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3年後、アルク再び(俯瞰視点三人称)
6 ※派遣員と宣伝相の夜
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「どうした?」
ふと思いだし笑いをする彼に、相手は、不思議そうに問いかけた。
「何でもないよ」
「何でもないという割には意味深な笑いだな」
テルミンは相手の顔の、鋭角的なラインを指でたどる。
相手はその指を取ると、軽くその先を噛んだ。
「今日さ、言った奴が居たんだよ。今建ててる色んな建築物が映画のセットの様だって」
ほう、と相手は感心したような声を立てた。
「それはそれは。ずいぶんといい目をしている友達だね。それは君の言っていた、今度ライから帰ってきたって言う科学技術庁の?」
「違うよ。ゾフィーさ。レベカ監督」
「ふうん。確かに彼女は直感が優れているね」
確かに、とテルミンはぼんやりとした頭の中で思う。
「あれがセットだって、気付くということは」
「そりゃ、俺の友達だからね」
話をするのが億劫な程、テルミンは毎晩毎晩疲れていた。
しかしそれでも、彼はその相手の所を訪れるのは忘れなかった。
殆ど日課と言ってもよかった。
しかしそれでも彼も時々思う。
こんな疲れ切って人形の様になっているだけの自分など抱いて、何が楽しいのだろう? と。
そもそも何故自分だったのか、がテルミンには今でも判らないのだ。
この相手――帝都政府からの派遣員である、スノウという名の男が。
この男が現れなかったら。
時々彼は思う。
現れなかったら……
今頃はまだ、自分はただの佐官としてこの場所を官邸として、警備しているだろう。
大統領の愛人だったヘラはおそらく愛人のまま、憂鬱で退屈な日々を過ごしていただろうし、そもそも、ゲオルギイがあんな風に暗殺されることはなかったはずだった。
テルミンはの事件の後、彼に訊ねた。
「どうやって、あんな奴を動かした?」
「別に。ただある種の人間が集まる場所に、現金輸送車が*日*時頃にあの道を行く、という情報を流しただけだよ」
それだけの訳はない。
だがテルミンはそれ以上聞くのはやめた。
この帝都政府から派遣された男は、自分には計り知れない、大きな裏のつながりを知っているのだろう。
おそらく、自分が動かなくても、ゲオルギイはいつかこの男の差し金によって消されていただろう。
ただ自分が居たことで、それが早まったことは事実だが。
「眠ったのかい?」
相手は彼の耳に、低い声を囁き入れる。
眠ってない、と彼は半ば溶けかけた意識の中で、それでも答える。
相手のくすくす、と含み笑いする声が聞こえる。
それはそれで、悪くはない。悪くはないのだ。
彼がヘラの元に警護の士官としてついた時からのつき合いだから、もうこの男との関係は、五年近く続いていた。
今ではこの男が、自分を駒として何か別の大きな目的を達成するために動かしていることは判っている。
何せ自分は、確かに見込みはあつたのかもしれないが、この男に会った時点では、ただの一介の士官に過ぎなかった。
まだその時には少佐だったのだ。
だが今では、その地位は、当時の上官よりも上位にある。
当時の上官、アンハルト大佐は、現在少将の地位にあるが、その赴任地は、この首府から遠く離れた南のフラーベンという地だ。
ぐっ、と持ち上げられる感覚で彼は眠りに入りかけていた頭を現実に引き戻される。
「まだ、駄目だよ」
目の前の男は、優しげな声で、それでも容赦なく告げる。
それを彼が望んでいるのを知っているのだ。
彼は頭の芯がくらくらとするのを感じながら、スノウの手慣れた指の動きを感じ取っていた。
ふと思いだし笑いをする彼に、相手は、不思議そうに問いかけた。
「何でもないよ」
「何でもないという割には意味深な笑いだな」
テルミンは相手の顔の、鋭角的なラインを指でたどる。
相手はその指を取ると、軽くその先を噛んだ。
「今日さ、言った奴が居たんだよ。今建ててる色んな建築物が映画のセットの様だって」
ほう、と相手は感心したような声を立てた。
「それはそれは。ずいぶんといい目をしている友達だね。それは君の言っていた、今度ライから帰ってきたって言う科学技術庁の?」
「違うよ。ゾフィーさ。レベカ監督」
「ふうん。確かに彼女は直感が優れているね」
確かに、とテルミンはぼんやりとした頭の中で思う。
「あれがセットだって、気付くということは」
「そりゃ、俺の友達だからね」
話をするのが億劫な程、テルミンは毎晩毎晩疲れていた。
しかしそれでも、彼はその相手の所を訪れるのは忘れなかった。
殆ど日課と言ってもよかった。
しかしそれでも彼も時々思う。
こんな疲れ切って人形の様になっているだけの自分など抱いて、何が楽しいのだろう? と。
そもそも何故自分だったのか、がテルミンには今でも判らないのだ。
この相手――帝都政府からの派遣員である、スノウという名の男が。
この男が現れなかったら。
時々彼は思う。
現れなかったら……
今頃はまだ、自分はただの佐官としてこの場所を官邸として、警備しているだろう。
大統領の愛人だったヘラはおそらく愛人のまま、憂鬱で退屈な日々を過ごしていただろうし、そもそも、ゲオルギイがあんな風に暗殺されることはなかったはずだった。
テルミンはの事件の後、彼に訊ねた。
「どうやって、あんな奴を動かした?」
「別に。ただある種の人間が集まる場所に、現金輸送車が*日*時頃にあの道を行く、という情報を流しただけだよ」
それだけの訳はない。
だがテルミンはそれ以上聞くのはやめた。
この帝都政府から派遣された男は、自分には計り知れない、大きな裏のつながりを知っているのだろう。
おそらく、自分が動かなくても、ゲオルギイはいつかこの男の差し金によって消されていただろう。
ただ自分が居たことで、それが早まったことは事実だが。
「眠ったのかい?」
相手は彼の耳に、低い声を囁き入れる。
眠ってない、と彼は半ば溶けかけた意識の中で、それでも答える。
相手のくすくす、と含み笑いする声が聞こえる。
それはそれで、悪くはない。悪くはないのだ。
彼がヘラの元に警護の士官としてついた時からのつき合いだから、もうこの男との関係は、五年近く続いていた。
今ではこの男が、自分を駒として何か別の大きな目的を達成するために動かしていることは判っている。
何せ自分は、確かに見込みはあつたのかもしれないが、この男に会った時点では、ただの一介の士官に過ぎなかった。
まだその時には少佐だったのだ。
だが今では、その地位は、当時の上官よりも上位にある。
当時の上官、アンハルト大佐は、現在少将の地位にあるが、その赴任地は、この首府から遠く離れた南のフラーベンという地だ。
ぐっ、と持ち上げられる感覚で彼は眠りに入りかけていた頭を現実に引き戻される。
「まだ、駄目だよ」
目の前の男は、優しげな声で、それでも容赦なく告げる。
それを彼が望んでいるのを知っているのだ。
彼は頭の芯がくらくらとするのを感じながら、スノウの手慣れた指の動きを感じ取っていた。
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