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41 パスタパスタパスタ
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「細いのがいいな」
とサラダはパスタ売場で言った。
「太いのは嫌い?」
「嫌いじゃあないわよ。だけど今日食べたいのはスープスパ系だから…」
そう言いながら、7分ゆでの1.6mmのスパゲティを彼女は手にした。
「トマトにするべきか、クリーム系にすべきか」
独り言を言いながら、そのまま彼女は生鮮売場へ行く。
ミックスのシーフードを手にすると、ざらざらと振りながら私のバスケットに放り込んだ。
「トマトにしよう。ホールトマト缶も買ってね」
私は黙って肩をすくめた。
そう言えばエキストラバージンのオリーブ油も切れていた。
記憶には無いのだが、使うことはしていたらしい。
ただ切れたからと言って、補充はしなかったようだ。
オリーブ油が無ければ、サラダ油で代用なんてことをしてたのかもしれない。
「次はこっちー」
言いながら彼女は手を振った。
周囲の視線が彼女に向く。
公衆の面前だって言うのに。
*
戻ってから、スパゲティをゆでて、ついでに温サラダも作る。
それは彼女がやる、と言ったから、私はその間にパスタのソースを作る。
久しぶりに片付いた室内に、トマトの香りが漂ってくる。
ソースが煮えることことという音が心地よい。どうしてこういう時間を忘れていたのだろう?
チン、という音がして、かぼちゃとブロッコリとにんじんがまとめて加熱されたことを告げる。
そこに市販のドレッシングをかけるだけなのだが、結構これはこれでいける。
好みで塩コショーもかける。
六畳の部屋のテーブルを綺麗に拭き直して(これが結構悲惨なことになっていた)、ランチョンマットなども敷いてみる。一枚の布だけで、ずいぶんテーブルの雰囲気は変わる。
「あ、でもそれうちの?」
「ううん、あたしの。こないだ仕入れたんだよ」
へへ、と彼女は笑う。
「あ」
そう言えば、と私はその時ようやく思い出した。
「サラダあんた、あのカフェに、ポストカード置いてなかった?」
「ポストカード?」
ああ、と大きくうなづいた。
「言ったかなあ?」
「言ってない言ってない。前に行った時に、あんたの絵じゃないか、と思って」
何処だったか、私は一度片付けた室内をばたばたと捜し回る。
「あった」
オレンジのカードと林檎のカードを取り出す。
「あんたでしょ」
「そぉだよ。なーんだ、ミサキさんだったんだ、買ってってくれたの。イケガキさんが、さっそく売れたよ、と言ってくれたから、誰かなあ、と思ってたの」
「イケガキさん?」
「あそこの店長」
「って、赤いエプロンのひと?」
「あそこはみんな赤いエプロンだよ」
「低い声のひと」
「ああじゃあそれはイケガキさんだ」
「でもまだ若いじゃない」
「カフェってさー、結構若い人が思いきって出すことあるんだよぉ? 大阪とかさー、知ってる?」
知るわけない。私は黙って首を横に振る。
「まあでもイケガキさんは確か三十くらいじゃないかなー。もともとは家具屋で営業やってた、って言ってたけど」
「へーえ…… 営業……」
それはすごい。
「もともとデザインとかも好きだったけど、自分で作るのはいまいちだったから、好きだったインテリアのほうへ行ったんだって。で、営業で色々な店とか行ってるうちに、自分でもだんだん店を作りたくなったんだって」
「へーえ。でもああいうのって、ずいぶん資金とか掛かるんじゃない?」
「どぉだろ。そこまで突っ込んで聞いたことないしー」
けど彼女が喋ったことだけでも充分突っ込んでいると思う。
「のんびりした明るい空間で、美味しい料理と気楽な飲み物と、あとは自分が学生の時には回りにはあんまり無かった、ちょっとした作品を簡単に取り扱えるよーなとこにしたかったんだって」
「じゃあ地方の人だったんだ」
「そーだね。あたし等と同じ」
そう。
地方になればなるほど、そういう場は無い。
必要とされていないのだ。
「いくら描いても、場所が無いから、それがいーのかどーなのかも判らないしさあ。こっちってそういう点いいよね。その代わり、悪けりゃ悪いって露骨だけどさー」
そりゃそうだ、と私は言いながら、アルデンテにゆで上がったスパゲティを、ソースの入った鍋に移す。
このほうが、ソースがよく染み込むのだと、朝の番組で見たことがあった。
「いただきまーす」
くるくる、と対面の彼女はフォークにパスタを巻き付ける。
くるくるくる。
ああ、あんまり上手くない。
だけどそれが微笑ましい。
とサラダはパスタ売場で言った。
「太いのは嫌い?」
「嫌いじゃあないわよ。だけど今日食べたいのはスープスパ系だから…」
そう言いながら、7分ゆでの1.6mmのスパゲティを彼女は手にした。
「トマトにするべきか、クリーム系にすべきか」
独り言を言いながら、そのまま彼女は生鮮売場へ行く。
ミックスのシーフードを手にすると、ざらざらと振りながら私のバスケットに放り込んだ。
「トマトにしよう。ホールトマト缶も買ってね」
私は黙って肩をすくめた。
そう言えばエキストラバージンのオリーブ油も切れていた。
記憶には無いのだが、使うことはしていたらしい。
ただ切れたからと言って、補充はしなかったようだ。
オリーブ油が無ければ、サラダ油で代用なんてことをしてたのかもしれない。
「次はこっちー」
言いながら彼女は手を振った。
周囲の視線が彼女に向く。
公衆の面前だって言うのに。
*
戻ってから、スパゲティをゆでて、ついでに温サラダも作る。
それは彼女がやる、と言ったから、私はその間にパスタのソースを作る。
久しぶりに片付いた室内に、トマトの香りが漂ってくる。
ソースが煮えることことという音が心地よい。どうしてこういう時間を忘れていたのだろう?
