どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に

江戸川ばた散歩

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29 甘味に対するサラダの主張

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 おお、ほとんど拳を握りしめている。

「ミサキさんほら、銀座のあのデパートのモンブラン、食べたことある?」
「あんたが言うから、一度行ったけど」
「どおだった?」

 果たして何処まで本気なのか判らないが、口調は怖いくらいだ。

「どぉって…… うん、確かに一口二口は美味しいのよね。だけど半分でいい、と思った」

 そう。
 確かに私は半分でリタイヤした。
 銀座のあるデパートの中にある喫茶店のモンブランが、すごく美味しい、という彼女のすすめで、私も一度、会社の子と連れだった時に食べてみたのだ。
 結構その喫茶店は混んでいた。
 まあ銀座のど真ん中で、なおかつ一階入り口に面した場所、ならば当然なのだが。
 仕事が退けてからの夜だったからまだましだった。
 これがこんな休日の昼間だったら、一体どれだけ待つのやら。
 皿に乗せられてきたモンブランは、ちょん、と決して大きくなくて、これでこの値段かあ? と地方出身の私など、一瞬眉を寄せたものだった。
 だが、一口食べた時、うっ、と思わず私はうめきそうになった。
 強烈な甘さと、強烈な幸福感が一気に口に広がったのだ。
 甘さと幸福感を横並びにするのはおかしい、というかもしれない。
 だけど、その時私が感じたのは確かに幸福感だったのだ。
 たとえば練乳をスープ・スプーンで一匙だけ口にした時の、あの強烈な甘味と、同時に広がる感覚。
 それとよく似ていて、いや、それ以上に強烈だった。
 だが練乳は一匙だから幸福なのである。
 モンブランも同様だ。
 一口、二口、……紅茶がストレートで良かった、とこれほど思ったことはない。
 辛いカレーを食べる時の、あの白いラッシーのように、一瞬であの味を消してしまうくらいのものでないと、このモンブランを全部食するのは難しい、と思った。
 一緒に来た会社の子が甘いもの好きで本当に助かった。
 無論「自分のものは自分で」なのだが、普段「甘味あっさり」ものを好んで食べているひとだったら、さすがにこれはきついだろう、と思った。

「でも菓子ってのはそういうものであるべきだと思うのよ」

 サラダは力説した。

「和菓子って結構そうだと思わない? あれって結構純粋に甘味、よね」
「でも色々種類はあるよ」

 ハコザキ君も彼女の熱意にあてられたのか、会話に加わってくる。

「ううん、確かに種類はあるけれどさあ、和菓子って基本的に砂糖の甘味一つで勝負するって思わない?」
「砂糖の甘味一つ?」
「だって色や形は違っても、だいたい材料は豆じゃない。そりゃあういろうだのすあまだの団子だの、そういうのはあるけとさあ、練りきりとか」
「ああ」

 私もハコザキ君もうなづく。
 コーヒーショップでする話題だろうか、と思いつつ、ついつい引き込まれていた。

「味がほとんど一緒だから、外見にこだわったんだと思うのよ。春には春の形、秋には秋の形」
「くわしいね、君」

 ミルクをたっぷり入れたリーフティをすすりながら、ハコザキ君は目を丸くする。
 でかい目だなあ。

「ううん別にこんなの、くわしいうちには入らないよ。でも好きだったら、結構いろいろ、覚えるものじゃない?」
「好きなら」

 彼は少し首をかしげた。

「そうか、好きなら、か」

 そして目を伏せる。あ、まつげ、長い。

「そうだよな、好きだったら、いろいろ覚えてしまうものだよな。あ、美咲ちゃん、俺、オーダー追加していい? サーモンとクリームチーズのサンド」
「いいけど?」

 彼はありがと、と言ってにっこりと笑った。
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