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3年後、アルク再び(俯瞰視点三人称)
75 侵入した側の動き
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かび臭い。
BPは階段の裏手の隠し扉を開けた瞬間に思った。
一方が集団で陽動作戦を取っている間に、隠し通路に忍び込み総統の私室を狙う。
それが今回の作戦の単純な形だった。
無論、陽動が四人で済むとはBPも思ってはいない。
何はともあれ、ここは「官邸」である。
警備の量も半端ではない。
侵入する時にも、ラルゲン調理長の情報をもとに、調理資材関係の搬入路と倉庫の抜け道をたどった。
さすがにそこは警備の対象外だったらしく、……簡単とは言わないが、巡回する兵士の目を軽く逸らさせただけで入り込むことに成功はした。
BPはそこから単独行動に入った。
元々彼は、一人で侵入することを主張していた。
その方が、動きが取りやすいし、なおかつ被害も少ない、と考えていたのだ。
彼らは裏活動を何かとして居たことはあるらしいが、実戦経験の量が、自分とは違う――
……と、彼は感じた。
記憶では無い。
「知識」が、銃を手にした途端に自分のすべき行動を決定する。
その「知識」が、こんな作戦には、少人数であればある程いい、と主張する。
だが「赤」も「緑」も、それは駄目だと主張した。
自分の行動は試されている。
BPはそれに気付いた時、渋々ながらも了承した。
だが。
嫌な予感がした。
先程から、何の音もしていない。
少し前、この通路に入り込むまでは、何かしらの音がしていた。
足音。
騒ぐ声。
銃声。
号令。
なのにこの通路に一歩入った瞬間、それがまるで無かったことの様に、ひっそりと辺りは静まりかえっている。
空気の色も違う。
明かり一つ無いその通路の壁に、彼はそっと手を当てる。
ひんやりと冷たい。
目をそっと伏せて、耳を澄ませる。
――こんなことが、以前にもあっただろうか?
彼は自分の中の細い細い糸をたぐる。
蜘蛛の糸の様に細いそれを切らさない様に、そっとゆっくりたぐっていく。
冷たい壁。
湿った空気。
かび臭い通路。
ライから戻ってから、実戦に数度出たことはある。
だがそれは、大概が街路やビルの中だった。
陽の光の中ではない。
一方で決して暗い中で行う戦闘でも無かった。
――だが確かに、こんな暗闇の中で、自分は息を殺して、敵の気配をたどっていたことがあった。
敵。
そう、気配がこの大気の中にはあった。
むき出した腕の上をぴりぴりとかすめていく。
……何処だ?
彼は内心つぶやきながら、ゆっくりと足を進めていく。
広い通路ではない。
だが足元が見えないくらいに暗い通路だ。
彼は側の壁に手を当て、ゆっくりと進んでいく。
ふと、やがてその視線の先にぼんやりと光の様なものが見えた。
――何だろう?
青白い光が、ぼんやりと壁の灰色を浮かび上がらせつつあった。
道が曲がっている。
腕に感じる違和感が次第に強くなってくる。
光の在る方へ。
彼は近づいていく。
そして突然、目の前が開けた。
「なるほどね」
声がその空間に響いた。
乾いた声だった。
――誰かが居る。
確かに居る、と。
だがその「誰か」の姿は逆光で見えない。
大きな高い窓がその突き当たりにはあった。
窓から差し込む衛星の冷たい青白い光が空間を満たしていた。
だが窓を背にして、その聞き覚えのある声の持ち主の顔は、見えない。
聞き覚え。
政見放送で。
聞こえてくるラジオで。
その姿がそこにあった。
たった一人で。
そのつと伸ばされた手には、銃が。
彼もまた反射的に銃に手を伸ばした。
だが、撃つのではなく、まず身を伏せた。
頭上を鋭い風が過ぎる。
音はその後に続く。
伏せたまま彼は引き金を引いた。
素早い動きで相手は避ける。
かしゃん、と軽い音を引いて窓ガラスの端が割れた。
立ち上がると彼は、数回引き金を引いた。
その度に、相手は素早く身をかわす。
光の具合で彼にとって死角になる部分に入り込んでくる。
