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57 ブルー・マンデー
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春先と言えば、会社は年度末で忙しい。
本当に忙しかった。
定時なんて夢のまた夢、遅くなってしまって、スーパーは閉まってる、なんてことが多かったので、いきおい私も、主義を曲げてコンビニ弁当に頼るような日々が多かった。
おかげで背中がだるい。
身体の疲労は気持ちも沈ませる。
ついつい物事を嫌な方嫌な方へと持っていきやすい。
帰ると食事をして風呂に入ったらもう寝るだけの生活。
電話の一つもしていなかったのに気付いたのは、サラダから携帯電話にメールが入ってたからだ。
週末ひま? という短いメールだったが、私はすぐに返した。
暇は作るから。
仕事は根性で、休みにもつれ込まないようにした。
そんな週末だったのだ。
そしてまた月曜。
ブルー・マンデーと昔から言われているが、どうして仕事なんか行かなくちゃならないのかなあ、と起きた時のけだるさの中、私は漫然と考えていた。
それでも朝の短い時間の中、放り込んでおいた洗濯物を干そうとして、ベランダに出た。
と。
うちのベランダからは、公園が見える。
季節の花の移りかわりも、そこから気付くくらいだ。
大きな桜の木の下にベンチがある。夏だと葉に隠れて見えないのだが、まだ花をつけるかつけないか、という季節の今は、枝のすきまからよく見える。
そのベンチに、誰かが座っていた。
何となく、見覚えのある色の服。ちょん、と座って、両手で缶を持っているように見える。小柄な。
めぐみ君!
何で、と私は思った。
だってそうだ。
確か、昨日、珍しく酔っぱらった兄貴から、夜中いきなり電話が来たのだ。
サラダも帰った後で、退屈半分、心地よい疲れの中、ぼうっとしていた時だったので、何なんだこいつ、と思いながら聞いていたものだ。
そしたらその内容ときたら。
おい美咲聞けよ聞いてくれよ、あのPHONOからお誘いが来たんだぜ。
ふぉの? とその単語を聞いた時、それがあの大手レコード会社の名前とは結びつかなかった。
何を言ってるんだ、と黙ってハイテンションの兄貴の言葉をしばらく聞き流していた。
お前ちゃんと聞いてるのかよ。
はいはい聞いてます。だから? と私は問い返した。
『だから、メジャーデビューなんだよ』
は。
その時やっと、単語の意味を理解したのだ。
そりゃまあ、兄貴が、あの兄貴がこうもハイになる訳である。
それがゴールとは言わないが、とにかく彼にとって、「まず」乗り越えなくてはならない一つの壁であったことは確かだろう。
流通とかの面でインディーズとメジャーの差は少なくなってきている、とは言ったところで、やっぱりバックがあると無いでは全然違う。
それはおめでとう、とあらためて私は言った。
多少複雑な気持ちではあったが、おめでとうというのは正直な気持ちだ。
これだけ私や親やら代々のヴォーカリストやら周囲をかき回しているのだから、それが成果として形になってもらわないと気が済まない。
それじゃまたな、と言って兄貴は電話を切った。
ふう、と私は息を一つつきながら肩をすくめた。それがため息なのか、深呼吸なのかは私にもよく判らなかった。
―――そんな翌日なのに。何であの子は。
私は仕事に出る服に、サンダル一つ引っかけて、公園へと走った。
ストッキングにサンダル、は夏じゃないんだから少し寒い。
カッカッ、と音が朝の通りに響く。
公園の入り口に差し掛かった時、彼が立ち上がったのが見えた。急がなくては。
私の姿を認めためぐみ君は、その場に棒立ちになった。
本当に忙しかった。
定時なんて夢のまた夢、遅くなってしまって、スーパーは閉まってる、なんてことが多かったので、いきおい私も、主義を曲げてコンビニ弁当に頼るような日々が多かった。
おかげで背中がだるい。
身体の疲労は気持ちも沈ませる。
ついつい物事を嫌な方嫌な方へと持っていきやすい。
帰ると食事をして風呂に入ったらもう寝るだけの生活。
電話の一つもしていなかったのに気付いたのは、サラダから携帯電話にメールが入ってたからだ。
週末ひま? という短いメールだったが、私はすぐに返した。
暇は作るから。
仕事は根性で、休みにもつれ込まないようにした。
そんな週末だったのだ。
そしてまた月曜。
ブルー・マンデーと昔から言われているが、どうして仕事なんか行かなくちゃならないのかなあ、と起きた時のけだるさの中、私は漫然と考えていた。
それでも朝の短い時間の中、放り込んでおいた洗濯物を干そうとして、ベランダに出た。
と。
うちのベランダからは、公園が見える。
季節の花の移りかわりも、そこから気付くくらいだ。
大きな桜の木の下にベンチがある。夏だと葉に隠れて見えないのだが、まだ花をつけるかつけないか、という季節の今は、枝のすきまからよく見える。
そのベンチに、誰かが座っていた。
何となく、見覚えのある色の服。ちょん、と座って、両手で缶を持っているように見える。小柄な。
めぐみ君!
何で、と私は思った。
だってそうだ。
確か、昨日、珍しく酔っぱらった兄貴から、夜中いきなり電話が来たのだ。
サラダも帰った後で、退屈半分、心地よい疲れの中、ぼうっとしていた時だったので、何なんだこいつ、と思いながら聞いていたものだ。
そしたらその内容ときたら。
おい美咲聞けよ聞いてくれよ、あのPHONOからお誘いが来たんだぜ。
ふぉの? とその単語を聞いた時、それがあの大手レコード会社の名前とは結びつかなかった。
何を言ってるんだ、と黙ってハイテンションの兄貴の言葉をしばらく聞き流していた。
お前ちゃんと聞いてるのかよ。
はいはい聞いてます。だから? と私は問い返した。
『だから、メジャーデビューなんだよ』
は。
その時やっと、単語の意味を理解したのだ。
そりゃまあ、兄貴が、あの兄貴がこうもハイになる訳である。
それがゴールとは言わないが、とにかく彼にとって、「まず」乗り越えなくてはならない一つの壁であったことは確かだろう。
流通とかの面でインディーズとメジャーの差は少なくなってきている、とは言ったところで、やっぱりバックがあると無いでは全然違う。
それはおめでとう、とあらためて私は言った。
多少複雑な気持ちではあったが、おめでとうというのは正直な気持ちだ。
これだけ私や親やら代々のヴォーカリストやら周囲をかき回しているのだから、それが成果として形になってもらわないと気が済まない。
それじゃまたな、と言って兄貴は電話を切った。
ふう、と私は息を一つつきながら肩をすくめた。それがため息なのか、深呼吸なのかは私にもよく判らなかった。
―――そんな翌日なのに。何であの子は。
私は仕事に出る服に、サンダル一つ引っかけて、公園へと走った。
ストッキングにサンダル、は夏じゃないんだから少し寒い。
カッカッ、と音が朝の通りに響く。
公園の入り口に差し掛かった時、彼が立ち上がったのが見えた。急がなくては。
私の姿を認めためぐみ君は、その場に棒立ちになった。
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