チン、という音がして、かぼちゃとブロッコリとにんじんがまとめて加熱されたことを告げる。
そこに市販のドレッシングをかけるだけなのだが、結構これはこれでいける。
好みで塩コショーもかける。
六畳の部屋のテーブルを綺麗に拭き直して(これが結構悲惨なことになっていた)、ランチョンマットなども敷いてみる。一枚の布だけで、ずいぶんテーブルの雰囲気は変わる。
「あ、でもそれうちの?」
「ううん、あたしの。こないだ仕入れたんだよ」
へへ、と彼女は笑う。
「あ」
そう言えば、と私はその時ようやく思い出した。
「サラダあんた、あのカフェに、ポストカード置いてなかった?」
「ポストカード?」
ああ、と大きくうなづいた。
「言ったかなあ?」
「言ってない言ってない。前に行った時に、あんたの絵じゃないか、と思って」
何処だったか、私は一度片付けた室内をばたばたと捜し回る。
「あった」
オレンジのカードと林檎のカードを取り出す。
「あんたでしょ」
「そぉだよ。なーんだ、ミサキさんだったんだ、買ってってくれたの。イケガキさんが、さっそく売れたよ、と言ってくれたから、誰かなあ、と思ってたの」
「イケガキさん?」
「あそこの店長」
「って、赤いエプロンのひと?」
「あそこはみんな赤いエプロンだよ」
「低い声のひと」
「ああじゃあそれはイケガキさんだ」
「でもまだ若いじゃない」
「カフェってさー、結構若い人が思いきって出すことあるんだよぉ? 大阪とかさー、知ってる?」
知るわけない。私は黙って首を横に振る。
「まあでもイケガキさんは確か三十くらいじゃないかなー。もともとは家具屋で営業やってた、って言ってたけど」
「へーえ…… 営業……」
それはすごい。
「もともとデザインとかも好きだったけど、自分で作るのはいまいちだったから、好きだったインテリアのほうへ行ったんだって。で、営業で色々な店とか行ってるうちに、自分でもだんだん店を作りたくなったんだって」
「へーえ。でもああいうのって、ずいぶん資金とか掛かるんじゃない?」
「どぉだろ。そこまで突っ込んで聞いたことないしー」
けど彼女が喋ったことだけでも充分突っ込んでいると思う。
「のんびりした明るい空間で、美味しい料理と気楽な飲み物と、あとは自分が学生の時には回りにはあんまり無かった、ちょっとした作品を簡単に取り扱えるよーなとこにしたかったんだって」
「じゃあ地方の人だったんだ」
「そーだね。あたし等と同じ」
そう。
地方になればなるほど、そういう場は無い。
必要とされていないのだ。
「いくら描いても、場所が無いから、それがいーのかどーなのかも判らないしさあ。こっちってそういう点いいよね。その代わり、悪けりゃ悪いって露骨だけどさー」
そりゃそうだ、と私は言いながら、アルデンテにゆで上がったスパゲティを、ソースの入った鍋に移す。
このほうが、ソースがよく染み込むのだと、朝の番組で見たことがあった。
「いただきまーす」
くるくる、と対面の彼女はフォークにパスタを巻き付ける。
くるくるくる。
ああ、あんまり上手くない。
だけどそれが微笑ましい。
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