――確かにこんなことがあった。
彼は頭の半分で思った。
そして、こんなことが得意な奴が。
BPは階段の裏手の隠し扉を開けた瞬間に思った。
一方が集団で陽動作戦を取っている間に、隠し通路に忍び込み総統の私室を狙う。
それが今回の作戦の単純な形だった。
無論、陽動が四人で済むとはBPも思ってはいない。
何はともあれ、ここは「官邸」である。
警備の量も半端ではない。
侵入する時にも、ラルゲン調理長の情報をもとに、調理資材関係の搬入路と倉庫の抜け道をたどった。
さすがにそこは警備の対象外だったらしく、……簡単とは言わないが、巡回する兵士の目を軽く逸らさせただけで入り込むことに成功はした。
BPはそこから単独行動に入った。
元々彼は、一人で侵入することを主張していた。
その方が、動きが取りやすいし、なおかつ被害も少ない、と考えていたのだ。
彼らは裏活動を何かとして居たことはあるらしいが、実戦経験の量が、自分とは違う――
……と、彼は感じた。
記憶では無い。
「知識」が、銃を手にした途端に自分のすべき行動を決定する。
その「知識」が、こんな作戦には、少人数であればある程いい、と主張する。
だが「赤」も「緑」も、それは駄目だと主張した。
自分の行動は試されている。
BPはそれに気付いた時、渋々ながらも了承した。
だが。
嫌な予感がした。
先程から、何の音もしていない。
少し前、この通路に入り込むまでは、何かしらの音がしていた。
足音。
騒ぐ声。
銃声。
号令。
なのにこの通路に一歩入った瞬間、それがまるで無かったことの様に、ひっそりと辺りは静まりかえっている。
空気の色も違う。
明かり一つ無いその通路の壁に、彼はそっと手を当てる。
ひんやりと冷たい。
目をそっと伏せて、耳を澄ませる。
――こんなことが、以前にもあっただろうか?
彼は自分の中の細い細い糸をたぐる。
蜘蛛の糸の様に細いそれを切らさない様に、そっとゆっくりたぐっていく。
冷たい壁。
湿った空気。
かび臭い通路。
ライから戻ってから、実戦に数度出たことはある。
だがそれは、大概が街路やビルの中だった。
陽の光の中ではない。
一方で決して暗い中で行う戦闘でも無かった。
――だが確かに、こんな暗闇の中で、自分は息を殺して、敵の気配をたどっていたことがあった。
敵。
そう、気配がこの大気の中にはあった。
むき出した腕の上をぴりぴりとかすめていく。
……何処だ?
彼は内心つぶやきながら、ゆっくりと足を進めていく。
広い通路ではない。
だが足元が見えないくらいに暗い通路だ。
彼は側の壁に手を当て、ゆっくりと進んでいく。
ふと、やがてその視線の先にぼんやりと光の様なものが見えた。
――何だろう?
青白い光が、ぼんやりと壁の灰色を浮かび上がらせつつあった。
道が曲がっている。
腕に感じる違和感が次第に強くなってくる。
光の在る方へ。
彼は近づいていく。
そして突然、目の前が開けた。
「なるほどね」
声がその空間に響いた。
乾いた声だった。
――誰かが居る。
確かに居る、と。
だがその「誰か」の姿は逆光で見えない。
大きな高い窓がその突き当たりにはあった。
窓から差し込む衛星の冷たい青白い光が空間を満たしていた。
だが窓を背にして、その聞き覚えのある声の持ち主の顔は、見えない。
聞き覚え。
政見放送で。
聞こえてくるラジオで。
その姿がそこにあった。
たった一人で。
そのつと伸ばされた手には、銃が。
彼もまた反射的に銃に手を伸ばした。
だが、撃つのではなく、まず身を伏せた。
頭上を鋭い風が過ぎる。
音はその後に続く。
伏せたまま彼は引き金を引いた。
素早い動きで相手は避ける。
かしゃん、と軽い音を引いて窓ガラスの端が割れた。
立ち上がると彼は、数回引き金を引いた。
その度に、相手は素早く身をかわす。
光の具合で彼にとって死角になる部分に入り込んでくる。
――確かにこんなことがあった。
彼は頭の半分で思った。
そして、こんなことが得意な奴が。
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