9 / 88
9 恋愛は面倒だ
しおりを挟む
一番決定的だったのが、別れた時だった。
短大の二年の夏、就職先が決まった。
そのことを彼に言ったら、彼は露骨に嫌な顔をした。
何でそんな顔をするの、と私は訊ねた。
リクルートスーツの私は、カフェで向かい側に座る彼に、首を傾げた。
私にとってはめでたいことだった。
めでたいに決まっている。
いくら外面のいい私としても、それなりに努力というものをしたのだ。
資料を集め、きちんとした恰好で、勉強も重ね、何社も何社も訪ねた。
確たる目的もない「就職」というか「就社」は、不況のこの時代、短大卒はハンデだ。
私は就職に何の目的も持っていなかった。
職が無いと食っていけない。
だから職につく。
それだけだった。
この歳になって親に食わせてもらおうとは思っていなかった。
食わせてもらいたくもなかった。
家を出たかった。
だったら、いっそのこと。
だからそれでも彼におめでとうの一つも言ってもらいたかったのかもしれない。
少しは期待していたのだろう。
だが彼の表情は期待通りにはならなかった。
問いただすと、彼の表情の理由は二つあった。
一つは、彼に就職活動のことを言わなかったこと。
もう一つは、その場所が東京だったこと。
東京だったら、反対していた、と彼は言った。
私は何故、と訊ねた。
お前俺ともう会わない気か、と彼は言った。
私は答えに詰まった。
どうしてそういう問いが来るのか、さっぱり判らなかったのだ。
どう答えていいのか判らなかったので、黙っていた。
彼が次に言う言葉で、対応を決めようと思った。
そうしたら彼はこう言った。
「もういいよ」
私はもっと困ってしまった。
何を彼が言いたいのか、ますます判らなくなってしまったのだ。
だから仕方なく、それがどういう意味なのか、彼に訊ねた。
別に会わない気はない。
だけど会える時間が少なくなるのは確かだろう、と付け加えて。
事実だった。
彼は悲しそうに首を横に振った。そして言った。
「無理して俺に付き合わなくてもいいよ」
無理は。
していた。
それは知っていた。
自分のことだ。
だけど彼が私のことを好きなのも知っていたから、その手を振り解くことをしなかった。
振り解く理由もなかった。
私はそうなの、と答えて、席を立った。
そうする以外、私には浮かばなかった。
それで終わりだった。
あっけない程、簡単に。
*
後になって、電話が来た彼の友達から話を聞いた。
彼はどうやらずっと私に地元に残って欲しかったらしい。
戻ってくる気はないのか、と友達は訊ねた。
私は無理だ、とその友達に言った。
そうだろう、と友達は言った。
そしてこう付け加えた。
奴はあんたのこと、まだ好きなようだ、と。
私は仕方ない、という意味のことを言った。
友達は低い声で言った。
あんたは冷たい女だね。
そう言われても困る。
困るのだ。
確かに私が彼の前で見せていた私の姿は、彼が望むものに近かったかもしれない。
それでも私が実際にそういう人間であるか、というのは別なのだ。
見せていた私が悪いと言ってしまえばそれまでだ。
けど普通誰だって、相手によって対応は変わるものではないのか?
そこで文句を付けられても困るのだ。
そしてそういうのが恋愛というものに含まれるのが普通だというのなら、私にとってそれは面倒なものだ。
無くて済むのなら、無くてもいい。
だいたい毎日、それどころではなく忙しいのだ。
仕事もだが、それ以外にしても。
短大の二年の夏、就職先が決まった。
そのことを彼に言ったら、彼は露骨に嫌な顔をした。
何でそんな顔をするの、と私は訊ねた。
リクルートスーツの私は、カフェで向かい側に座る彼に、首を傾げた。
私にとってはめでたいことだった。
めでたいに決まっている。
いくら外面のいい私としても、それなりに努力というものをしたのだ。
資料を集め、きちんとした恰好で、勉強も重ね、何社も何社も訪ねた。
確たる目的もない「就職」というか「就社」は、不況のこの時代、短大卒はハンデだ。
私は就職に何の目的も持っていなかった。
職が無いと食っていけない。
だから職につく。
それだけだった。
この歳になって親に食わせてもらおうとは思っていなかった。
食わせてもらいたくもなかった。
家を出たかった。
だったら、いっそのこと。
だからそれでも彼におめでとうの一つも言ってもらいたかったのかもしれない。
少しは期待していたのだろう。
だが彼の表情は期待通りにはならなかった。
問いただすと、彼の表情の理由は二つあった。
一つは、彼に就職活動のことを言わなかったこと。
もう一つは、その場所が東京だったこと。
東京だったら、反対していた、と彼は言った。
私は何故、と訊ねた。
お前俺ともう会わない気か、と彼は言った。
私は答えに詰まった。
どうしてそういう問いが来るのか、さっぱり判らなかったのだ。
どう答えていいのか判らなかったので、黙っていた。
彼が次に言う言葉で、対応を決めようと思った。
そうしたら彼はこう言った。
「もういいよ」
私はもっと困ってしまった。
何を彼が言いたいのか、ますます判らなくなってしまったのだ。
だから仕方なく、それがどういう意味なのか、彼に訊ねた。
別に会わない気はない。
だけど会える時間が少なくなるのは確かだろう、と付け加えて。
事実だった。
彼は悲しそうに首を横に振った。そして言った。
「無理して俺に付き合わなくてもいいよ」
無理は。
していた。
それは知っていた。
自分のことだ。
だけど彼が私のことを好きなのも知っていたから、その手を振り解くことをしなかった。
振り解く理由もなかった。
私はそうなの、と答えて、席を立った。
そうする以外、私には浮かばなかった。
それで終わりだった。
あっけない程、簡単に。
*
後になって、電話が来た彼の友達から話を聞いた。
彼はどうやらずっと私に地元に残って欲しかったらしい。
戻ってくる気はないのか、と友達は訊ねた。
私は無理だ、とその友達に言った。
そうだろう、と友達は言った。
そしてこう付け加えた。
奴はあんたのこと、まだ好きなようだ、と。
私は仕方ない、という意味のことを言った。
友達は低い声で言った。
あんたは冷たい女だね。
そう言われても困る。
困るのだ。
確かに私が彼の前で見せていた私の姿は、彼が望むものに近かったかもしれない。
それでも私が実際にそういう人間であるか、というのは別なのだ。
見せていた私が悪いと言ってしまえばそれまでだ。
けど普通誰だって、相手によって対応は変わるものではないのか?
そこで文句を付けられても困るのだ。
そしてそういうのが恋愛というものに含まれるのが普通だというのなら、私にとってそれは面倒なものだ。
無くて済むのなら、無くてもいい。
だいたい毎日、それどころではなく忙しいのだ。
仕事もだが、それ以外にしても。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる