分の背に回るのを、ジャスティスは感じた。そして、自分の肩に、強く顔をうずめているのを。
さすがにそうされると、条件反射の様に、彼は相手の頭を撫でていた。
ちょっと待て、と思いつつ、その手が止まらない。
これは弟にするのと同じだ同じだ。そう思いつつ、それでも。
「さっき言わなかったっけ。このアリゾナがドライ・アップされたのは、俺のせいだって」
「ああ、言った」
埋めた服のせいで、発音がやや不明瞭な声が、聞こえてくる。
「お袋は、俺が『そう』なってしまったことを知った時、この地に降ってきたそれが、自分達の惑星のものだ、ってことに気付いてしまったんだよ」
「惑星って…」
「故郷の、惑星。それが、破壊されて、慌てて逃げ出して来たんだ、ってことに気付いてしまったんだ」
訳が判らない、とジャスティスは思う。
「…お前それは、あの、天使種の連中の、…元々の星が、ということか?」
黙って相手はうなづいた。
「お袋は真っ青になった。変化したばかりの俺の中にも、あのひとの心は伝わってきたよ。すごくごちゃごちゃになってた。だけどその中で、だんだん気持ちが固まってきたものがあったんだ」
「…」
「ここに、これがあることを、天使種の軍隊に――― 自分の脱走して来た軍隊には、気付かれてはいけない、と」
「何で」
「だって、あの惑星を破壊できるのは、当の連中だけだよ。お袋の中に、そんな知識があった。あの惑星は、他の星系からその時もう既に、航路が封鎖されてたって。だから行けるのは、連中だけだった。壊すことができたのも、連中だけだった。何で壊したと思う?」
俺に判るもんか、とジャスティスは内心つぶやく。相手はそれに答えを望んではいないのは彼にも判るから、軽く首だけを振る。
「証拠の隠滅、だよ」
「証拠の隠滅?」
「そう。彼等がどうして天使種なのか、という理由の」
「何で、だ?」
「だってあんた、知ってるじゃないか」
「何を」
「あんたの中には、辺境の記憶が、たくさんあるじゃないか」
こいつ俺の心を読んだな、とジャスティスは舌打ちをする。が、まあいい、とすぐに思う。その方が話は速いのだ。
「確かに俺は辺境回りだ。だがそれがどう関係ある?」
「あるよ」
ぐっ、と腕の力が強まった。
「何でVV種が、一掃されたと思う?」
「それは… 連中の惑星が」
「そんなの、口実」
あっさりと彼は否定する。
「じゃ、何だって言うんだよ」
「VV種が、『一緒になって』強くなった連中だから」
「だからその一緒に、って…」
はっ、とジャスティスは気付く。絶滅種には、色んな種類があったけれど…
「俺の言いたいこと、判る? ジャスティスさん」
スペイドは顔を上げた。泣きそうに歪んだ顔が、そこにはあった。
「…上手く言葉にはできんが… お前の言いたいことは、何となく、判る」
「そうだろ? あんたは、判ってくれると、思ってた」
そしてその歪んだ顔のまま、笑う。
つまりは。ジャスティスは自分の語彙の無さに少しばかり苛立ちつつ、それでも言われたことを整理しようとする。
つまりは、天使種は、もともとはただの人間で、この「生きてる鉱石」の何かとくっついたので、天使種に「なった」存在ということで。
もしかしたら、VV種は、やっぱりそういう風に、その地に居た何かと、くっついたから、病気への耐性があったりして。…もしかしたら。
バーディが居れば、そのあたりはもう少し、語彙を増やして説明が効くだろう、と彼は思う。やはり「毒食らわば皿まで」同士としては、きっと。
しかし彼女は今ここに居ない。スペイドの小屋ですやすやと寝ているはずだ。
「…絶対、天使種の軍隊は、それを見つけたら、下手すると、この惑星自体をそのVV種の場合の様にしてしまうかもしれない。…それはまずい、と俺のお袋は思ったんだ」
「だけどそれでDU弾ってのは」
「被害は最小限に、とお袋は言ってた。ごめんね、と俺を強く抱きしめてキスした。親父には愛してる愛してる、って何度も何度も言ってた。親父はどうしてもそうしなくちゃならないのか、と隠し通せないのか、とお袋に訊ねた。だけどお袋の返事はいつもNO、だった。天使種の軍隊は、最強だった。そして容赦がないことを、一番良く知ってるのは、お袋だったんだ」
「だからって」
「だから、お袋は、アリゾナにとりあえず目を向けさせたんだ」
とりあえず?
