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3年後、アルク再び(俯瞰視点三人称)

91 被弾した演壇、埋もれた二人

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「総統閣下!」

 被弾のショックから真っ先に立ち直ったのは、厚生相のトルフェンだった。
 離れた席に居たのが、この男の運の良さだった。
 そしてそのトルフェンの声に、う、とうめきながらも身体を起こしたのが、建設相スペールンだった。
 演壇に比較的近い場所に席を置いていた男は、出来上がったばかりの演壇の壁のコンクリート片で軽く額に傷を作っていた。

「大丈夫か! 皆!」

 は、と周囲の警備兵達も、最初のショックからは立ち直った様だった。
 だがまだ周囲の様子はよくは判らない。
 演壇の照明が、被弾した時に配線が切れたらしい。
 スペールンはすぐに通信端末で、ライトをこちらに向ける様に、と指示をした。
 このままでは、動くにも動けなかった。
 管制室は、会場のライトを一時的に全体照明に切り替えた。
 非常時である。
 効果も何も無い。
 その時何があったのか、この建設相もよくは判っていなかった。
 ただ、いきなり前方の放送ブースのあたりから、砲弾の様なものが飛んできたのである。
 それが何だか認識した時には、鼓膜が破れるかと思われる程の音と、身体の上に降りかかってくる破片から身を守ることに精一杯で、何が「起こった」ということに、頭が回らなかった。
 しかし。

「総統閣下! テルミン!」

 スペールンは叫んだ。
 照らされ、露わになった演台の上には、強烈な現実が横たわっていた。
 直撃を受けたのは、演台そのものだったのだ。
 重なる様にして、そこには総統ヘラと、テルミンが瓦礫の中に埋もれていた。

「医師を……!」
「その必要は……無いようだ」

 横から、声がした。
 建設相は、それが自分を先程皮肉った男の声だと気付く。
 服が裂け、明らかにあちこちを負傷していてもおかしくない様な格好なのに、何処にも傷一つない…… 
 帝都の派遣員が、そこに居た。
 そして派遣員は埋もれている二人に近づくと、慣れた手つきでその脈と呼吸を確かめ、首を横に振る。

「……それじゃ……」

 周囲に居た閣僚の、息を呑む姿がそこにはあった。
 手伝ってくれ、とスノウは近くの無傷の警備兵達に声を掛け、埋もれている二人の身体をゆっくりと引き出させる。

「……ここは、私が何とかしよう。閣僚諸君、とにかく今の状態のまま、この場を放っておいてもいいのかい?」

 はっ、とスペールンはその帝都の派遣員の言葉に明るくなったスタジアムの、観客席をぐるりと見渡す。
 突然消えたモニタースクリーン。
 聴衆は、ここで何かあったのか、正確に知る訳ではない。
 スペールンは、端末を掴むと、放送局側にマイクの替えを持ってくるように要請した。

「どうするのかね、建設相」
「いずれにせよ、この七万もの聴衆が騒ぎ出したらまずいですよ」

 そしてそれまできちんと着込んでいたスーツの袖をまくる。
 気合いを自分自身に入れる必要があった。
 ちら、と見ると、スノウ派遣員は、二人の身体を担架に乗せさせると、ゆっくりと背後の通路から外へと出て行こうとしていた。
 それと入れ替わる様にして、放送局側から、替わりのマイクが差し入れられる。
 スペールンはそれを掴むと、スイッチをONにした。
 既に聴衆の間から、ざわざわと波のようにざわめきが立ち始めていた。

「観客の諸君! 安心してくれ、総統閣下はご無事だ!」

 スペールンは大きく声を投げた。

   *

『総統閣下はご無事だ!』

 そんな声が、建設相の口から流れている。
 ちょっと待って、とゾフィーは背中が一気に冷たくなるのを感じた。

 だって。

 彼女は思う。

 だって、それを言うのは、あなたじゃあないでしょう? 建設相!

 それを言うのは、テルミンのはずだ。
 彼女の友人の、宣伝相のはずだ。
 彼は一体何処に居るのだ。
 既に放映は中断していた。
 星系の全てのTVには、砂嵐が騒いでいることだろう。
 波の音がしていることだろう。
 その瞬間、演壇に最も近い位置にあったカメラが破損した。
 その時ゾフィーは全ての放送を切る様に、と反射的に指示を出したのだ。
 これはまずい、と彼女は思った。
 事実を見せても見せなくても、不安が広がるのは、予想が付きすぎる程だ。
 だが、とりあえず中断することで、その不安の正体を保留にできる。
 見せてしまったら、終わってしまうものがある。

「リル君、ちょっと様子を見てきて」
「はい? はい。レベカさん、いいんですか?」
「仕事が先よ。総統閣下のご様子をちゃんと」
「はい。宣伝相閣下にお話を伺えばいいんすね」
「そうよ」

 話を聞いてきて、とゾフィーは胸の中で思った。
 ひどく嫌な予感がしている。
 ケガをしているだけなら、それでいい。
 だけど…… 
 彼女は頭を思い切り振る。
 今はそれどころではない。
 中断している放送を何処で復活させるのか。
 そのタイミングを見計らわなくてはならない。
 だけどテルミンは。
 不安はつのる。
 そしてとりあえずはスペールンが何を言うのか、に彼女は集中することにした。
 だが。
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