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19.重力を無視してひるがえる花びら達
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「あなたは」
銃を突きつけられて二人が中心の部屋に入ってきた瞬間、シファは大きく目を見開いた。だが目を見開いたのはユエも同様だった。
さすがにその場に重力を無視してひるがえる花びら達には、恐怖を通り越して、唖然としている様子が藍地にもうかがえた。
「何でこのひとがここにいるんだよ!」
藍地は友人達に向かって小さく叫んだ。シファはやっと、地下に開いた穴の中に、彼女のマスターを納めたところだったのだ。
「仕方ないだろ……」
「野郎だったら俺、見捨ててたけどなー……」
ああ全く、と藍地はぴしゃん、と自分の額をはたく。どうしてこういう時に限ってこの二人は。藍地は自分だったら、男も女もなく、見捨てる時は見捨てるだろうと思っていた。
「妹さん…… だったんですか」
シファは目をいっぱいに開いた。
「そんな…… 聞いたこと、ありませんでした……」
「そんな訳ないわ! それとも、あんたの耳は、そんなに性能が悪いっていうの? 人間のフリをしているくせに!」
「いいえ」
シファはすっと立ち上がり、首をふらふらと横に振る。
「わたしは、忘れません。マスターの言ったことは、何もかも。今までも、これからも」
藍地はそれを聞いて、はっとする。……これからも?
「あんたねえ! 兄が妹のこと、ひとっことも言わなかったって言うの?!」
ユエはヒステリックに叫ぶ。だが気丈にも、まだ銃は手にしたままだった。
撃つはずはない、と朱明は思っていたが、下手に動くと危険なことも知っていたので、そのまま背中に時々当たる金属の感触に気色悪さを感じながらも動くことはしなかった。
「何度言われても、同じです。わたしは、マスターの言ったことなら、全部、記憶しています。……でも、あなたが妹さんだというのなら…… ちょうどいいです」
ふらり、と彼女は動き出す。
「あなたは、ここの合成花が欲しいのでしょう?」
「……そうよ」
拳銃がずれる。どうやら何やらユエの身体から力が抜けたような気配がする。
「だったら持って行って下さい。決して残さず」
「シファ!」
藍地は思わず彼女の名を呼んでいた。
だが彼女は藍地を見ることはしなかった。彼女はす、と背伸びをすると、桜の枝の一つに手を伸ばした。
ぱきん、と折る。
あ、と朱明は声を上げた。
「そしてこれも」
自分とユエの間に立ちはだかる形となっていた二人を、ゆっくり押しのけ、シファはその桜の枝をユエに差し出した。
「な、何……」
「さすがにあれを持っていくことはできないでしょう?」
にっこりと、シファは笑った。
朱明は眉を寄せた。
ふっと、何か嫌な感覚が胸に走る。
そういえば、こんな風に、自分は彼女の笑みを見たことがあっただろうか?
それは藍地も思ったらしい。とっさに視線が絡んだ。
背中が、ぞくりとした。
そして桜の枝が手を離れた時。
あ、とハルの声が飛んだ。首にかけていたカメラが、ふい、と取られる。
何ごとだ、と朱明は思った。取られたカメラに手を伸ばす。だが、届かない。
「シファやめろ!」
ハルの声が飛んだ。滅多に聞くことのない、強い、意志を込めたその調子。
す、と音も立てずに彼女はそのまま後ろに下がる。下がりながらも、その細い指はカメラの上のつまみを動かしている。
何だ、と朱明が飛び出そうとした時だった。
彼は何かに動きを止められるのを感じた。相棒の腕が、自分の腰に大きく、強く巻き付いている。動けない。
それだけでない。花びらが、急に動き出して、自分達の目の前で回り出す。目がなかなか開けられない。
「な……」
ハルは黙って首を横に振った。うつむいている。花びらが入らないように覆った手の間からでは、表情が見えない。
嫌な予感が、する。
カメラを首にかけ、ポケットから彼女は、白いものを出した。
パテだ、と藍地は思った。そして彼ははっと目を見開く。彼の目にも、うつむくハルの姿が入った。