「脱走兵の自分が、もう一度前に出てきて、そしてあえて、アリゾナに逃げ込んだ形にしたんだ」
そう言えば、アリゾナにDU弾が打ち込まれた理由って言うのは。バーディと話していた時のことを彼は思い出す。
「…で、なるべく、人の居ない地方へと逃げ込んだ。あえて攻撃なんかもして、人を追い払った。…自分に目を向けさせるためにさ」
「おい」
「で、向こうさんは、開発したばかりの兵器を、テストした、って訳。天使種の脱走は死罪で…『爆死』らしいから…」
ごめん、とそう言って、スペイドはうつむいた。三百年経っても、辛いことは、辛いのか。ぽとぽと、とうつむいた顔から、涙が落ちているのにジャスティスは気付いた。
「だからお袋は、できるだけレッドリバー・バレーから離れた所へ行こうとしたはずだよ。ただしこの惑星に降りるとして、それが不自然でないとこにね。そうした結果、緑色の雲が立って」
ジャスティスは息を呑んだ。
「アリゾナは、焼かれたんだ。俺のせいで」
ジャスティスは思わず、相手の頭を抱え込んでいた。
「だから俺は… この連中の生きてる反応が無くなるまで、ここに居なくちゃ…」
誰か。
ふとそんな言葉がジャスティスの中に響いた。
誰か、ここを思いっきりぶち壊してくれよ。
泣き叫ぶ様な声が、彼の中に飛び込んでくる。
俺にはできない。俺のせいだから。だから誰か。
誰でもいいから、誰か、俺の鎖を切ってくれ。
そんな声が、頭に、胸に、飛び込んで来た様な、気がした。
ジャスティスは、自分が大したテレパシイなど持っていない、という自覚はある。ただ、相手が強烈な能力を持っていたとしたら、それを無自覚に受け取ってしまう可能性はある、と思っていた。
電波の許容範囲のようなものだ、と彼は思っている。双子の弟は、一番近い波長だから、その考えていることや、感覚が判りやすい。
だが、そうでないとしても、少なくとも、全く「開いて」いない人間とは違うのだ。能力者の相手が送り込んでくる感情が、ひどく強かった場合、それをそのまま感じ取ってしまう、可能性は否定できなかった。
…さてどうしたものか。
ジャスティスは、相手の肩を抱き込む力を強めた。
天使種になるのも、アタマを狂わされるのも、まっぴらごめんだ。
だが、本当にそれ以外の選択肢は無いのだろうか。彼は考える。少なくとも、意志を通じ合わせることができる「もの」だったとしたなら。
「潰すってのは、いかんだろうなあ…」
聞こえない程度の声でつぶやく。が、無論聞こえていた様で、くい、とまだ赤い鼻のまま、スペイドは彼を見上げてにらんだ。
「ああ判ってるよ判ってる。そんなことしねえって。だいたいそんなことしたら、本当にアタマやられかねねえって。…そうじゃなくてなあ…」
どう言ったものか、と彼は相手の背中を撫でながら考える。いつの間にか、手が背中に移動してしまっていることも、彼は気付いているのかどうなのか。
「…あんたさあ」
考えが中断させられる。
「馬鹿やろ、不意に喋りかけるんじゃねえ。今考え事してたんだ」
「でも俺には伝わっちゃうよ」
「…読むなよ」
「じゃなくて、俺別に、読もうと思ってないもん」
「何だと?」
どういう意味だ、と彼はすぐさま心の中で問いかけていた。
「伝わってくるんだよ、あんたから」
そしてその時、ようやくジャスティスは、自分達がどういう体勢なのか、気付いた。思いっきり、抱きしめ体勢になっているではないか。
気付いた時にはもう遅かった。離そうと思っても、相手の方が、何やら嬉しそうに、離そうとしない。
「こういうのは、初めてだなあ」
今泣いたカラスが何とやら。スペイドはいきなり笑顔になって、ぐっ、とジャスティスの広い背中に腕を回し、強く抱きしめた。
「おいおいおい」
「いいじゃん。あんただってさっき抱きしめてくれただろ」
それは、そうだが。流されていることに彼は何となく、不吉な予感を覚える。
だが今はそれどころではない。
「じゃあお前、俺が今何考えてたのか、判るんだな?」
「うん。…でも駄目じゃないかな」
「駄目とか何とかって言うのはな、やってみてから言うもんだ」
「だけど」
