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第7話 「お前の首領が、私には一番怖いんだよ」

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 誰のために?

 Gの放った疑問は、キムを少なからず動揺させていた。
 彼はそれまで、そんな疑問を持ったことはなかった。そもそも彼は、「覚めた」時点で、それは実に当然のものとして受け取っていたのだ。疑問を差し挟む余地のあるものではなかった。
 「覚めた」ことはイコールそれまで自分を含むレプリカントを奴隷扱いしてきた人間に対する抵抗に駆り立てることであり、それは彼の中で、絶対的に正しいものだった。

 だが。

 本当に俺は、そのために、今戦っているのだろうか?
 
   *

「暇そうだねキム、仕事はないのか?」

 アルトの声が訊ねたので、彼ははっとして顔を上げた。

「トロア」

 首領の副官が、階段に座っていた彼を見下ろしていた。キムは不機嫌そうな顔を隠さずに彼女に言い返した。

「今やらなくちゃならないことは俺のテリトリィじゃない」
「確かにそうだな」
「あんたこそ、どうなんだよ」

 小柄な身体を軽くすくめると、首領と何処となく似た彼女はほんの微かに笑みを浮かべた。

「私も暇だ」
「それは結構。俺に何か用なの?」
「いや、先日お前はあの場所に居たと思ってな」

 彼はなかなかこのトロアの口調には慣れない。
 彼女に対してどうも反感を持ってしまうのも、この口調のせいもあった。女性形を取っているのに、明らかに男の口調だ。もしくは性別の無い話し方だ。
 レプリカには本当の意味で性別などないことは彼もよく知っている。
 基本的に、性別というのは、生殖のために必要な生物の進化であって、彼等メカニクルの身体を持つものにしてみれば、それは見かけのものにすぎない。それ故にセクサロイドというものが発達したとも言える。道具としての、見せかけの性別を与えられた、身体。
 だが見せかけであろうが何だろうが、その文化に慣れ親しんだ者にとって、「そうでない」ものは違和感があるのだ。

「あの場所?」
「私が首領と話していたろ?」
「ああ」

 そしてレプリカは基本的には嘘はつかない。
 隠し事は多くなっても、基本的に嘘はつかないのだ。そう規制がされている訳ではないが、これもまた、習慣として。

「聞いていたろ?」
「ああ。それで?」
「いや、それだけだ。確認しておこうと思ってな」
「トロア!」

 立ち去りかけたトロアは、キムのその声に振り返る。ふらり、と耳の下くらいで切り揃えられた髪が揺れた。

「何だ」
「聞いてもいいか?」
「構わん。何だ?」
「何であんたは、首領にああいう言い方を、するんだ?」
「必要だからだ」

 答えには、よどみもなければ、ためらいも無い。キムは彼女のその対応に一瞬ひるんだ。

「それだけか? 私に聞きたいことは」
「何で、必要なんだよ」

 何となく彼は、次の質問を口にしにくくなっている自分に気付いていた。
 何だろう?
 彼女の答えを、何となく聞きたくないような気がした。予想できる訳ではない。だが、何となく、聞きたくないのだ。
 ところが、彼女の答えは彼の予想したものとはかけ離れていた。彼女は奇妙に、その首領と何処となく似た、整った顔を歪めた。
 そして、首をかしげ、こう言った。

「……何で、お前は、知らないのだ?」

 キムはその言葉に驚いた。

「知らない?」
「前々から私は思っていた。お前は、もしかして、知らないのか?」
「だから、何を?」
「それは……」

 トロアが言いかけた時だった。
 う、と彼女は喉の底から突き上げたような声を短く吐くと、その場にうずくまった。

「トロア?」

 キムは慌てて彼女に近寄る。彼女は首領と何処となく似た、その大きな目を思い切り広げて、聞こえるか聞こえないか程度の声で、何かつぶやいていた。キムは耳の感度を上げる。

「……ええ判りました…… これ以上言いませんハル……」
「トロア…… おい!」

 彼は首領の副官の両肩を掴むと、大きく揺さぶった。彼女は自分の状況を把握するが早く、自分の肩を掴むキムを突き放した。
 女性形をしていたとて、レプリカントである。さすがに力一杯突き飛ばされたら、バランスを崩して倒れ込むのも仕方がなかった。

「……ああ済まない、キム」

 今度は彼女が手を差し出す番だった。彼はその手を素直に取る。

「……俺が、一体何を知らないっていうのよ」

 尻餅をついた状態からよいしょ、というかけ声とともに解放されると、彼は眉を寄せた不機嫌な表情を復活させ、彼女に再び訊ねた。

「それは、私には言えん」
「何で」
「それが、首領の命令だからだ」
「それは、『命令』なの?」
「そうだ、これも一つの『命令』だ」

 反抗不可能、という意味を込めて彼女はその単語を発音した。

「何で」
「それを私に聞くのか?」

 トロアは苦笑する。おや、とキムはその表情を見て驚いた。こんな表情もできるんだ。

「悪いが私はあまり『命令』もしくはそれに準ずるものは受けたくないんだ」
「そうだね、ごめん」
「素直だな」
「そういうものでしょ。でもトロア、どうしてあんたは、ハルにあんな口がきけるの?俺にはできないよ」
「……それが私の役割だからだ」

 それは、あの時も聞いた気がした。

「あんたの役割?」
「それをも知らないのか、と問いたいところだが、私は問えない。だからお前には言うしかない。私の役割は、我らが首領にすべきことを自覚させ、前を進ませること。それだけだ」
「……曖昧だね」
「曖昧だろうが何だろうが、それが、私の役割だ。お前は私のことが好きではないだろう?」
「うん」

 キムは即答する。迷いはしなかった。確かにこの副官達二人を好きではないのだ。するとトロアは二度目の苦笑を彼に見せた。

「本当に素直だなキム。だがいい。正直なのはいいことだ」
「だけど、別に嫌いじゃあないよ」
「世辞は言わないでいい」

 くっ、と彼女は口の奥で笑った。

「世辞じゃないよ。俺は、あんたが何を考えているのか判らないから、あんたの近くに行くと居心地がよくなかったんだ」

 ふうん、とトロアは片方だけ眉を上げた。

「……なあキム、そういう時の感情について、人間の使ういい言葉があるが」
「何?」    
「『怖い』っていうんだよ」

 なるほど、とキムは思った。
 何しろ、何かしら感じる感情はあるにせよ、それがどういう言葉で表すのが一番的確なのか、彼にはまださっぱり判らないのだ。

「あんたは判るの? トロア。その『怖い』が」
「判るよ」

 くく、と彼女は再び含み笑いを返す。

「お前の首領が、私には一番怖いんだよ」
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