どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に

江戸川ばた散歩

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38 「そろそろ帰らなくちゃ」

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 考えてみれば、ここしばらく、あの夜明けの寒さを感じていない。
 ゆっくり眠ることができるから、体調も悪くない。
 ベッドの中の兄貴の元恋人は、何故か私を時々抱きしめる。
 それ以上のこともする。
 どういうつもりなのか、よく判らない。
 確か彼女は兄貴に抱かれる側ではなかったのだろうか。
 いや、それより何より不思議なのは、自分が、それに対してさほどの違和感も持っていないことだ。
 確かに兄貴がハコザキ君とつきあっていた、という時も、一度飲み込んでしまえば、大した問題ではない、と思ってはいた――自分のこととなってもそうなのか、と、自分自身に驚いていた。
 そして、その関係を、何処か喜んでいる自分を。
 まさか、今まで付き合った「彼氏」達と、長く続かなかったのは、そのせいだったのだろうか。
 違う、と答えたいのだが、何処かで否定できない自分が居る。
 だって、彼女と過ごしているこの時間は心地よい。
 ぼんやりと、穏やかな時間が、毎日毎日流れている。
 帰った時に彼女が居る、とは限らないが、居る時には夕食が用意されていたし、逆に、彼女が何処かへ行って戻っていない時には、私が用意している。
 サラダとの週末の食事、が毎日になったかのようだった。
 誰か食べてくれる人が居る、ということは料理の腕を上達させるらしい。
 美味しいと言ってもらえば尚更だ。
 そしてまた、二人揃ったところで、何をするという訳ではない。
 だらだらとテレビを見たり、その日にあったことを止めどなく話す。
 その程度だ。
 だけどそれが、ひどく心地よかったのも確かだ。
 仮のものだろう、とは思っていたのだけど。




 そのカフェは、ご近所、というにはやや遠い所にあった。
 だが春の道を散歩がてらに行くにはいい距離だった。

「もうつくしも伸びすぎてるなあ」

 私はつぶやく。

「つくし?」
「とかたんぽぽとか。結構東京もあるもんなのね」
「東京ったって広いしね。うちの方だって、ちょっと駅前とか離れると、いきなり田舎になったりするわよ」
「へえ」

 丸々とした葉っぱが可愛い草や、小さな青い花が一気に咲いていたり。
 これも新鮮な発見だった。
 気持ちが明るいと、見える景色も違ってくる。
 光がまぶしいが、そのまぶしさが、心地よい。

「春なんだねえ」

 そうねえ、と彼女はつぶやいた。
 ざっ、とその髪を風が揺らした。

「そろそろ帰らなくちゃ」

 私は足を止めた。

「美咲ちゃん?」
「帰るの?」
「いつまでも、ずっとこのままじゃいけないのよね」 

 つ、と彼女は空を見上げた。

「オズ君から昨日聞いたけれど、今度はなかなかヴォーカルが決まらないみたいなんだって」
「それで、戻るの?」
「まさか」

 即答だった。
 彼女は笑った。

「もう、歌わない。誰かのためには」
「もったいない」
「だって、もともと歌は私にとってそんなに大事なものではなかったんだもの。ケンショーと一緒に居た時間は、それはそれで楽しかったけど」

 でもそれは私じゃあないのよ、と彼女は付け加えた。
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