「俺はあいにく、天使種にもパーにもなりたくはねえ。ついでに言うなら、お前をアリゾナから出してやりてえ、と思ってる。そう、感じただろう?」
え、とスペイドは目を大きく広げた。
「本当に、あんたそう思ってるの?」
「何だ? そう感じなかったのか?」
感じたけど、とスペイドはつぶやく。
「俺はあいにく、『ランプ』の生まれなんだよ」
開拓者精神(フロンティア・スピリット)。自由に、何処へでも、自分の必要とするところへ、遠くへ、遠くへ。
「この奥の奴が、お前の鎖だって言うんならな」
彼はスペイドの肩を抱いたまま、足を踏み出した。
「鎖そのもんに、話をつけてやる!」
角を曲がると、そこには、一面の、乳白色の光が満ちていた。
まぶしい――― ジャスティスは、思わず目を細めた。
なるほど、この光が、回りにしみ出していたのか。周囲の明るさを、彼はそう納得する。
「話がある」
人に言うように言っていいのか、彼にはさっぱり判らない。だが、だからと言って、どういう言い方をすればいいのかも判らない。
だったら、真正面から、ぶつかってみるしか、ない。
「俺はあんた等を取り込んで天使種とやらになる気もない。だがあんた等にアタマを狂わされたくもない。ただ一つ、願いがある分だ」
ぼうっ、と光が優しくなった、と彼は思った。
乳白色の中に、ほんの少しの赤が混じる。
…その時、頭の中に、直接何かが飛び込んできた、と彼は思った。
知りたいのは、確かなのだ。しかしあまりにも、どちらの選択肢も、自分好みではない。
確かに不老不死の身体、というのは便利だろう。
だがそれは、何かが違う、とジャスティスは思うのだ。時間なんてものは、終わりが判っているからこそ、貴重なのだ。生きて、何かして。
だいたい目の前のこいつがいい例じゃないか。彼は思う。ずっとずっと、寂しかった、なんて…
だから。
「ジャスティスさん?」
「だからお前、そんな目で、見るな」
「そんな目、って?」
軽く細められた、黒い瞳。挑発するな、と彼は内心つぶやく。
だが。
掴んだ肩を、ぐい、と力任せに自分に引きつけていた。
「ちょっ…」
何をしてるんだ? という気持ちは… さすがに彼にも、あるのだが。
「…お前、アリゾナを出ろ」
「な」
相手はさすがに呆気にとられた様な顔になる。
「…何を、あんた…」
「お前は三百年も、ここを守ってきたんだろう?」
「…そうだよ」
「三百年も守れば、充分じゃ、ねえのか?」
「充分だと――― 思いたいよ」
「じゃ、何だ」
「あんたさあ、ジャスティスさん」
何だ、と問い返す前に、相手の腕が、自分の背に回るのを、ジャスティスは感じた。そして、自分の肩に、強く顔をうずめているのを。
さすがにそうされると、条件反射の様に、彼は相手の頭を撫でていた。
ちょっと待て、と思いつつ、その手が止まらない。
これは弟にするのと同じだ同じだ。そう思いつつ、それでも。
「さっき言わなかったっけ。このアリゾナがドライ・アップされたのは、俺のせいだって」
「ああ、言った」
埋めた服のせいで、発音がやや不明瞭な声が、聞こえてくる。
「お袋は、俺が『そう』なってしまったことを知った時、この地に降ってきたそれが、自分達の惑星のものだ、ってことに気付いてしまったんだよ」
「惑星って…」
「故郷の、惑星。それが、破壊されて、慌てて逃げ出して来たんだ、ってことに気付いてしまったんだ」
訳が判らない、とジャスティスは思う。
「…お前それは、あの、天使種の連中の、…元々の星が、ということか?」
黙って相手はうなづいた。
「お袋は真っ青になった。変化したばかりの俺の中にも、あのひとの心は伝わってきたよ。すごくごちゃごちゃになってた。だけどその中で、だんだん気持ちが固まってきたものがあったんだ」
「…」
「ここに、これがあることを、天使種の軍隊に――― 自分の脱走して来た軍隊には、気付かれてはいけない、と」
「何で」
「だって、あの惑星を破壊できるのは、当の連中だけだよ。お袋の中に、そんな知識があった。あの惑星は、他の星系からその時もう既に、航路が封鎖されてたって。だから行けるのは、連中だけだった。壊すことができたのも、連中だけだった。何で壊したと思う?」
俺に判るもんか、とジャスティスは内心つぶやく。相手はそれに答えを望んではいないのは彼にも判るから、軽く首だけを振る。
「証拠の隠滅、だよ」
「証拠の隠滅?」
「そう。彼等がどうして天使種なのか、という理由の」
「何で、だ?」
「だってあんた、知ってるじゃないか」
「何を」
「あんたの中には、辺境の記憶が、たくさんあるじゃないか」
こいつ俺の心を読んだな、とジャスティスは舌打ちをする。が、まあいい、とすぐに思う。その方が話は速いのだ。
「確かに俺は辺境回りだ。だがそれがどう関係ある?」
「あるよ」
ぐっ、と腕の力が強まった。
「何でVV種が、一掃されたと思う?」
「それは… 連中の惑星が」
「そんなの、口実」
あっさりと彼は否定する。
「じゃ、何だって言うんだよ」
「VV種が、『一緒になって』強くなった連中だから」
「だからその一緒に、って…」
はっ、とジャスティスは気付く。絶滅種には、色んな種類があったけれど…
「俺の言いたいこと、判る? ジャスティスさん」
スペイドは顔を上げた。泣きそうに歪んだ顔が、そこにはあった。
「…上手く言葉にはできんが… お前の言いたいことは、何となく、判る」
「そうだろ? あんたは、判ってくれると、思ってた」
そしてその歪んだ顔のまま、笑う。
つまりは。ジャスティスは自分の語彙の無さに少しばかり苛立ちつつ、それでも言われたことを整理しようとする。
つまりは、天使種は、もともとはただの人間で、この「生きてる鉱石」の何かとくっついたので、天使種に「なった」存在ということで。
もしかしたら、VV種は、やっぱりそういう風に、その地に居た何かと、くっついたから、病気への耐性があったりして。…もしかしたら。
バーディが居れば、そのあたりはもう少し、語彙を増やして説明が効くだろう、と彼は思う。やはり「毒食らわば皿まで」同士としては、きっと。
しかし彼女は今ここに居ない。スペイドの小屋ですやすやと寝ているはずだ。
「…絶対、天使種の軍隊は、それを見つけたら、下手すると、この惑星自体をそのVV種の場合の様にしてしまうかもしれない。…それはまずい、と俺のお袋は思ったんだ」
「だけどそれでDU弾ってのは」
「被害は最小限に、とお袋は言ってた。ごめんね、と俺を強く抱きしめてキスした。親父には愛してる愛してる、って何度も何度も言ってた。親父はどうしてもそうしなくちゃならないのか、と隠し通せないのか、とお袋に訊ねた。だけどお袋の返事はいつもNO、だった。天使種の軍隊は、最強だった。そして容赦がないことを、一番良く知ってるのは、お袋だったんだ」
「だからって」
「だから、お袋は、アリゾナにとりあえず目を向けさせたんだ」
とりあえず?
「脱走兵の自分が、もう一度前に出てきて、そしてあえて、アリゾナに逃げ込んだ形にしたんだ」
そう言えば、アリゾナにDU弾が打ち込まれた理由って言うのは。バーディと話していた時のことを彼は思い出す。
「…で、なるべく、人の居ない地方へと逃げ込んだ。あえて攻撃なんかもして、人を追い払った。…自分に目を向けさせるためにさ」
「おい」
「で、向こうさんは、開発したばかりの兵器を、テストした、って訳。天使種の脱走は死罪で…『爆死』らしいから…」
ごめん、とそう言って、スペイドはうつむいた。三百年経っても、辛いことは、辛いのか。ぽとぽと、とうつむいた顔から、涙が落ちているのにジャスティスは気付いた。
「だからお袋は、できるだけレッドリバー・バレーから離れた所へ行こうとしたはずだよ。ただしこの惑星に降りるとして、それが不自然でないとこにね。そうした結果、緑色の雲が立って」
ジャスティスは息を呑んだ。
「アリゾナは、焼かれたんだ。俺のせいで」
ジャスティスは思わず、相手の頭を抱え込んでいた。
「だから俺は… この連中の生きてる反応が無くなるまで、ここに居なくちゃ…」
誰か。
ふとそんな言葉がジャスティスの中に響いた。
誰か、ここを思いっきりぶち壊してくれよ。
泣き叫ぶ様な声が、彼の中に飛び込んでくる。
俺にはできない。俺のせいだから。だから誰か。
誰でもいいから、誰か、俺の鎖を切ってくれ。
そんな声が、頭に、胸に、飛び込んで来た様な、気がした。
ジャスティスは、自分が大したテレパシイなど持っていない、という自覚はある。ただ、相手が強烈な能力を持っていたとしたら、それを無自覚に受け取ってしまう可能性はある、と思っていた。
電波の許容範囲のようなものだ、と彼は思っている。双子の弟は、一番近い波長だから、その考えていることや、感覚が判りやすい。
だが、そうでないとしても、少なくとも、全く「開いて」いない人間とは違うのだ。能力者の相手が送り込んでくる感情が、ひどく強かった場合、それをそのまま感じ取ってしまう、可能性は否定できなかった。
…さてどうしたものか。
ジャスティスは、相手の肩を抱き込む力を強めた。
天使種になるのも、アタマを狂わされるのも、まっぴらごめんだ。
だが、本当にそれ以外の選択肢は無いのだろうか。彼は考える。少なくとも、意志を通じ合わせることができる「もの」だったとしたなら。
「潰すってのは、いかんだろうなあ…」
聞こえない程度の声でつぶやく。が、無論聞こえていた様で、くい、とまだ赤い鼻のまま、スペイドは彼を見上げてにらんだ。
「ああ判ってるよ判ってる。そんなことしねえって。だいたいそんなことしたら、本当にアタマやられかねねえって。…そうじゃなくてなあ…」
どう言ったものか、と彼は相手の背中を撫でながら考える。いつの間にか、手が背中に移動してしまっていることも、彼は気付いているのかどうなのか。
「…あんたさあ」
考えが中断させられる。
「馬鹿やろ、不意に喋りかけるんじゃねえ。今考え事してたんだ」
「でも俺には伝わっちゃうよ」
「…読むなよ」
「じゃなくて、俺別に、読もうと思ってないもん」
「何だと?」
どういう意味だ、と彼はすぐさま心の中で問いかけていた。
「伝わってくるんだよ、あんたから」
そしてその時、ようやくジャスティスは、自分達がどういう体勢なのか、気付いた。思いっきり、抱きしめ体勢になっているではないか。
気付いた時にはもう遅かった。離そうと思っても、相手の方が、何やら嬉しそうに、離そうとしない。
「こういうのは、初めてだなあ」
今泣いたカラスが何とやら。スペイドはいきなり笑顔になって、ぐっ、とジャスティスの広い背中に腕を回し、強く抱きしめた。
「おいおいおい」
「いいじゃん。あんただってさっき抱きしめてくれただろ」
それは、そうだが。流されていることに彼は何となく、不吉な予感を覚える。
だが今はそれどころではない。
「じゃあお前、俺が今何考えてたのか、判るんだな?」
「うん。…でも駄目じゃないかな」
「駄目とか何とかって言うのはな、やってみてから言うもんだ」
「だけど」
「俺はあいにく、天使種にもパーにもなりたくはねえ。ついでに言うなら、お前をアリゾナから出してやりてえ、と思ってる。そう、感じただろう?」
え、とスペイドは目を大きく広げた。
「本当に、あんたそう思ってるの?」
「何だ? そう感じなかったのか?」
感じたけど、とスペイドはつぶやく。
「俺はあいにく、『ランプ』の生まれなんだよ」
開拓者精神(フロンティア・スピリット)。自由に、何処へでも、自分の必要とするところへ、遠くへ、遠くへ。
「この奥の奴が、お前の鎖だって言うんならな」
彼はスペイドの肩を抱いたまま、足を踏み出した。
「鎖そのもんに、話をつけてやる!」
角を曲がると、そこには、一面の、乳白色の光が満ちていた。
まぶしい――― ジャスティスは、思わず目を細めた。
なるほど、この光が、回りにしみ出していたのか。周囲の明るさを、彼はそう納得する。
「話がある」
人に言うように言っていいのか、彼にはさっぱり判らない。だが、だからと言って、どういう言い方をすればいいのかも判らない。
だったら、真正面から、ぶつかってみるしか、ない。
「俺はあんた等を取り込んで天使種とやらになる気もない。だがあんた等にアタマを狂わされたくもない。ただ一つ、願いがある分だ」
ぼうっ、と光が優しくなった、と彼は思った。
乳白色の中に、ほんの少しの赤が混じる。
…その時、頭の中に、直接何かが飛び込んできた、と彼は思った。
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