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42(終)「家族」の行き先、そして灰の中の母の真意
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男爵家に勤めていた使用人達は、ロルカ子爵家の紹介状を手に、次の仕事を斡旋された様だった。
「今まで本当に美味しい料理をありがとうドロイデ」
「いやあそう言ってもらえるとありがたいですねえ。どうしますかね。一応コックで斡旋口はありますが、そのうち今度は店を出すこと考えますか」
「ドイツ料理の?」
「ドイツ家庭料理の、ですね。まあ」
「私もいくつか覚えたから、ここで作らせてもらえたら作るわ」
「さあて、それは子爵様がさせて下さるか」
「するわよ」
欲しくなったら自分で作る、と私は言った。
「ファデットも何というか、不器用な私に付き合ってくれてありがとう」
「嬢さんは根気があるからいいんですよ。不器用で続かなかったら最悪でしょう」
ファデットは仕立屋のメイドに入るということだった。
「ハルバートも色々ありがとう」
「色々雑多すぎて何ですがね」
彼は他の家を斡旋された。
馬丁はこの家で使ってもらえる様だった。
この家での立ち居振る舞いができないから、という問題が彼等にはあったのだ。
「ハッティとロッティも。またオールワークスに戻って何だけど」
彼女達は店を持っている女性の家の雑役女中になるということだった。
「いや、私らはその方が合ってますって。まあきつかったらまだ流れて~」
「ああ、それとアリサ嬢さん、もう外に自由に出られるのだから、もっと色々見に行って下さいよ」
「そうね。とりあえず市内ね。美味しいお菓子の店は自分で探すわ」
そう言って私の家族の様だった使用人達は去っていった。
*
「ミュゼットもスリール子爵のところに行ってしまうし。……私と暮らしてくれれば嬉しかったんだけど」
ふう、と私はこの時、男爵家の焼け跡に居た。
遺体は二つ出たということだった。
弟はやはり、連れていかれた、ということらしい。
焼け残った跡を私はキャビン氏と探検していた。
「燃え尽きてしまったのは二つの部屋だけなんですね。これだと、犯人が他から来たという証拠が無い限りは、男爵か夫人が何らかの事情で自殺をはかった、と思われる可能性もありますね」
「事実があれでも?」
「子爵家はあれを公表するつもりはなさげですね。してしまうと、貴女とミュゼットの立場がややこしくなるし。そもそもあの男爵のことを子爵はあまりよく思っていなかったのでは?」
「……」
私は特に酷く焼けていた父の部屋の中を探していた。
火が回ってしまったからと言って、全てが全て燃え尽きた訳ではなかった。
金庫や壺などはかろうじて残っていた。
金庫の中身は現在オラルフ氏が確認中だった。
――そうじゃなくて。
ベッドのあった場所だろうか、分厚く溜まった灰をかき回していたら、ふと手に当たるものがあった。
焦げた金属の箱。
「キャビンさん」
手のひらに乗るくらいの箱がそこには埋まっていた。
「鍵が」
「このくらいでしたら」
彼は箱の隙間を持っていた小型の折り畳みナイフでこじ開けた。
深紅のビロードの中に、小さな指輪と、細かく折り畳んだ手紙が入っていた。
――愛しい私の野蛮人へ。
細かい字で綴った手紙。
母は知っていたのだ。
父が本物の男爵ではなかったことを。
それでも彼女は。
少しの間それを読み返した私は、元の様に箱に納めた。
これは誰にも見せない様にしよう。
特に祖父には。
「キャビンさん」
「何ですか?」
「私、大学まで行きたいです」
「突然どうしました」
「あまりにも、人間は不可解なので、もっともっともっと学びたいです」
「それはいい。大学の入り方もだんだん変わってきてますしね。私にできることならお手伝いしますよ」
「はい」
では帰りましょうか、と私はキャビン氏に言った。
時間はある。
これからゆっくり学んでいこう。
私は不器用だけど、とってもしつこいので。
「今まで本当に美味しい料理をありがとうドロイデ」
「いやあそう言ってもらえるとありがたいですねえ。どうしますかね。一応コックで斡旋口はありますが、そのうち今度は店を出すこと考えますか」
「ドイツ料理の?」
「ドイツ家庭料理の、ですね。まあ」
「私もいくつか覚えたから、ここで作らせてもらえたら作るわ」
「さあて、それは子爵様がさせて下さるか」
「するわよ」
欲しくなったら自分で作る、と私は言った。
「ファデットも何というか、不器用な私に付き合ってくれてありがとう」
「嬢さんは根気があるからいいんですよ。不器用で続かなかったら最悪でしょう」
ファデットは仕立屋のメイドに入るということだった。
「ハルバートも色々ありがとう」
「色々雑多すぎて何ですがね」
彼は他の家を斡旋された。
馬丁はこの家で使ってもらえる様だった。
この家での立ち居振る舞いができないから、という問題が彼等にはあったのだ。
「ハッティとロッティも。またオールワークスに戻って何だけど」
彼女達は店を持っている女性の家の雑役女中になるということだった。
「いや、私らはその方が合ってますって。まあきつかったらまだ流れて~」
「ああ、それとアリサ嬢さん、もう外に自由に出られるのだから、もっと色々見に行って下さいよ」
「そうね。とりあえず市内ね。美味しいお菓子の店は自分で探すわ」
そう言って私の家族の様だった使用人達は去っていった。
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「燃え尽きてしまったのは二つの部屋だけなんですね。これだと、犯人が他から来たという証拠が無い限りは、男爵か夫人が何らかの事情で自殺をはかった、と思われる可能性もありますね」
「事実があれでも?」
「子爵家はあれを公表するつもりはなさげですね。してしまうと、貴女とミュゼットの立場がややこしくなるし。そもそもあの男爵のことを子爵はあまりよく思っていなかったのでは?」
「……」
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焦げた金属の箱。
「キャビンさん」
手のひらに乗るくらいの箱がそこには埋まっていた。
「鍵が」
「このくらいでしたら」
彼は箱の隙間を持っていた小型の折り畳みナイフでこじ開けた。
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「それはいい。大学の入り方もだんだん変わってきてますしね。私にできることならお手伝いしますよ」
「はい」
では帰りましょうか、と私はキャビン氏に言った。
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