どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に

江戸川ばた散歩

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11 胸のあるなしも下のあるなしも大した問題ではないのかもしれない。

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 不思議なことに、兄貴には外見の好みというのが存在していなかった。
 代々のヴォーカルの女達も、何処に共通点があるんだ、というくらい、顔もスタイルも違っていた。
 「呉尾くれおちゃん」はトランジスタ・グラマーだった。
 「入江いりえさん」は言っては何だが、幼児体型だった。
 「とおこさん」は醤油顔の化粧の上手いひとだった。
 「藤江ふじえさん」はノーメイクのボーイッシュなひとだった。
 なのに皆、声だけは何処か似ていて、そして兄貴と付き合っていた。
 男がヴォーカルになった時もあったのだが、私はその時代はよく知らなかった。
 ハコザキ君が、私の知るRINGERの最初の男性ヴォーカルだったのだ。

 ―――男性、だよね。

 その時私はその事実を思い出すのに時間がかかった。

 事実と認めた後が大変だった。
 扉をそっと閉じて、その事実の意味を何度も何度も頭の中で繰り返した。

 私のブラウスを着ている誰かと兄貴はまたそういう関係にある
+私のブラウスを着ているのはハコザキ君である
=ハコザキ君は兄貴とそういう関係にある

 つまりはそういうことで。
 ということは、兄貴は相手の性別を気にしない人だったということで。

 ―――さすがに私もそれをきちんと把握した時、驚いた。
 いや混乱した。
 何で、と思った。
 私のそれまでの世界に、「そういうこと」は存在しなかった。
 いや、中学高校短大時代、何処かにあったことはあったのかもしれない。
 ただ私の視界には入って来なかったのだ。
 無関係の世界だった。
 意識すらしなかった。
 芸能関係でそういう話を聞いても、クラスメートがBLマンガを読んでいたとしても、それはあくまで自分とは関係無い、何処かの世界の出来事だ、と感じていた。

 なのに。
 よりによって、兄貴が。

 そしてその一方で、あいつならそれもありだな、とも思っていた。
 外見を気にしない兄貴のことだから、性別も関係ないのかもしれない。
 兄貴は結構な近眼だ。
 そして小さな頃からそれを平気で通してきた。
 彼の視界はいつも不鮮明なのだ。
 見たいと思うもののためにしか、眼鏡を掛けようとはしない。
 傲慢な奴だ。
 だから音や声の方に敏感になった――本人から聞いたことがある。
 顔や姿は化粧や服でごまかせるけど、声はごまかしが聞かない、とも聞いたことがある。
 実際、そうでなければ、「とおこさん」と「藤江さん」をどちらも同じくらいに好きになれる彼の感覚というのは理解できない。
 「とおこさん」は付けている化粧品のにおいが半径五メートル以内に入ると判るような人だった。
 「藤江さん」は普段でもシャンプーリンスは嫌いでせっけん一つで全てを洗ってしまうような人だ。
 そう聞いたことがある。

 だから何だろう。
 彼にとっては、胸のあるなしも、下のあるなしも、大した問題ではないのかもしれない。
 かなり呆れたが、一晩寝て起きたら、それもありだよな、と考える自分が居た。

 ブラウスはまだ返ってきていない。

 だけどそのことを、ハコザキ君の彼女ののよりさんは知っているのだろうか。
 私の疑問と懸念はそちらへと既に移っていた。
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