どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に

江戸川ばた散歩

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59 逃げてきた子には食事を

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 やがて出てきた彼は、私が部屋着にもしている長いTシャツがぴったりだった。

「乾燥機、もう少しで仕上がるから、もう少しそのままで居てよね」

 バスタオルを頭にかけて、ほっこりとした顔で彼はキッチンの私のほうへやって来る。
 そっち、と私は六畳の方を指した。
 彼は素直にそちらへ行き、ちょこんと座る。
 オーブントースターのタイマーをセットし、スクランブルエッグを手早く作る。
 ブロッコリもレンジに入れる。
 そしてその間に、マグカップにミルクを半分入れたコーヒーを入れ、彼の前に置いた。

「……仕事は?」

 私の恰好を見て、彼は問いかけた。

「あたしは今日は、いきなり風邪をひいたのよ」

 ああそうだ。
 こんな一枚だけでは風邪を引かせてしまう。
 私はベッドから毛布をはぎとると、彼をすっぽりとくるんだ。
 ふっと自分の匂いがそこには一瞬漂ったが、まあ仕方がない。
 大きな毛布にくるまれた彼は、いつも以上に小柄に見える。
 この身体を、兄貴はいつも抱きしめていたのだろうか。私が知っている誰よりも、めぐみ君は大事にされていたような気がする。
 ステージの上でも、ステージでない所でも。
 そう言えば一度、見たことがある。
 ライヴハウスの廊下で、今日の出来は良かった、という意味りことを言いながら、ぐい、と彼を引き寄せてた兄貴の姿。
 その力の入り具合が、何だか妙に、うらやましく思えた。
 兄貴の腕が、ではなく、誰かの腕が、あんな風にぎゅっ、と捕まえてくれることに、何となく。

「ほら食べて。食べるの」

 勝手に湧いてくる考えをうち消すように、私は用意した朝食を次々に彼の前に並べた。
 何となく首を傾げていた彼は、食欲など無かったのかもしれない。
 だが、一度手をつけたら、次から次へと彼は手をつけて行った。
 彼自身、それに驚いているようだった。
 私はTVを点けて、音は小さくして、その画面と彼の間に視線を往復させる。
 朝の番組というのは何でまあ、何処も似たりよったりなんだろう。
 滅多に見ることがないのに、いつも同じ感想になってしまう。

「服…… もう乾いたかな……」

 食事を終えた彼は、ぼそっとつぶやいた。
 私はそれには答えずに、こう問い返す。

「逃げてきたの?」

 彼ははっとして私を見た。

「そうなのね?」
「逃げてきたって、僕は、あ―――」
「ああ、別に、ケンショーが嫌なことしてどうの、って言う気はないわよ。こう言っていいのかな? 『またか』」
「美咲さん」

 泣きそうな顔。
 そんな顔していること、彼は知っているのだろうか。

「長く続いてほしい、ってあたしも思ったんだけど、やっぱりだめだったんだ」

 私はTVのスイッチを切った。
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