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5 DIYのススメ
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「あー美味しかった」
両手を後ろについて、「ドルチェ」まで食べ尽くした彼女は満足そうに感想を述べた。
「それはどうも。片付けは手伝ってよね」
「もっちろん。それはあたしの得意だもんね」
料理自体はそう得意ではないと言う。
いつもはバイト先で何かと食べてくるのだと。
例えばコンビニの弁当、例えばファミレスのまかない飯。
確かに彼女の部屋のキッチンには、そう使われた跡は無い。
二口コンロが入るスペースi一口のものを入れているだけだ。
お茶やコーヒーはそれでもよく淹れるらしい。
小さなボックスの中には、缶やらシュガーポットなどが行儀良く並べられていた。
ただ本人に言わせると、そう言った雑貨は、格別に店に行って高いものを買ってくる訳ではない。
砂糖とクリーミーパウダーと茶の葉っぱが同じ金属の蓋つきの小瓶に入っているのだが、それなどリサイクルショップで、100円だった同じものがちょうど三つあったのだという。
確かに少し外側のふたはさびているが、中の蓋は綺麗なものだし、逆にそのさびがいい感じを出していたりする。
ゴミ箱もそういう経緯で買ったのだ、と聞いている。
普通の雑貨屋だったら千円くらいしそうなブリキの缶が300円だった、と言っていた。
彼女の部屋を見渡すと、そんなものばかりだ。
安く買ったものや、時には粗大ゴミの日に拾った棚などもある。
だが散漫な印象は覚えない。
よく見ると、「そんなもの」としても、彼女の確固たる趣味というものがあるらしい。
棚は上からペンキ塗りしてあったり。
白くなった棚は、上手く使い込んだように塗られていた。
こういうのもテクニックというのだろうか。
今度聞いてみよう。
私がキッチンのワゴンや玄関にタイルを貼ったりするのは、彼女の影響だ。
入ったばかりの頃、殺風景だったこの部屋をどうしたものかと思ったものだ。
実家の自分の部屋は、決して広くなかった。
だから、その三倍近い広さの部屋が手に入った時、何処から手をつけていいものか判らなかったのだ。
ところが、だ。
サラダの部屋に通うようになって、私はそのたびに首を傾げた。
来るたびに部屋はその表情を変えていた。
本当にまだ出会ったばかりの頃は、カーテンも無かったと思う。
なのに翌週には、薄手の柔らかな色のカーテンが入っていた。
その翌週には、壁全面に生成の布が張り巡らされていた。
こうすれば壁に色々飾れるじゃない、と彼女はその時言っていた。
賃貸マンションの悲しいところは、壁に穴など開けられないところだった。
私はそれを知った時、壁が飾れないのか、と少しばかりがっかりした。
だが彼女の部屋の壁を見たとき、大きなビンナップ・ボードを作ることにした。
一度「無ければ作ればいいじゃない」という発想に目覚めると人間は怖い。
ああこれができるあれができる、と部屋のあちこちに目が行ってしまう。
そして引っ越してから一年近く経った今、私の部屋も彼女の部屋も、それぞれに思い思いの形を作っていた。
鼻歌混じりでシンクの前に立つ彼女は、ワゴンの上に洗った食器を一時的に置いている。
タイル張りの利点は、水にも熱にも強い、ということだ。
しかしその鼻歌が。
「あんたいつその曲覚えたのよ」
「こないだー」
あっさりと彼女は答える。
「だってさー、覚えやすいサビだったしー、ボーカルの声が結構あたし好みだったしー」
「あんたがそんな好みしてたなんて、あたしは知らなかったけどね」
「えーっ? そぉ? また連れてってね、おにーさんのバンド」
背中を向けながら、そんなことを彼女は言う。
「何って言ったっけ? えーと、リーガー?」
「RINGER。鐘鳴らし」
へえ、と彼女は答える。
こちらを向く気配はない。
両手を後ろについて、「ドルチェ」まで食べ尽くした彼女は満足そうに感想を述べた。
「それはどうも。片付けは手伝ってよね」
「もっちろん。それはあたしの得意だもんね」
料理自体はそう得意ではないと言う。
いつもはバイト先で何かと食べてくるのだと。
例えばコンビニの弁当、例えばファミレスのまかない飯。
確かに彼女の部屋のキッチンには、そう使われた跡は無い。
二口コンロが入るスペースi一口のものを入れているだけだ。
お茶やコーヒーはそれでもよく淹れるらしい。
小さなボックスの中には、缶やらシュガーポットなどが行儀良く並べられていた。
ただ本人に言わせると、そう言った雑貨は、格別に店に行って高いものを買ってくる訳ではない。
砂糖とクリーミーパウダーと茶の葉っぱが同じ金属の蓋つきの小瓶に入っているのだが、それなどリサイクルショップで、100円だった同じものがちょうど三つあったのだという。
確かに少し外側のふたはさびているが、中の蓋は綺麗なものだし、逆にそのさびがいい感じを出していたりする。
ゴミ箱もそういう経緯で買ったのだ、と聞いている。
普通の雑貨屋だったら千円くらいしそうなブリキの缶が300円だった、と言っていた。
彼女の部屋を見渡すと、そんなものばかりだ。
安く買ったものや、時には粗大ゴミの日に拾った棚などもある。
だが散漫な印象は覚えない。
よく見ると、「そんなもの」としても、彼女の確固たる趣味というものがあるらしい。
棚は上からペンキ塗りしてあったり。
白くなった棚は、上手く使い込んだように塗られていた。
こういうのもテクニックというのだろうか。
今度聞いてみよう。
私がキッチンのワゴンや玄関にタイルを貼ったりするのは、彼女の影響だ。
入ったばかりの頃、殺風景だったこの部屋をどうしたものかと思ったものだ。
実家の自分の部屋は、決して広くなかった。
だから、その三倍近い広さの部屋が手に入った時、何処から手をつけていいものか判らなかったのだ。
ところが、だ。
サラダの部屋に通うようになって、私はそのたびに首を傾げた。
来るたびに部屋はその表情を変えていた。
本当にまだ出会ったばかりの頃は、カーテンも無かったと思う。
なのに翌週には、薄手の柔らかな色のカーテンが入っていた。
その翌週には、壁全面に生成の布が張り巡らされていた。
こうすれば壁に色々飾れるじゃない、と彼女はその時言っていた。
賃貸マンションの悲しいところは、壁に穴など開けられないところだった。
私はそれを知った時、壁が飾れないのか、と少しばかりがっかりした。
だが彼女の部屋の壁を見たとき、大きなビンナップ・ボードを作ることにした。
一度「無ければ作ればいいじゃない」という発想に目覚めると人間は怖い。
ああこれができるあれができる、と部屋のあちこちに目が行ってしまう。
そして引っ越してから一年近く経った今、私の部屋も彼女の部屋も、それぞれに思い思いの形を作っていた。
鼻歌混じりでシンクの前に立つ彼女は、ワゴンの上に洗った食器を一時的に置いている。
タイル張りの利点は、水にも熱にも強い、ということだ。
しかしその鼻歌が。
「あんたいつその曲覚えたのよ」
「こないだー」
あっさりと彼女は答える。
「だってさー、覚えやすいサビだったしー、ボーカルの声が結構あたし好みだったしー」
「あんたがそんな好みしてたなんて、あたしは知らなかったけどね」
「えーっ? そぉ? また連れてってね、おにーさんのバンド」
背中を向けながら、そんなことを彼女は言う。
「何って言ったっけ? えーと、リーガー?」
「RINGER。鐘鳴らし」
へえ、と彼女は答える。
こちらを向く気配はない。
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