29 / 88
29 甘味に対するサラダの主張
しおりを挟む
おお、ほとんど拳を握りしめている。
「ミサキさんほら、銀座のあのデパートのモンブラン、食べたことある?」
「あんたが言うから、一度行ったけど」
「どおだった?」
果たして何処まで本気なのか判らないが、口調は怖いくらいだ。
「どぉって…… うん、確かに一口二口は美味しいのよね。だけど半分でいい、と思った」
そう。
確かに私は半分でリタイヤした。
銀座のあるデパートの中にある喫茶店のモンブランが、すごく美味しい、という彼女のすすめで、私も一度、会社の子と連れだった時に食べてみたのだ。
結構その喫茶店は混んでいた。
まあ銀座のど真ん中で、なおかつ一階入り口に面した場所、ならば当然なのだが。
仕事が退けてからの夜だったからまだましだった。
これがこんな休日の昼間だったら、一体どれだけ待つのやら。
皿に乗せられてきたモンブランは、ちょん、と決して大きくなくて、これでこの値段かあ? と地方出身の私など、一瞬眉を寄せたものだった。
だが、一口食べた時、うっ、と思わず私はうめきそうになった。
強烈な甘さと、強烈な幸福感が一気に口に広がったのだ。
甘さと幸福感を横並びにするのはおかしい、というかもしれない。
だけど、その時私が感じたのは確かに幸福感だったのだ。
たとえば練乳をスープ・スプーンで一匙だけ口にした時の、あの強烈な甘味と、同時に広がる感覚。
それとよく似ていて、いや、それ以上に強烈だった。
だが練乳は一匙だから幸福なのである。
モンブランも同様だ。
一口、二口、……紅茶がストレートで良かった、とこれほど思ったことはない。
辛いカレーを食べる時の、あの白いラッシーのように、一瞬であの味を消してしまうくらいのものでないと、このモンブランを全部食するのは難しい、と思った。
一緒に来た会社の子が甘いもの好きで本当に助かった。
無論「自分のものは自分で」なのだが、普段「甘味あっさり」ものを好んで食べているひとだったら、さすがにこれはきついだろう、と思った。
「でも菓子ってのはそういうものであるべきだと思うのよ」
サラダは力説した。
「和菓子って結構そうだと思わない? あれって結構純粋に甘味、よね」
「でも色々種類はあるよ」
ハコザキ君も彼女の熱意にあてられたのか、会話に加わってくる。
「ううん、確かに種類はあるけれどさあ、和菓子って基本的に砂糖の甘味一つで勝負するって思わない?」
「砂糖の甘味一つ?」
「だって色や形は違っても、だいたい材料は豆じゃない。そりゃあういろうだのすあまだの団子だの、そういうのはあるけとさあ、練りきりとか」
「ああ」
私もハコザキ君もうなづく。
コーヒーショップでする話題だろうか、と思いつつ、ついつい引き込まれていた。
「味がほとんど一緒だから、外見にこだわったんだと思うのよ。春には春の形、秋には秋の形」
「くわしいね、君」
ミルクをたっぷり入れたリーフティをすすりながら、ハコザキ君は目を丸くする。
でかい目だなあ。
「ううん別にこんなの、くわしいうちには入らないよ。でも好きだったら、結構いろいろ、覚えるものじゃない?」
「好きなら」
彼は少し首をかしげた。
「そうか、好きなら、か」
そして目を伏せる。あ、まつげ、長い。
「そうだよな、好きだったら、いろいろ覚えてしまうものだよな。あ、美咲ちゃん、俺、オーダー追加していい? サーモンとクリームチーズのサンド」
「いいけど?」
彼はありがと、と言ってにっこりと笑った。
「ミサキさんほら、銀座のあのデパートのモンブラン、食べたことある?」
「あんたが言うから、一度行ったけど」
「どおだった?」
果たして何処まで本気なのか判らないが、口調は怖いくらいだ。
「どぉって…… うん、確かに一口二口は美味しいのよね。だけど半分でいい、と思った」
そう。
確かに私は半分でリタイヤした。
銀座のあるデパートの中にある喫茶店のモンブランが、すごく美味しい、という彼女のすすめで、私も一度、会社の子と連れだった時に食べてみたのだ。
結構その喫茶店は混んでいた。
まあ銀座のど真ん中で、なおかつ一階入り口に面した場所、ならば当然なのだが。
仕事が退けてからの夜だったからまだましだった。
これがこんな休日の昼間だったら、一体どれだけ待つのやら。
皿に乗せられてきたモンブランは、ちょん、と決して大きくなくて、これでこの値段かあ? と地方出身の私など、一瞬眉を寄せたものだった。
だが、一口食べた時、うっ、と思わず私はうめきそうになった。
強烈な甘さと、強烈な幸福感が一気に口に広がったのだ。
甘さと幸福感を横並びにするのはおかしい、というかもしれない。
だけど、その時私が感じたのは確かに幸福感だったのだ。
たとえば練乳をスープ・スプーンで一匙だけ口にした時の、あの強烈な甘味と、同時に広がる感覚。
それとよく似ていて、いや、それ以上に強烈だった。
だが練乳は一匙だから幸福なのである。
モンブランも同様だ。
一口、二口、……紅茶がストレートで良かった、とこれほど思ったことはない。
辛いカレーを食べる時の、あの白いラッシーのように、一瞬であの味を消してしまうくらいのものでないと、このモンブランを全部食するのは難しい、と思った。
一緒に来た会社の子が甘いもの好きで本当に助かった。
無論「自分のものは自分で」なのだが、普段「甘味あっさり」ものを好んで食べているひとだったら、さすがにこれはきついだろう、と思った。
「でも菓子ってのはそういうものであるべきだと思うのよ」
サラダは力説した。
「和菓子って結構そうだと思わない? あれって結構純粋に甘味、よね」
「でも色々種類はあるよ」
ハコザキ君も彼女の熱意にあてられたのか、会話に加わってくる。
「ううん、確かに種類はあるけれどさあ、和菓子って基本的に砂糖の甘味一つで勝負するって思わない?」
「砂糖の甘味一つ?」
「だって色や形は違っても、だいたい材料は豆じゃない。そりゃあういろうだのすあまだの団子だの、そういうのはあるけとさあ、練りきりとか」
「ああ」
私もハコザキ君もうなづく。
コーヒーショップでする話題だろうか、と思いつつ、ついつい引き込まれていた。
「味がほとんど一緒だから、外見にこだわったんだと思うのよ。春には春の形、秋には秋の形」
「くわしいね、君」
ミルクをたっぷり入れたリーフティをすすりながら、ハコザキ君は目を丸くする。
でかい目だなあ。
「ううん別にこんなの、くわしいうちには入らないよ。でも好きだったら、結構いろいろ、覚えるものじゃない?」
「好きなら」
彼は少し首をかしげた。
「そうか、好きなら、か」
そして目を伏せる。あ、まつげ、長い。
「そうだよな、好きだったら、いろいろ覚えてしまうものだよな。あ、美咲ちゃん、俺、オーダー追加していい? サーモンとクリームチーズのサンド」
「いいけど?」
彼はありがと、と言ってにっこりと笑った。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる