どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に

江戸川ばた散歩

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25 ヴォーカル交代の話

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 雨後の筍のようににょきにょきと現れてきている、エスプレッソの店。
 私も結構好きで、あちこちの支店を見つければ入って、そこの濃いコーヒーやら、やたらにでかいスコーンやら、サーモンにクリームチーズのベーグルサンドを食べたりしている。
 無茶苦茶その味が好き、という訳ではなかったが、雰囲気が好きだった。
 ハコザキ君の言う「流行りもの」的な雰囲気も好きだったのだ。
 はい、と私は適当なマグカップにコーヒーを入れて渡す。
 ミルクと砂糖は、と聞くと、両方、と彼は答えた。
 私も自分の分を入れる。
 眠気覚まし半分だ。
 今日が休日で良かった、と正直思う。
 土曜日だ。
 昨日は確か、彼等はライヴがあったはず。

「打ち上げ、ずいぶんかかったの?」
「いいや」

 彼は首を横に振った。

「打ち上げは、そんな長くは掛からなかったんだ。一次会で、いつもの安い飲み屋でごはんがてらに呑んで食べて…… いつもの通りだよ」

 彼等は世に出る前のバンドマンがそうであるように、貧乏だった。
 そうなるとおのずと、呑める場所は限られてくる。
 ハコザキ君はそれでも地元民であるから、兄貴やオズさんのような上京組ほどは貧乏ではないはずだけど。
 でもバンドのメンバーを全部かき集めて四で割れば、やっぱり貧乏だ。
 マドノさんだって、確か上京組だ。

「一次会、ということは二次会があったの? 珍しい」

 うん、と彼はうなづいた。

「オズさんの彼女…… なのかな? 紗里さりさんと、それとのよりが一緒だったからさ、じゃあカラオケにたまには行こう、ってことになって。人数居るし」

 ……バンドマンで普段音楽に浸かってる奴も、カラオケに行きたいものなのか。

「まだ歌い足りなかったの?」
「俺は足りてたよ」

 ところが、と言いたそうな顔をする。
 だけどその続きを、どうしても言いにくそうだった。

「誰かが、言い出したの? 兄貴?」
「や、のよりの奴が」
「のよりさんが?」

 あまりそういう感じには見えなかったのだが。
 大人しそうな――― 若奥さんという感じの。

「あいつ、ああ見えても、歌うの好きなんだ。だから俺とも、良く昔は行ってて」

 そう言えば、確か兄貴がこの畑違いのひとを連れてきたのは、何処かで歌声を聞いたから、らしい。
 それがカラオケであった可能性は高い。

「で、ケンショーの前で、歌いまくって」

 彼は喉を詰まらせる。

「奴の目が、いきなり真剣になったんだ。俺は正直、怖かった。こんな目、俺、見たことがあったんだ。ずっと前」
「ずっと前?」
「俺を、見つけた時」

 思わず私はマグカップをワゴンの上に置いた。
 くすんだ色のコーヒーが跳ねた。
 それって。

「どうして、そんなこと」

 判るの? 
 そう聞く前に彼は遮った。

「判るよ。だって、俺は彼を見てたから。だけどケンショーの目はもう俺を見てなかった。のよりの方を向いてた。俺には判る」

 断定する。
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