彼女は大きく手を上げ、指を広げ、桜の樹に、パテを大きく塗りつけた。
そして。
光が。
……目がくらむ。
銃を突きつけられて二人が中心の部屋に入ってきた瞬間、シファは大きく目を見開いた。だが目を見開いたのはユエも同様だった。
さすがにその場に重力を無視してひるがえる花びら達には、恐怖を通り越して、唖然としている様子が藍地にもうかがえた。
「何でこのひとがここにいるんだよ!」
藍地は友人達に向かって小さく叫んだ。シファはやっと、地下に開いた穴の中に、彼女のマスターを納めたところだったのだ。
「仕方ないだろ……」
「野郎だったら俺、見捨ててたけどなー……」
ああ全く、と藍地はぴしゃん、と自分の額をはたく。どうしてこういう時に限ってこの二人は。藍地は自分だったら、男も女もなく、見捨てる時は見捨てるだろうと思っていた。
「妹さん…… だったんですか」
シファは目をいっぱいに開いた。
「そんな…… 聞いたこと、ありませんでした……」
「そんな訳ないわ! それとも、あんたの耳は、そんなに性能が悪いっていうの? 人間のフリをしているくせに!」
「いいえ」
シファはすっと立ち上がり、首をふらふらと横に振る。
「わたしは、忘れません。マスターの言ったことは、何もかも。今までも、これからも」
藍地はそれを聞いて、はっとする。……これからも?
「あんたねえ! 兄が妹のこと、ひとっことも言わなかったって言うの?!」
ユエはヒステリックに叫ぶ。だが気丈にも、まだ銃は手にしたままだった。
撃つはずはない、と朱明は思っていたが、下手に動くと危険なことも知っていたので、そのまま背中に時々当たる金属の感触に気色悪さを感じながらも動くことはしなかった。
「何度言われても、同じです。わたしは、マスターの言ったことなら、全部、記憶しています。……でも、あなたが妹さんだというのなら…… ちょうどいいです」
ふらり、と彼女は動き出す。
「あなたは、ここの合成花が欲しいのでしょう?」
「……そうよ」
拳銃がずれる。どうやら何やらユエの身体から力が抜けたような気配がする。
「だったら持って行って下さい。決して残さず」
「シファ!」
藍地は思わず彼女の名を呼んでいた。
だが彼女は藍地を見ることはしなかった。彼女はす、と背伸びをすると、桜の枝の一つに手を伸ばした。
ぱきん、と折る。
あ、と朱明は声を上げた。
「そしてこれも」
自分とユエの間に立ちはだかる形となっていた二人を、ゆっくり押しのけ、シファはその桜の枝をユエに差し出した。
「な、何……」
「さすがにあれを持っていくことはできないでしょう?」
にっこりと、シファは笑った。
朱明は眉を寄せた。
ふっと、何か嫌な感覚が胸に走る。
そういえば、こんな風に、自分は彼女の笑みを見たことがあっただろうか?
それは藍地も思ったらしい。とっさに視線が絡んだ。
背中が、ぞくりとした。
そして桜の枝が手を離れた時。
あ、とハルの声が飛んだ。首にかけていたカメラが、ふい、と取られる。
何ごとだ、と朱明は思った。取られたカメラに手を伸ばす。だが、届かない。
「シファやめろ!」
ハルの声が飛んだ。滅多に聞くことのない、強い、意志を込めたその調子。
す、と音も立てずに彼女はそのまま後ろに下がる。下がりながらも、その細い指はカメラの上のつまみを動かしている。
何だ、と朱明が飛び出そうとした時だった。
彼は何かに動きを止められるのを感じた。相棒の腕が、自分の腰に大きく、強く巻き付いている。動けない。
それだけでない。花びらが、急に動き出して、自分達の目の前で回り出す。目がなかなか開けられない。
「な……」
ハルは黙って首を横に振った。うつむいている。花びらが入らないように覆った手の間からでは、表情が見えない。
嫌な予感が、する。
カメラを首にかけ、ポケットから彼女は、白いものを出した。
パテだ、と藍地は思った。そして彼ははっと目を見開く。彼の目にも、うつむくハルの姿が入った。
彼女は大きく手を上げ、指を広げ、桜の樹に、パテを大きく塗りつけた。
そして。
光が。
……目がくらむ。
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